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社会倫理が必要な理由
『ドラえもん』をきっかけとして、社会構造と人間の合理性について考えてきた。
当初、私は資本主義社会そのものが問題の原因ではないかと考えていた。しかし、考えを進めるにつれ、合理性や模倣する性質は、特定の社会制度だけに属するものではなく、人間に広く見られる性質なのではないかという可能性に至った。
もしこの考えが成り立つのであれば、社会制度を変えるだけでは、同じような問題が繰り返される可能性は否定できない。人間が合理性を追求し続ける限り、その合理性は際限なく拡大し、ときには人間自身を排除する方向へ向かう危険性もある。
だからこそ、社会には合理性を否定するのではなく、その行き過ぎを抑制し、人間の尊厳や多様性を守るための社会倫理が必要なのではないかと私は考える。
合理性は社会を発展させる重要な力である。しかし、その力を人間のために用いるのか、それとも人間が合理性に従属する社会をつくるのかは、倫理によって決まる。
その意味で、合理性を適切に抑制する社会倫理が形成されることは、人間が人間らしく生き続ける社会を維持するために望ましいことである。それが、現時点で私がたどり着いた一つの考えである。




