第2話「1239番の男」
## 登場人物
**アイーラ**
アイラソソド支配人|好きな機種:シンフォギア
金と牛丼が大好きな、図太い支配人。
**タキガスキ**
探偵・エアメモラー|好きな機種:ジャグラー
空調から漏れる水を舐め、残された記憶を読み取る探偵。
**番場 ゲン**
店長|好きな機種:押忍!番長
真面目な苦労人で、店内のカウンター業務を担当。
**桐ヶ谷 トウマ**
ホール社員|好きな機種:ソードアート・オンライン2
無口で淡々としているが、機械や設備には詳しい。
**暁美 ミツル**
常連客|好きな機種:マギアレコード
店内の事情に詳しい、少し癖のある常連。
**月山 ゲンドウ**
古参常連|好きな機種:東京喰種
アイラソソドの過去を知る、意味深な発言の多い男。
**湊 リツ**
謎の客|好きな機種:バンドリ
今回が初来店。明るく人当たりがいい。
**戦国 シズク**
ホールスタッフ|好きな機種:戦国乙女5
明るく仕事のできるスタッフだが、妙に冷静なところがある。
**炎堂 クランド**
設備保守担当|好きな機種:炎炎ノ消防隊
業務用エアコンや旧設備に詳しい、アイラソソドの設備の専門家。
**虎瀬 ルイ**
常連客|好きな機種:ToLOVEる
1239番をいつも打っている、ToLOVEる専業として有名な常連。
◆
雨は、まだ止まない。
アイラソソドの外では、激しい雨が降り続いていた。
豪雨による浸水を防ぐため、防水シャッターはすでに作動している。
普段は使われることのない非常設備。
しかし、この設備には一つだけ厄介な欠点があった。
防水シャッターが作動している間、照明設備に負荷がかかる。
そのため――
一時間に一度、一分間だけ照明が落ちる。
通常営業時には起こらない。
防水シャッターが作動している時だけ発生する、特殊な不具合だった。
そして最初の消灯時刻は――
22時45分。
その一分間の暗闇の中で、一人の男が殺された。
少なくとも。
今は、そう思われていた。
◆
事件直後。
アイラソソド店内は、異様な静けさに包まれていた。
つい先ほどまで聞こえていた遊技音も、客たちの話し声も、今はほとんど聞こえない。
皆が、一つの場所を見つめている。
1239番。
ToLOVEるの台の前。
そこには、一人の男が倒れていた。
「……まずいな」
番場ゲンが呟いた。
店長としてカウンター業務をしていた彼は、すぐに現場へ駆けつけていた。
「救急は?」
アイーラが尋ねる。
「外線が……まだ不安定です」
「防水シャッターのせい?」
「おそらく」
「そっか……」
アイーラは少し考える。
そして、
「……牛丼食べようと思ってたのに」
「今ですか?」
番場が思わず聞き返した。
「だってお腹空いたし」
「事件現場ですよ」
「分かってるわよ」
そう言いながら、アイーラは死体の方を見る。
「……あとで大盛り食べよ」
「聞いてません」
そんなやり取りをしている間にも、タキガスキは黙って死体を見つめていた。
男の顔。
服装。
そして、足元。
「……」
そこに、一枚の会員カードが落ちていた。
番場が拾い上げる。
「虎瀬ルイ……」
カードには、確かにそう書かれていた。
「虎瀬さんの会員カードですね」
「じゃあ、この人が……」
湊リツが死体を見る。
「虎瀬さん?」
その場にいた誰もが、そう思った。
死体の前には、ToLOVEるの1239番。
そして、虎瀬ルイの名前が入った会員カード。
ただ、それだけだった。
タキガスキはカードを手に取る。
「……これ、ずいぶん古いデザインですね」
「ああ」
番場が頷いた。
「昔の会員カードだな」
「今はデザインが違うんですか?」
「何度か新しいデザインが出てます。でも、古いカードもそのまま使えますよ」
「なるほど」
タキガスキはカードを見つめる。
名前は、虎瀬ルイ。
台は1239番。
それだけで十分だった。
この場にいた全員が――
この死体は虎瀬ルイだと思った。
◆
「一度、全員の話を聞きましょう」
タキガスキが立ち上がる。
「事件が起きたと思われる時間は22時45分。その瞬間、どこにいたか教えてください」
最初に答えたのは、アイーラだった。
「私は事務所」
「一人ですか?」
「そう」
「何を?」
「事務作業。あとSNS監視と防犯カメラの監視」
「なるほど」
アイーラは事務所のモニターを指差した。
「ずっとカメラを見てたわ」
「22時45分も?」
「もちろん」
「何か見ましたか?」
「照明が落ちた瞬間は、カメラも暗くなったから何とも言えないわね」
「なるほど」
タキガスキはメモを取る。
「……ところで」
アイーラが口を挟む。
「何です?」
「牛丼、あとで食べていい?」
「……好きにしてください」
「大盛りで」
「はいはい」
次に番場が口を開いた。
「俺はカウンターです」
「22時45分も?」
「はい。お客さんの対応をしていました」
「誰か証言できますか?」
「何人かいると思います」
「虎瀬さんは?」
「……1239番に座っていたのは見ました」
「本人の顔は?」
「そこまでは……」
タキガスキは何も言わず、メモを取った。
「番場さんの好きな機種は、押忍!番長でしたよね」
「はい」
「今は?」
「店長なんで、自分の店では打てませんよ」
「ああ、そうでした」
番場は苦笑した。
次は桐ヶ谷トウマ。
「設備室です」
「防水シャッターの確認?」
「はい」
「22時45分の照明消灯については?」
「防水シャッターの制御によるものです」
「原因は?」
「設備同士の相性が悪い」
「詳しいですね」
「設備担当なら普通です」
「好きな機種はソードアート・オンライン2でしたね」
「……はい」
「好きな理由は?」
桐ヶ谷は少しだけ間を置いて答えた。
「……絶剣が引きたい」
「……」
「……絶剣したい」
湊が小さく笑った。
「分かりやすいですね」
「……」
続いて暁美ミツル。
「私は自分の台です」
「22時45分も?」
「ずっと」
タキガスキは遊技履歴を見る。
確かに、22時45分付近まで遊技の記録が残っている。
「好きな機種はマギアレコードでしたね」
「はい」
「好きな理由は?」
「マミさんに会いたいから」
「なるほど」
タキガスキは台の履歴をもう一度確認した。
「……」
「何か?」
「いえ。今は何も」
月山ゲンドウは、ホールの端にいた。
「俺はあっちだ」
「一人?」
「ああ」
「22時45分、1239番は見えました?」
「見えた」
「虎瀬さんも?」
「……いつもの男がいた」
「顔は?」
「見てない」
「では、なぜ虎瀬さんだと?」
月山は少し黙った。
「……あそこに座るのは、あいつくらいだからな」
タキガスキはメモを取った。
そして、湊リツ。
「私はホールにいました!」
「今日が初来店でしたよね?」
「はい!」
「では、虎瀬さん本人は知りませんか?」
「知りません」
「それなのに、あの死体を虎瀬さんだと思った?」
「1239番だったからです」
「1239番?」
「SNSで有名じゃないですか」
湊はスマートフォンを取り出す。
「アイラソソドの1239番って、ToLOVEる専業の人がいつも打ってるって」
「なるほど」
「だから、多分その人かなって」
タキガスキは頷く。
「本人の顔は知らない」
「はい」
「でも、1239番に座っているから虎瀬だと思った」
「そうです!」
「……分かりました」
「ちなみに、好きな機種はバンドリ?」
「そうです!」
「楽しかった?」
湊の顔がぱっと明るくなった。
「完奏してめっちゃ楽しかった!」
「それは良かったですね」
「めっちゃ楽しかったです!」
次に戦国シズク。
「私は東側を巡回していました」
「22時45分も?」
「はい」
「1239番の近くは?」
「通りました」
「そのとき、死体を?」
「はい」
「顔は確認しました?」
「暗かったので、はっきりとは」
「でも虎瀬さんだと思った?」
「いつも1239番にいる方ですから」
まただった。
誰も顔を見ていない。
それなのに。
全員が虎瀬だと思っている。
「好きな機種は戦国乙女5でしたね」
「はい」
「好きな理由は?」
シズクは少しだけ笑った。
「ノッブが素敵だから」
「なるほど」
タキガスキは彼女を見た。
質問に対する答えが早い。
迷いがない。
それだけなら、仕事のできるスタッフというだけだ。
しかし。
なぜか妙に引っかかった。
最後は炎堂クランド。
「俺は設備室です」
「防水シャッターの確認?」
「そうです」
「異常は?」
「ありません」
「この一時間ごとの照明消灯については?」
「防水シャッターが作動している間だけです」
「つまり?」
「シャッターが解除されれば、通常に戻ります」
炎堂は少し考えてから続けた。
「ただ、この設備、かなり古いんですよ」
「古い?」
「はい」
「今の設備と違う?」
「昔の設備は、後からいろいろ追加されてるんです」
「防水設備、照明、空調……」
「それぞれ別の時期に改修されてます」
「だから?」
「設備同士の連携が綺麗じゃない」
炎堂はそう言った。
「普通なら起きないようなことが起きる」
タキガスキは、その言葉を覚えておくことにした。
◆
全員の話を聞き終えた。
タキガスキは、もう一度1239番へ戻る。
死体。
ToLOVEる。
そして――
虎瀬ルイの名前が入った古い会員カード。
「……」
カードには、虎瀬ルイと書かれている。
台は1239番。
それだけで、誰もがこの死体を虎瀬だと思った。
だが。
タキガスキは、全員の証言を思い返していた。
誰も。
本人の顔を確認していない。
「……妙だな」
アイーラが振り返る。
「何が?」
「みんな、虎瀬さんだと言いました」
「実際そうなんじゃない?」
「かもしれません」
タキガスキは死体を見る。
「でも、誰一人として本人を確認していない」
「……」
「1239番にいる」
「虎瀬さんのカードがある」
「だから虎瀬さんだと思った」
アイーラが少し考える。
「……それって、普通じゃない?」
「普通です」
タキガスキは頷いた。
「だからこそ、怖いんです」
「……」
「誰も、疑わなかった」
アイーラはしばらく黙った。
そして、
「……牛丼も?」
「はい?」
「誰も疑わずに牛丼を食べるみたいに?」
「例えが独特ですね」
「だって牛丼は美味しいじゃない」
「……そうですね」
タキガスキは苦笑した。
そのとき――
カチッ。
照明が落ちた。
◆
「!」
全員が息を呑む。
店内が暗闇に包まれた。
時計は――
23時45分。
最初の事件から、ちょうど一時間。
防水シャッターが作動している限り。
この暗闇は、一時間ごとにやってくる。
「動かないで!」
シズクの声が響いた。
一分間。
誰も動かない。
……はずだった。
――カタン。
店の奥から、何かが落ちる音がした。
「今の音……」
湊が呟く。
照明が戻る。
シズクが音のした方向を見る。
「東側です」
タキガスキもそちらを見る。
そこには、古びた扉があった。
「……あれは?」
番場が答える。
「お仕置き部屋です」
「お仕置き部屋?」
「昔使っていた部屋です。今は使ってません」
「鍵は?」
「施錠しているはずです」
番場が扉に近づく。
そして――
足を止めた。
「……開いてる」
誰も言葉を発しなかった。
タキガスキが扉に手をかける。
ゆっくりと開く。
◆
お仕置き部屋。
暗い部屋。
何もない。
そう思った。
だが。
「……誰かいる!」
シズクが叫んだ。
部屋の奥。
一人の男が倒れている。
「人!?」
番場が駆け寄る。
タキガスキも続く。
顔を確認した瞬間――
全員が凍りついた。
そこに倒れていたのは。
虎瀬ルイだった。
「虎瀬さん!?」
番場が声を上げる。
「生きてる!」
シズクが確認する。
「呼吸があります!」
どうやら気を失っているだけらしい。
大きな外傷はない。
「じゃあ……」
湊が震えた声を出す。
全員が、1239番を見る。
そこには。
虎瀬ルイではない男の死体。
そして。
今、目の前には――
本物の虎瀬ルイ。
「……じゃあ、あの死体は誰?」
誰も答えられなかった。
◆
タキガスキは天井を見上げた。
古い業務用エアコン。
その配管から、一滴。
水が落ちる。
タキガスキは手のひらで受けた。
「……」
指先ですくい。
舐める。
視界が歪んだ。
暗い廊下。
誰かが走っている。
何かを引きずっている。
そして――
虎瀬ルイ。
誰かが、虎瀬を抱えている。
顔は見えない。
映像が揺れる。
1239番。
古い会員カード。
そして――
別の誰かの死体。
「……!」
タキガスキは目を開いた。
「どうした?」
番場が聞く。
「誰かが虎瀬さんを運んだ」
「誰が?」
「分からない」
タキガスキは首を振る。
「でも、一つ分かった」
全員がタキガスキを見る。
「この事件」
1239番を見る。
「最初から、虎瀬さんを殺すための事件じゃなかった」
「じゃあ……」
アイーラが聞く。
「犯人は何をしたかったの?」
タキガスキは答えなかった。
ただ、1239番に残されたカードを見る。
「犯人は――」
静かに呟く。
「誰かが虎瀬だと思い込むように、仕掛けたんだ」
雨音だけが、店内に響いていた。
アイーラが小さく呟く。
「……牛丼食べる気分じゃなくなってきた」
番場が振り返る。
「そこは食欲なくなるんですね」
「でも大盛りなら食べられるかも」
「あるんですか、その食欲……」
タキガスキは二人の会話を聞きながら、時計を見る。
23時52分。
次の消灯まで、あと53分。
この照明消灯は、一時間ごとに繰り返される。
もし犯人が、この仕組みを知っているのなら。
次の暗闇でも――
何かが起こる。
そんな予感がした。
そして。
地下設備室の奥で。
誰かが、静かに息を潜めていた。
――第2話 終




