星を見上げて(3/4)
事件はこの日の1か月後に起こった。父は帰ってこず、トオラやウィース、マサムネといった腕利きの傭兵たちが仕事で出払っている頃のこと。
深夜。私は二人にたたき起こされた。
「何?まだ夜だよ⋯⋯え?」
二人は本拠地によからぬ敵が入って来たという。こうしたことはたまにあることだ。傭兵団の中でも最大規模の晴天傭兵団を逆恨みする人は多いし、戦争を止めようとしている父を妨害しようとする者は後を絶たない。
しかし今回の侵入者たちは今までの連中とは一味違うという。特に二人の内の片割れが殺気立っている。
「法国、って国が攻めてきたの?え?ものすごくタチが悪いけど、腕が立つ奴らばっかり?見張りがもう殺された?大変じゃない!」
二人の制止を無視して、私は部屋を飛び出した。私がいるのは本拠地宿舎の3階。傭兵団にとって重要な人物が住む区画だ。トテトテと走って団長が眠る部屋。アウィスがいるはずのところを開けた。
「アウィス!」
「ん⋯⋯あ?ステラどうした?」
ベッドでぐっすりと眠っていたアウィスが目をこすりながら答える。
「大変なの!何がとは言えないけど、とにかく大変なの!」
「大変って何が⋯⋯」
アウィスは寝起きで不機嫌そうだ。だけど二人の様子からしてあまり猶予はない。いっそのこと、全部話してしまおうかと思った時、カーンと鐘が一度鳴り、二回目に鳴ろうとしたところでそれが不自然に途切れた。明らかな異常。それを確認して、アウィスの表情は険しくなり、ベッドから跳ね起きて近くの剣を手に取った。
「ステラ。俺から離れるな⋯⋯」
パリンと部屋のガラスが割れた。割れたガラスと共に飛び込んできたのは黒ずくめのナイフを持った男。顔まで布で覆い隠し、その目はアウィスをしっかりと捉えている。
「くそが!」
男のナイフとアウィスの剣がぶつかり合う。私の目には互角に見えたけど、二人はアウィスの方が不利だと言っている。
「ステラ!今のうちに逃げろ!」
晴天傭兵団を長年支えてきた男の声は従わないことを許さない。アウィスの一声に逆らうことなんてできるはずもなく、私はアウィスに背を向けて逃げ出していた。
「どうしよう!どうしよう!」
宿舎の中はパニックに陥っていた。両親やトオラ、ウィースなど団の最高戦力がいない状態での襲撃。明らかに偶然とは思えない。全て仕組まれていた、と考える方が自然だ。宿舎ではすでに戦った後が見られていて、廊下を走っているとあちこちから悲鳴や剣戟の音が聞こえてくる。
「あ!」
廊下には縮こまる子どもやすでに事切れた傭兵が何人もいたけれど、その死体に隠れるようにしている子どもを一人見つけた。
「ステラ⋯⋯」
「ルクス!あんた」
その子どもはルクスだった。お守り替わりにもらったというナイフを握りしめて、彼はブルブルと震えている。
「や、やらないと。俺は、俺は男だから」
どうやら廊下で隠れていたのは、見つからないためではなく、侵入者と応戦するつもりだったかららしい。頭がカッと赤くなった。
「このおバカ!」
「ひっ!」
「やる?あんた戦うつもりなの?」
「そ、そうだよ」
ルクスの声はしりすぼみだ。
「やっぱり馬鹿ね。あんたが戦って勝てるわけないじゃない!」
「そんなのやってみないと」
「無理に決まってるでしょ!逃げるわよ!」
問答する時間も惜しい。ルクスの手を引いて、宿舎からの脱出を図る。
「ま、待てステラ!俺は」
「状況を見極めなさい!」
そんなに体を震わせて何ができるというのか。涙を一杯に湛えた目で何を見るのか。戦闘のイロハを教えてもらったことのないルクスなんて、例え不意打ちでも勝てる見込みはない。だけどそれは私も同じだ。切り札はあるけど、まだ子どもの私では使いこなせない。
(戦えて一度きり。一人が限度だ。⋯⋯アウィスは)
部屋で応戦していたアウィスは無事だろうか。今本拠地は主要な戦力が出払っているとはいえ、最低限の戦力は残されている。
(落ち着け。落ち着け)
二人も私を落ち着かせようと言葉をかけてくれている。それがなかったら私も泣いて震えるだけだっただろう。それを思えば戦おうとしたルクスはまだましかもしれない。
無事に宿舎の一階まで降りることができた私達はそのまま宿舎の外を目指す。目的地は私の秘密基地だ。入り組んだ林の中にあるところだから侵入者からしても見つけにくいはず。
玄関から外へ出る。濃厚な血の臭いがして、私の足が鈍る。そして続けざまに大きな爆発音が響いた。
「えっ⋯⋯?」
音の方を振り向く。そこはアウィスのいる部屋の方だった。
「アウィス?
「危ない!」
そちらに気をとられていると、引いていたはずの手に引かれる。私は後ろに引き倒され、ルクスが私の前に出る。
「ルクス?」
そしてさっきまで私がいたところに魔法で作られた矢が飛んでくる。その矢は私を引き倒したルクスに当たった。
「ルクス!!」
かばわれた。3本の矢がルクスの小さな体に刺さっている。右足と右腕、それとお腹。急所には当たってない。だけどルクスは苦悶の表情を浮かべている。それに血が止まらない。このままだと危ない。
「おねぇちゃん!」
私は切り札を切ることをためらわなかった。私の中から生きる力みたいなものがごっそりと抜けていく。その代わりにルクスを暖かな白い光が包む。その治癒の光を受けて、ルクスは表情を和らげて気絶した。
「はぁっはぁっ」
足が萎えて私はその場に座り込む。二人が危険を伝える。前を向くとルクスを撃った魔法の矢を展開しながら私のところに走ってくる黒装束の男が見えた。
「はぁっ⋯⋯くぅぅぅ!おじいちゃん!!」
二人を、私の『護り手』の力を同時に使うのは初めてだ。視界が眩んで、黒装束がグニャリとゆがむ。でも歪んでいるのはあの男じゃない。私の目がおかしくなっているんだ。込み上がる吐き気を抑えきれずに地面にへたりこんだまま吐く。吐いたものには赤いものが混じっていた。
(そっか。使い過ぎるとこうなるんだ)
眩む視界で前を見れば、黒装束の男は水晶で地面に縫い付けられていた。両手足と胸と頭。確実に死んでる。だけど私を狙うかのように何人もの黒装束が迫ってくる。
「だ⋯⋯め。ここで引いたら、ルクスも⋯⋯!」
体中を巡る力が希薄だ。それでも体のあちこちから力を集めてくる感覚で、力を集中させる。使うものはおじいちゃんからこっそり教えてもらっていた魔法。触媒はおじいちゃんが出した水晶で、属性は炎だ。
〈燃えろ〉
黒装束を縫い付けていた水晶が砕けてその周りを炎が広がる。でも。
「だめ、なの?」
男たちは多少動揺したみたいだったけどそれだけだ。数歩たたらを踏んだくらいでまた走ってくる。おねぇちゃんもおじいちゃんも私を守ろうとしてくれているけど、私がもう二人の力を使うだけの力を残していない。3回目はない。使えばきっと私はその場で死ぬ。
(でももしかしたらルクスは助かる⋯⋯?)
このままならきっと私は死んで、ルクスも死ぬ。だけど私がここで力を使えばやっぱり私は死ぬけど、だけどルクスは助かる。
「お、おじ⋯⋯」
でも死ぬよ?もう一人の私がつぶやく。死ぬのは怖い。死ぬのは嫌だ。人が死んだあとを私はずっと見てきた。あんな風になるの?それは⋯⋯嫌だ。
そう思ったらもう力を使うことはできなかった。黒装束はもう間近に迫っている。震える口で言った名前。それは「おじいちゃん」ではなかった。
「お父さん!」
「任せて」
スッと耳にそんな声が入ってきた。そして私の首を斬ろうとした黒装束の首が飛んだ。ぎゅっと誰かが私を抱きしめる。温かい。クラクラする頭を上げる。
「おかあ、さん」
「ステラ。頑張ったのね。偉いわ」
黒檀色の髪に私と同じ緋色の瞳。凛としたその佇まいはあらゆる人の背筋をピンとさせる。お母さんだ。お母さんが私を抱きしめてくれている。そして。
「よくも僕の娘に手を出してくれたな?」
私の前に立っている人。背中しか見えないけれど、ものすごく怒っているのが分かる。空気が本当に歪んでいるみたい。だけど安心する。お母さんに抱かれて、お父さんが守ってくれている。
「ステラ!」
そんな中、私は気を失った。
パチリと目を開けるとまず目に映ったのは両親の安心した顔だった。
「良かった。ステラ⋯⋯」
父は私の手を握り、深く息を吐く。母も胸をなでおろした。
「聞きたいことは色々あると思う。僕も聞きたいことはたくさんあるんだ。そうだな。⋯⋯外に出ようか」
父の提案に私はコクリとうなずいた。
外へ向かう道すがら、どうして両親があそこにいたのかや私が気絶した後のことを聞いた。
「『鳥』の部隊から本拠地が狙われているって話を聞いてね、僕の省略の異能をディーの力で拡大してもらったんだ」
「そんなことできるの?」
「代償にカームの精神力はほとんど持っていかれたけどね」
「ソウラ。それは」
おそらく父が隠したかったであろうことを母は何気なしにもらす。
「それだけカームはステラのことが大事なのよ。もちろんあたしもね」
「僕もそれなりに消耗したけど、ソウラも異能の対象外だったものを強引に巻き込んだからかなり消耗してるでしょ?」
「まぁね」
仕返しとばかりに父も母のことを話すが、母はどこ吹く風だ。どうやら両親はかなり無理して来てくれたらしい。その事実に胸が温かくなる。でもそういうことなら好きな時に父や母と会えるわけではないようだ。
「あの⋯⋯アウィスとルクスは」
「二人とも無事だよ」
「良かった」
私が逃げ出した後、アウィスは応援に駆け付けた傭兵とともに応戦したらしい。結果、黒装束は追い詰められ、自爆紛いの行動をしたということらしい。アウィスは爆風で怪我をしたものの大事はないそうだ。
ルクスもおねぇちゃんの治癒により、傷跡こそ残るもののすでに元気らしい。眠る私のことを何度も見舞いに来てくれたようだから、後でお礼を言った方がいいだろう。ちなみに外が夜だったから気づかなかったけど、私は丸一日眠っていたそうだ。その間両親はずっと私のそばについていてくれたのだとか。また侵入者は父があっという間に片づけてしまったらしい。
「ルクスのことで。ステラは何をしたの?⋯⋯ルクスの傷。あれはまるで魔法か異能で癒された感じだった。だけど僕はステラが治癒の魔法や異能を持っているとは聞いてない。それに一人⋯⋯」
父が口ごもる。黒装束の四肢を撃ち抜き、胸と頭を砕いたことだろう。あれをやったのは私であって私ではない。治癒のことも同様だ。けれどこのことをどう説明したものか。
私の背後にずっといる二人も困っているみたいだ。物心ついた頃からずっとそばにいてくれている私の『護り手』。
治癒の異能を持つ栗色の髪と蒲公英色の瞳をしたおっとりした感じの少女と、黒ずんだ青髪に灰色の瞳をした初老の男の人。父と縁があるであろう死者だ。
誰にも言っていないけれど、私は異能を持っている。私が『星の目』と呼んでいるこの異能の力は一言で言うと「生者の抱える死者を見ること」だ。死者側の念の強さで差異はでるけれど、生者が心にとどめている死者の数や姿を見ることができる。その中でも私のそばにいる『護り手』の二人は例外的だ。『護り手』はずっと私のそばにいてくれていて、私が生命力を与えることで二人の異能を使うことすらできる。困った時に相談に乗ってくれたり、危険を知らせてくれたりする。
戦争にあふれたこの時代、死者を抱えていない人の方が少数だけど、その中でも父は別格だった。父の姿を覆わんほどの死者。それが依然聞いて回った話のおかげで父が殺した人、父が守れなかった人ら全員であることが分かった。『護り手』二人以外の死者の視認は見る、見ないの切り替えができるし、たくさんの死者もそのほとんどが小さな球状にまで存在を小さくしているから良かったものの、もしそうじゃなかったら、私は父の顔を一生知ることはできなかっただろう。
閑話休題。どうしようか。悩みに悩んだ結果。部分的に真実を話すことにする。
「うーん。私がやったといえば私がやったし、私じゃないといえば私じゃない」
「それは⋯⋯」
「ごめんなさい。約束というか、お願いされたから言えないの。でもいつか絶対に言うから。だから⋯⋯」
カリカリと父は頭を掻いて、母と顔を見合わせる。母は私の顔をじっと見る。
「そうね。悪い事を考えているわけでもないんだし、いいんじゃない?」
「そうか。それもそうだね。でもお父さんと二つ約束してほしい」
「何?」
「一つはいつかステラが言えると思った時にちゃんとお父さんとお母さんに話すこと。二つ目は無理しないこと。丸一日ステラが眠ったままで、僕らがどんなに心配したか、ステラは分かってないでしょ」
父の表情は真剣そのものだ。それに戦いが終わって一日経つのに二人の顔色がよくないのも父が言ったことと関係あるのだろう。
「分かりました。でも多分同じようなことがあったら、また私は同じことをすると思うの」
嘘をつきたくなくて、私は本音を口にする。私はまだ死にたくないけれど、大事な人のためなら無理を承知で頑張りたいのだ。
「ステラはやっぱりあたしたちの子どもね」
父が口を開く前に感心したように母が言った。
「ソウラ⋯⋯」
「だってそうじゃない?大事な人のためなら自分の身を顧みない。割とあたしたちも同じことをしてるわよ。今回のことだってそう」
「それはそうだけど」
「でもねステラ」
母は私の方へ向き直った。
「ステラがどんなものを抱えているかは分からないわ。だけどあたしたちがあなたのことを本当に大切に思っていることは忘れないで欲しいの。だから、ね」
母の瞳には私に対する深い愛情が感じられて、それ以上何も言えなくなる。無言のまま夜の空の下を歩き、たどり着いた先は本拠地のベンチ。そこで3人並んで腰かける。私を真ん中に、両親がその両脇に座る形だ。
「ねぇ知ってる?ステラ」
父は夜空を見上げながら話す。夜空には今日も大きな月とその周りを彩る星が輝いている。夜空は黒に青を一滴落とした藍色で、私の髪の色と同じだ。この髪の色は父の昔の髪の色と同じようで、私はとても気に入っている。
「人は死んだら星になるんだ?」
「星?」
大陸でよく言われる話だ。私自身何度も聞いた話。
「そうだよ。人は皆この大地に生まれて、精一杯命を燃やす。生きていく中で楽しいことも、嬉しいことも、辛いことも悲しいことも、きっとある。無力でちっぽけな僕たちは小さな手を伸ばして、短い足を必死に動かして、生きるんだ。生きて、生きて、生き切って。そして死んだら星になる。星になって、そんな風に頑張っている人たちを照らすんだ。そうして生きるからこそ価値がある。だけどね」
父は泣き笑いのような顔になる。
「僕たちはまだステラが星になるところを見たくはないよ」
父の周りにいる死者たちの魂がいっそう輝いた。まるでその存在を主張するかのように。
「お父さん⋯⋯」
「誰かの想いを継いで、誰かのために行動することは素敵で、尊いことだ。僕はきっとずっとそんな生き方をしてきたし、それ以外の生き方を知らない。全てを抱えて生きると決めたのはルースに言われたからで、今平和を目指しているのだって会ったこともない僕の母さんの願いからなんだ。その願いのために僕は何人も殺してきた。仲間を死地に追いやった。でもね。そんな僕でもステラ。君だけはそんな風に死地に追いやりたくないし、死んでほしくもない。僕の両親が僕を命がけで守ったように、僕かステラのどちらかしか助からないのなら、僕は迷わずステラが生きることを選ぶよ」
私の後ろにいるおじいちゃんが泣きそうな感情を表す。
「もらってばかりの僕だけど、それでも精一杯生きて、生き切って星になりたい。だからステラも恋をして、素敵な旦那さんを作って、子どもを生んで、孫の顔を見て、よぼよぼのおばあちゃんになるまで生きて、それから星になってほしいと思うんだ。エゴだよ。これはだけどこれが僕の本音だ。だからね。無理をしないで。ステラが命を削る必要なんてどこにもないんだ」
そっか。私は父のことが少しだけ分かった気がする。本当に父は考えを曲げない強情屋さんで、それでいて言葉や自分の想いを言いつくろえないくらいに不器用で、だけどそんな想いをちゃんと伝えられる英雄で、私が誰よりも信頼できる純粋な人だ。
「でもねお父さん。私もお父さんの手伝いをしたいよ」
父の目が見開かれる。
「私ね。お父さんとケンカした後、色んな人にお父さんのことを聞いて回ったの。皆お父さんを大事に思ってることは分かったけど、でもお父さんのことを皆違うように見てた」
あれからずっと考えていたのだ。私が父をどんな風に思っているのか。好きの先に何があるのか。
「それで私はお父さんの助けになりたいなって思ったの。あ、でも違うよ。お母さんみたいにお父さんと一緒に戦いたいわけじゃなくて、お父さんの手の届かないところ、お父さんが苦手なところを助けたいって、それで」
「ステラ」
ぎゅっと父に抱きしめられた。目を白黒させる私に構わず、強くその細くも硬い体で抱きしめる。父の匂いがした。
「お父さん」
「ありがとう。こんな、わがままで駄目なお父さんのために」
「そんなことないよ。私、お父さんのこと好きだよ。お父さんが皆のために頑張ってるって私知ってる。寂しいけど、お父さんとずっと一緒にいたいって思うけど、でもお父さんがすごく、すごく頑張ってること知ってるから私も頑張れるの。だからお父さんのことをそばで支えたいって思ったんだよ」
フワリと母も私と父を包み込むように抱きしめた。おじいちゃんとおねぇちゃんも涙ぐみながらその様子を見ている。
「ステラ。あなたのことをあたしたちは誇りに思うわ」
声を震わせながら母は言った。
「お父さん。お母さん」
星空の下、私達家族は互いに抱きしめ合っていた。
その帰り、私は父から一冊の手帳を渡された。
「これは?」
「日記帳かな。僕も忙しくてステラに全然構ってあげられない。だから日記を書いて僕らに読ませてほしいんだ。それに僕らの手伝いをしたいなら、僕ももっとステラのことをよく知らないとね」
しっかりした装丁の黒表紙の本。それを私は抱きしめて、「うん」と強く返事をした。




