01 紅之蘭 著 『天才紅教授の魔法講義 其の二十七』
梗概/黄戸島村立大学魔法科講師・紅教授と縫目助教の日常。助教・縫目ちゃん失踪事件、全6回シリーズ第2回。
其の二十七 縫目ちゃんの失踪(2/6) 学科長の領域結界
私は、魔法科教授、紅である。
今朝、緊急事態が発生した。なんと、私の一番弟子で助教の縫目ちゃんが、朝から行方不明だ。シェアルームにも、学校にも彼女の姿が見当たらない。リビングキッチンには朝餉支度がされたままだった。
あのファザコン娘のことだ。きっとロマンスグレイのイケオジ、島村学科長に心酔していた。何かと理由を見繕っては、きゃつの執務室へしげしげと足を運んでいた。学科長ならば、あの小娘の足取りについて何か知っているかもしれない。
そう踏んだ私は、島村のいる中央棟の円形大講堂へと向かった。だが、あいにく講義の真っ最中だ。終わったらじっくりと問い詰めることにして、私は白亜の廊下で腕を組み、高窓から差し込む穏やかな春の光を浴びながら待つことにした。
講堂内で行われている講義の科目は『基礎魔法理論』。魔素を述者がどのように体内に取り込み、術式を通して魔法へと変換するかという、基本にして奥の深い内容だ。
すり鉢状になった客席を埋め尽くす学生たちの前で、島村は板書の手を止め、鮮やかな実演を披露してみせた。出力を極限まで抑えた、しかし密度と純度の高い美しい火球を宙に浮かべる。そして、それを手品のように自らの掌へと収めてみせた。
スリーピース・スーツを自然に着こなした島村の姿は、まさに大人の男の最高峰だった。豊かなロマンスグレイの髪に、彫りの深い甘いマスク。いたずらっぽい少年のような微笑みを湛えながら、片眼鏡を細い指先で少しずり上げる。その一挙手一投足が計算され尽くしたようにキザで、かつ圧倒的な気品に満ちあふれている。自分で言うのもなんだが、かつて私の男だっただけのことはある。
ロマンスグレイの色香に、講堂の女子学生どもは一様にため息を漏らし、その洗練された所作に見惚れていた。かくいう縫目ちゃんも、この老紳士の熱狂的な〝信者〟の一人なのだ。
講義終了のチャイムが鳴り響き、私が重厚な扉を開けて講堂に入ろうとした、その刹那だった。
激しい地響きとともに、猛烈な蹄の音が回廊を迫り、講堂の大きな窓の外でピタリと止まった。白馬シルバーシップ。略してシルシ。その背から鮮やかに飛び降り、大扉を蹴破るような勢いで乱入してきたのは、フルプレートアーマーをまとった女騎士――わが大学の守衛長、ジャルジェさんだった。
彼女はもともと、私が異世界から〝お持ち帰り〟してきた本物の貴族令嬢なのだが、紆余曲折あって今では大学の警備を統括している。私や縫目ちゃんと同じ職員用官舎でルームシェアをしている同居人でもある。
銀色に鈍く光る装甲に身を包んでなお、彼女の美貌は隠しきれない。二十歳そこそこの、瑞々しく可憐な顔立ち。榛色をした鷹のような瞳と、肩に揺れる艶やかな縦巻きの金髪は、戦場の花そのものだ。
その麗しき姫騎士が、怒髪天を衝く勢いで教壇へと駆け寄り、黒板の前で硬直していた島村を強引に壁際に追い詰め、激しい壁ドンをかました。金属音が講堂に甲高く響く。
「学科長、縫目姫はいずこか?」
「ジャルジェ君、一体全体どうしたのだね?」
「縫目姫と最後に接触したのは、島村学科長、貴殿だ! 我が防衛セキュリティーの防犯カメラ記録に、その動かぬ証拠が残っている!」
彼女の凛とした声が、ドーム状の天井に大きく反響した。外で控えている愛馬シルシも、主の激昂に呼応するように高く、激しくいななきを上げている。
「ジャルジェ君、少し頭を冷やしたまえ」
島村はまったく動じることなく、左手の指先でモノクルの銀のチェーンを弄びながら、極めて不敵に、その〝魔法〟を放った。
*
老紳士が放ったのは、甘い〝ウィンク〟を媒介とした精神干渉系術式、魅了の魔法だった。
講堂の空気が一瞬だけ甘く微動し、波動となって女騎士の網膜へと滑り込んでいく。するとどうだろう。さっきまで鋭利な剣のようだったジャルジェさんの張り詰めた表情が、みるみるうちに緩みだした。というより、完全に、だらしなくデレているではないか。
「――氷雪の凍てつく野に立つ私。春は獅子とともにやってきて、羊のごとく去ってゆく。ああ、わたしの恋は南の風に乗って走る。風薫る五月、あれに見ゆるは……浜辺に打ち上げられし、愛の難破船……」
この人、一体全体何を口走っているのだかさっぱり分からん。ああ、いや、これが〝魅了〟の効果なのだ。さっきまでの殺気はどこへやら、すっかり呆けたお気楽なツラになったジャルジェさんは、レイピアを握ったまま、島村の身体にぽわーんと寄りかかってメロメロになっていた。
そもそも、この黄戸島村立大学の校舎は全面ガラス張りの、シースルー構造で設計されている。外壁を上下するエレベーターもすべて透明で、もし縫目ちゃんが学内を移動したのだとすれば、職員や学生、誰かしらの視線に必ず晒されるはずなのだ。されど、誰一人として、今日の彼女の姿を目撃していなかった。
ジャルジェさんが教壇で学科長を相手に間抜けな掛け合いを演じている間、私の冷徹な視線は、講堂の隅に残っていた魔法科二年の学生三人組へと向けられた。
「ねえ、君たち。縫目ちゃんを見なかった? もしかして、君たちの汚い部室に監禁でもしているんじゃないでしょうね?」
私が、強く問い詰めると、三人組のリーダー格である〝メガネ〟が、充血した目をさらに見開いて絶叫した。彼はよれよれのデニムにブランド物のTシャツという、一見どこにでもいるオタク学生の格好だが、その眼光だけは異常だった。
「物理的に不可能ですよ、教授! 縫目ちゃんが万が一にでもあのシースルーエレベーターを使えば当然、僕たち親衛隊の網膜が0.1秒で検知します! 見逃すはずがないでしょう!」
その横で、ジャージ代わりにだらしない迷彩服を羽織った、やたらと頭のでかい〝カブ〟が激しく首を振る。さらにその隣で、頭に妙なバンダナを巻いた軽量級の〝コゾウ〟も、壊れた人形のように何度も肯首していた。
ある意味、彼らの変態的執着心が作り上げた監視網は、軍事衛星や最新のレーダーよりも緻密で、死角など存在しない。このガラス張りの学内に隠れる場所など丸でないのだ。
にもかかわらず、縫目ちゃんはどこにも目撃されていない。
まるで、世界というシステムから彼女の情報だけがデリートされたかのように、忽然と消え去っているのだ。
(第2話・了)
登場人物
01 紅教授(結城紅子):年齢不明の魔法使い。年齢不詳。八百比丘尼という説がある。愛車はサイドカー仕様九九九CC、ミリッター解除のスズキ・KATANA。
02 縫目助教(縫目フラ子):二十六歳。ロリ体型。紅教授の弟子。
03 ジャルジェ:紅教授が異世界からお持ち帰りした女騎士。バン・キュッ・ボン・ズガーンな九頭身スーパーモデル体型。縦巻金髪。愛馬は白のシルバーシップ。略して〝シルシ〟
04 メガネ、カブ、コゾウ。大学二年の変態三人組み。
05 管狐:紅教授が拾って来た式神。ペット。
06 島村学科長:ロマンスグレイのイケオジ。紅教授の元カレで、ファザコンな縫目助教が片思いしている。




