十一話 乗船前にて
現在日時:二〇二二年 四月二五日 午前七時三〇分
「早く食べなさい、捜君。殴るよ」
「だからトマトは人類が食べるには早すぎる食物であるとあれほど──」
「捜月さん、食べましょうよ……」と夜が小さく促し、歌護が騒ぐ。
「捜にぃ! 早く〜〜!!」
騒がしくも心地よい日常が、今日も流れていく。本来は相容れないはずの異能者と非異能者が、コロコロと表情を変え、家族として笑っている。
でも──今この瞬間も、きっとどこかで子供が死んでいる。
あの胎児を殺してから、俺の頭はおかしくなった。
ナイフから流れる鮮血、踏みつけた血溜まり、零れる臓物、撒き散らした脳髄。
消えない。消えない……、消えない──。
なぜ、今になって思い出す?
──『ようやく見つけた……!』
聞き覚えのある声──。
あの時から、俺はずっと「ナニカ」を追い求めている。
足りない。
でも──なぜだろうか。
もうすぐ、見つけられるような気がする。
考えすぎだ……。今夜は、高校生としての最後の仕事だ。変なことばかり考えるな。
「相変わらず全員が揃うと騒がしいね」
「そうだな。まっ、これくらいの方が仕事を忘れられていいよ」
「でも、今夜の仕事は忘れないでよ?」
「忘れねぇよ。七カ国の首脳が会するんだからな」
今夜、日本、アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、イタリア、リークの七カ国の首脳が豪華客船に集まる。
表向きは定期的な集会となっているが、本来の目的は──《異能者一時保護プログラム》の廃止について決定する重要な会議だ。
この世界では、生まれて間もなく因子検査が行われる。
陽性だった場合、戸籍上の両親には二つの選択肢が与えられる。
処分か、一時保護施設への輸送か。
一時保護施設とは、六歳以下の異能者を「保護」という名目で拘束・監視する施設である。
彼らにも当然、人権などはなく、六歳を過ぎると保護プログラムが終了する。
子供たちは山に放たれ、実銃を使用した《公共事業》の一環として狩られる。
それは十二歳以上であれば誰でも参加できる「遊戯」であり、それを誰もおかしいとは思わない。
当然だ。それが──
────《日常》だからだ。
誰も、地面を踏んで歩むことに疑問なんて浮かべない。それがたとえ子供の死体の上であっても。
当然のことだ。違和感とは非日常に感じるものなのだから──。
「オエッ……」
「よし。捜君も完食。よし! 正装を取りに行こう!」
「そうだな。隷歌の服も取りに行こうか」
「えっ、ワタシの?」
「当然だろ? お前は俺の妹なんだから」
退院から二週間近くが経過した。
隷歌はあれから一応、俺の管理下にあるが、立場としては俺の妹として七家に迎え入れられた。
その間も衣明の護衛は続けられ、学校を襲ったテロリストの残党を麗咽と植捕が今も掃討すべく奔走している。
客船でも衣明の護衛は続く。そして、俺たちが危惧すべきは能力を持たない朝乃と夜、歌護だ。彼女たちが誘拐され、取引材料にされれば面倒な事態は避けられない。
そのため、シェアハウス総勢が客船へと乗船することとなった。
表向きは豪華客船での集会、当然パーティーなども行われる。
重要な会議が行われることを知っているのは、七家と重要な役人数名だけだ。
ここまで秘匿するのには理由がある。
──《七つの大罪》。
通称S.D.S。数年前に突如現れた異能者組織で、今の裏社会を牛耳り、異能者たちを保護している。
いずれ戦争を引き起こすと宣言しているが、七人の幹部が相当な実力者であり、少しの小競り合いでも想定される被害が尋常ではない。
七家も「生きる災害」に手を出したくないのだ。
もしも彼らに少しでも情報が漏れれば──七カ国は首脳を失い、七つの大罪が世界に戦争を引き起こすことになる。
「着物を着せるのは任せて!」
「着せてくれる人が居るんだろ? 俺、自分じゃ着られないし」
「七家の人って、和装を好むくせに自分で着られない人が多いよね!」
パリンッ! と空気が割れた。
朝乃の軽はずみな発言に、視線が男性陣へと向けられる。
先陣を切ったのは、黒兎だった──。
「待った! 僕は捜月みたく人任せじゃないよ!」
「おい待て、」
捜月の呼び止める声を遮り、食い気味に黒兎が答える。
「待たない! 僕はちゃんと感謝してるし──! 言うて僕のはサポートだしね! 主導は僕だ!」
「はー待て待て、頼むぜガキ共。紅井家に仕えているのだから、使ってやらないと金が落ちないだろ? 給料は欲しいだろ?」
「異議あり!」
衣明が捜月に指を突き立て、声を張り上げる。
流れに乗るように、朝乃が静かにテーブルを移動し始める。同じく、俺も──家にはガベルがないので、工具箱からトンカチを探し出した。
「部下の仕事を減らすことも、上に立つ者の責務だと思います!」
「却下だ! 黙秘権を更新するぞ俺は〜〜!」
「みっともないぞ〜〜」
「静粛に。判決、有罪!」
朝乃がトントンと、衣明に怒られない程度に金槌をテーブルに叩きつけ、ゆっくりと判決を告げる。
その瞬間、捜月もどこからか取り出したのか、金槌を振り上げた。
──ノリノリじゃねぇか。
「やり直しだ──っ!」
「却下します」
「俺は第二審、第三審まで粘ってやるぞっ!」
「隷歌ちゃんはもう準備が終わってるので、皆さん早く行きますよーー」
「「「はーい」」」
「テレビも消してくださいよ」
──臨時ニュース。
『リーク王国国王が、本日来日し──』
用語解説 百足
百足とは、15人で構成されるテロリスト集団です。全員が異能を持ち、圧倒的な強さを誇ります。
七つの大罪、S.D.Sとの違いは計画性のある事件を頻繁に起こします。それは日本に留まらず、中国やアメリカの戦艦や空母を沈めたり、街その物を破壊するなんて事を平気でやる怪物集団です。




