03 らてぃあ著 『探偵の探し物』
【概要】仕事で田舎を訪れた探偵の顛末。
粗末な扉は拒絶の意思によって、音を立てて閉じられた。
俺は不意を突かれてその場に立ち尽くしてしまった。ややあって、突っ立っていても相手の警戒を解くことはできないと気付く。丘の上の掘っ建て小屋の中で、男が動物園の虎のように行ったり来たりしている気配があった。
仕方なしにやって来た道を戻る。
遠くに小さな港町と青い海が見えた。情緒などとは無縁の生活をしている俺でも、その光景が優美だとわかった。あんな掘っ建て小屋でも長所はあるのかもしれない。
俺を門前払いした男、クリムと、あの小屋の主だという姉の経歴を思い出しながら歩く。と言っても、ここに来る前に聞いた男の経歴はほとんど嘘だった。わずかな手がかりからクリムが姉の元に身を寄せていると知り、あの小屋を突き止めた。
閉鎖的な田舎での姉弟の評判はよろしくない。
親類を頼って移住してきたので二人ともよそ者だ。姉は二回の結婚に失敗し、唯一の財産であるあの小屋に住んでいる。弟は出稼ぎに出たが、帰ってくる度に柄が悪くなっている。
ふもとの町にたどり着く。もうそろそろ日が沈む。
今夜の宿をどうするか。野宿しても風邪は引かないが、不審者として警戒されるだろう。
町は自然を制圧するかのように、くすんだ白い石で造られている。道は狭く小さな路地に分かれている。昔は海賊対策だったらしいが、現代では開発を阻んでいる。
クリムを説得する手がかりを考えているうちに、首筋にひやりとする感覚があって足を止めた。
途端に目の前を木製バットがかすめた。
路地から俺に襲い掛かってきた者がいた。二発目を避け、相手を突き飛ばす。クリムが無様に石畳の上に転がった。
「何をする?!」
「うるせえ! 犬め! サソリの手先だろう!」
「何だ? サソリって」
クリムは起き上がる。まだ右手にバットを握っている。
バットが振りかぶられる。攻撃より誤解を解くべきか迷って、左腕でガードした。
「何をしているのよ!」
甲高い声が割って入った。
クリムは慌てて路地のひとつに飛び込み、逃げて行った。
残された俺は、予想以上の左腕の痛みにうずくまる。
「あなた、大丈夫?」
その瞬間、俺は差し出された手を振り払っていた。
見ると、赤毛の女が尻餅をついていた。助けようとした一般人を転ばせてしまったらしい。
「すまない」
女を助け起こす。女は自分のジーンズの土埃を払う。
「いいのよ。弟が迷惑を掛けたみたいだし」
「弟? まさか、あんたがクリムの姉か」
「ええ」
俺は女の顔をまじまじと見つめた。女は弟とまったく似ていない。明るい髪の色も、愛嬌ある丸顔も。
「半分しか血はつながっていないのよ」
「それでも、クリムはあんたを頼って、時々帰ってくるのか?」
「ええ、クリムは小屋に戻ったはずよ。一緒に行って説得するわ」
再び丘への道を上がり、「サソリ」と無関係であること、クリムが持っているメモリを渡してほしいことを説明した。
「奴が都会で何をしていたか知っているかい?」
俺の舌は妙になめらかになり、女に訊いた。
「ごめんなさい」
姉としての謝罪は、どこか空虚で気味が悪かった。
そうこうしているうちに丘の上の小屋が近くなり、道に立ちふさがる人影があった。クリムだ。
俺は十分な距離があるのと、連れが俺の背後になっていることを確かめると呼びかけた。
「落ち着いて聞いてくれ。俺はサソリの手先じゃない。俺の依頼人はミス・メーガンだ。彼女から盗んだメモリを返してくれ。あれは彼女以外には無価値なものだ」
しかし、相手は予想以上に激昂していた。
「うるさい! うるさい! 俺を騙そうたってそうはいくものか。ぶっ殺す!」
「待て!」
「“姉貴”をどこへやった!」
何かが風を切る音がした。
襲い掛かろうとしたクリムは体勢を崩して地面に転がった。
俺は咄嗟に左側へ跳躍して地面で一回転し、姿勢を低くして、さっきまで守っていたはずの女を見た。
彼女は右手に軽々と消音装置のついた銃を構え、クリムに狙いを定めていた。その顔にはマネキンのような不自然な微笑が浮かんでいた。
クリムが悲鳴を上げる。そして気を失ったらしく、身体から力が抜けた。
動けない俺に、女はにやりと笑った。
「これね。特製の麻酔銃なの。ボスが生かして連れて来いって言うから」
女――クリムの姉ではなく、「サソリ」の殺し屋は、標的のジャケットを探ると、ポケットから取り出したものを俺に投げて寄越した。
俺の探し物に間違いなかった。これさえ持ち帰れば面目は立つ。
「どうして俺に協力してくれる?」
逃走ルートを考えながら、俺は女に訊いた。
「だって、この男が消えたら、あなたは探すでしょう? あまり私の仕事を嗅ぎまわられたくはないの。そして、あなたぐらいの探偵なら、これ以上、首を突っ込むべきじゃないってわかるわよね」
「感謝する」
クリムを助けようとする気持ちは皆無だ。
あんなヤバい殺し屋がいる組織を敵に回すことはもちろん、俺を殺し屋と勘違いするようでは、遅かれ早かれ命を落としただろう。
俺はメモリを掴んで、ふもとへの道を走り出した。
了




