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第2話「1239番の男」

## 登場人物


**アイーラ**

アイラソソド支配人|好きな機種:シンフォギア

金と牛丼が大好きな、図太い支配人。


**タキガスキ**

探偵・エアメモラー|好きな機種:ジャグラー

空調から漏れる水を舐め、残された記憶を読み取る探偵。


**番場 ゲン**

店長|好きな機種:押忍!番長

真面目な苦労人で、店内のカウンター業務を担当。


**桐ヶ谷 トウマ**

ホール社員|好きな機種:ソードアート・オンライン2

無口で淡々としているが、機械や設備には詳しい。


**暁美 ミツル**

常連客|好きな機種:マギアレコード

店内の事情に詳しい、少し癖のある常連。


**月山 ゲンドウ**

古参常連|好きな機種:東京喰種

アイラソソドの過去を知る、意味深な発言の多い男。


**湊 リツ**

謎の客|好きな機種:バンドリ

今回が初来店。明るく人当たりがいい。


**戦国 シズク**

ホールスタッフ|好きな機種:戦国乙女5

明るく仕事のできるスタッフだが、妙に冷静なところがある。


**炎堂 クランド**

設備保守担当|好きな機種:炎炎ノ消防隊

業務用エアコンや旧設備に詳しい、アイラソソドの設備の専門家。


**虎瀬 ルイ**

常連客|好きな機種:ToLOVEる

1239番をいつも打っている、ToLOVEる専業として有名な常連。



 雨は、まだ止まない。


 アイラソソドの外では、激しい雨が降り続いていた。


 豪雨による浸水を防ぐため、防水シャッターはすでに作動している。


 普段は使われることのない非常設備。


 しかし、この設備には一つだけ厄介な欠点があった。


 防水シャッターが作動している間、照明設備に負荷がかかる。


 そのため――


 一時間に一度、一分間だけ照明が落ちる。


 通常営業時には起こらない。


 防水シャッターが作動している時だけ発生する、特殊な不具合だった。


 そして最初の消灯時刻は――


 22時45分。


 その一分間の暗闇の中で、一人の男が殺された。


 少なくとも。


 今は、そう思われていた。



 事件直後。


 アイラソソド店内は、異様な静けさに包まれていた。


 つい先ほどまで聞こえていた遊技音も、客たちの話し声も、今はほとんど聞こえない。


 皆が、一つの場所を見つめている。


 1239番。


 ToLOVEるの台の前。


 そこには、一人の男が倒れていた。


「……まずいな」


 番場ゲンが呟いた。


 店長としてカウンター業務をしていた彼は、すぐに現場へ駆けつけていた。


「救急は?」


 アイーラが尋ねる。


「外線が……まだ不安定です」


「防水シャッターのせい?」


「おそらく」


「そっか……」


 アイーラは少し考える。


 そして、


「……牛丼食べようと思ってたのに」


「今ですか?」


 番場が思わず聞き返した。


「だってお腹空いたし」


「事件現場ですよ」


「分かってるわよ」


 そう言いながら、アイーラは死体の方を見る。


「……あとで大盛り食べよ」


「聞いてません」


 そんなやり取りをしている間にも、タキガスキは黙って死体を見つめていた。


 男の顔。


 服装。


 そして、足元。


「……」


 そこに、一枚の会員カードが落ちていた。


 番場が拾い上げる。


「虎瀬ルイ……」


 カードには、確かにそう書かれていた。


「虎瀬さんの会員カードですね」


「じゃあ、この人が……」


 湊リツが死体を見る。


「虎瀬さん?」


 その場にいた誰もが、そう思った。


 死体の前には、ToLOVEるの1239番。


 そして、虎瀬ルイの名前が入った会員カード。


 ただ、それだけだった。


 タキガスキはカードを手に取る。


「……これ、ずいぶん古いデザインですね」


「ああ」


 番場が頷いた。


「昔の会員カードだな」


「今はデザインが違うんですか?」


「何度か新しいデザインが出てます。でも、古いカードもそのまま使えますよ」


「なるほど」


 タキガスキはカードを見つめる。


 名前は、虎瀬ルイ。


 台は1239番。


 それだけで十分だった。


 この場にいた全員が――


 この死体は虎瀬ルイだと思った。



「一度、全員の話を聞きましょう」


 タキガスキが立ち上がる。


「事件が起きたと思われる時間は22時45分。その瞬間、どこにいたか教えてください」


 最初に答えたのは、アイーラだった。


「私は事務所」


「一人ですか?」


「そう」


「何を?」


「事務作業。あとSNS監視と防犯カメラの監視」


「なるほど」


 アイーラは事務所のモニターを指差した。


「ずっとカメラを見てたわ」


「22時45分も?」


「もちろん」


「何か見ましたか?」


「照明が落ちた瞬間は、カメラも暗くなったから何とも言えないわね」


「なるほど」


 タキガスキはメモを取る。


「……ところで」


 アイーラが口を挟む。


「何です?」


「牛丼、あとで食べていい?」


「……好きにしてください」


「大盛りで」


「はいはい」


 次に番場が口を開いた。


「俺はカウンターです」


「22時45分も?」


「はい。お客さんの対応をしていました」


「誰か証言できますか?」


「何人かいると思います」


「虎瀬さんは?」


「……1239番に座っていたのは見ました」


「本人の顔は?」


「そこまでは……」


 タキガスキは何も言わず、メモを取った。


「番場さんの好きな機種は、押忍!番長でしたよね」


「はい」


「今は?」


「店長なんで、自分の店では打てませんよ」


「ああ、そうでした」


 番場は苦笑した。


 次は桐ヶ谷トウマ。


「設備室です」


「防水シャッターの確認?」


「はい」


「22時45分の照明消灯については?」


「防水シャッターの制御によるものです」


「原因は?」


「設備同士の相性が悪い」


「詳しいですね」


「設備担当なら普通です」


「好きな機種はソードアート・オンライン2でしたね」


「……はい」


「好きな理由は?」


 桐ヶ谷は少しだけ間を置いて答えた。


「……絶剣が引きたい」


「……」


「……絶剣したい」


 湊が小さく笑った。


「分かりやすいですね」


「……」


 続いて暁美ミツル。


「私は自分の台です」


「22時45分も?」


「ずっと」


 タキガスキは遊技履歴を見る。


 確かに、22時45分付近まで遊技の記録が残っている。


「好きな機種はマギアレコードでしたね」


「はい」


「好きな理由は?」


「マミさんに会いたいから」


「なるほど」


 タキガスキは台の履歴をもう一度確認した。


「……」


「何か?」


「いえ。今は何も」


 月山ゲンドウは、ホールの端にいた。


「俺はあっちだ」


「一人?」


「ああ」


「22時45分、1239番は見えました?」


「見えた」


「虎瀬さんも?」


「……いつもの男がいた」


「顔は?」


「見てない」


「では、なぜ虎瀬さんだと?」


 月山は少し黙った。


「……あそこに座るのは、あいつくらいだからな」


 タキガスキはメモを取った。


 そして、湊リツ。


「私はホールにいました!」


「今日が初来店でしたよね?」


「はい!」


「では、虎瀬さん本人は知りませんか?」


「知りません」


「それなのに、あの死体を虎瀬さんだと思った?」


「1239番だったからです」


「1239番?」


「SNSで有名じゃないですか」


 湊はスマートフォンを取り出す。


「アイラソソドの1239番って、ToLOVEる専業の人がいつも打ってるって」


「なるほど」


「だから、多分その人かなって」


 タキガスキは頷く。


「本人の顔は知らない」


「はい」


「でも、1239番に座っているから虎瀬だと思った」


「そうです!」


「……分かりました」


「ちなみに、好きな機種はバンドリ?」


「そうです!」


「楽しかった?」


 湊の顔がぱっと明るくなった。


「完奏してめっちゃ楽しかった!」


「それは良かったですね」


「めっちゃ楽しかったです!」


 次に戦国シズク。


「私は東側を巡回していました」


「22時45分も?」


「はい」


「1239番の近くは?」


「通りました」


「そのとき、死体を?」


「はい」


「顔は確認しました?」


「暗かったので、はっきりとは」


「でも虎瀬さんだと思った?」


「いつも1239番にいる方ですから」


 まただった。


 誰も顔を見ていない。


 それなのに。


 全員が虎瀬だと思っている。


「好きな機種は戦国乙女5でしたね」


「はい」


「好きな理由は?」


 シズクは少しだけ笑った。


「ノッブが素敵だから」


「なるほど」


 タキガスキは彼女を見た。


 質問に対する答えが早い。


 迷いがない。


 それだけなら、仕事のできるスタッフというだけだ。


 しかし。


 なぜか妙に引っかかった。


 最後は炎堂クランド。


「俺は設備室です」


「防水シャッターの確認?」


「そうです」


「異常は?」


「ありません」


「この一時間ごとの照明消灯については?」


「防水シャッターが作動している間だけです」


「つまり?」


「シャッターが解除されれば、通常に戻ります」


 炎堂は少し考えてから続けた。


「ただ、この設備、かなり古いんですよ」


「古い?」


「はい」


「今の設備と違う?」


「昔の設備は、後からいろいろ追加されてるんです」


「防水設備、照明、空調……」


「それぞれ別の時期に改修されてます」


「だから?」


「設備同士の連携が綺麗じゃない」


 炎堂はそう言った。


「普通なら起きないようなことが起きる」


 タキガスキは、その言葉を覚えておくことにした。



 全員の話を聞き終えた。


 タキガスキは、もう一度1239番へ戻る。


 死体。


 ToLOVEる。


 そして――


 虎瀬ルイの名前が入った古い会員カード。


「……」


 カードには、虎瀬ルイと書かれている。


 台は1239番。


 それだけで、誰もがこの死体を虎瀬だと思った。


 だが。


 タキガスキは、全員の証言を思い返していた。


 誰も。


 本人の顔を確認していない。


「……妙だな」


 アイーラが振り返る。


「何が?」


「みんな、虎瀬さんだと言いました」


「実際そうなんじゃない?」


「かもしれません」


 タキガスキは死体を見る。


「でも、誰一人として本人を確認していない」


「……」


「1239番にいる」


「虎瀬さんのカードがある」


「だから虎瀬さんだと思った」


 アイーラが少し考える。


「……それって、普通じゃない?」


「普通です」


 タキガスキは頷いた。


「だからこそ、怖いんです」


「……」


「誰も、疑わなかった」


 アイーラはしばらく黙った。


 そして、


「……牛丼も?」


「はい?」


「誰も疑わずに牛丼を食べるみたいに?」


「例えが独特ですね」


「だって牛丼は美味しいじゃない」


「……そうですね」


 タキガスキは苦笑した。


 そのとき――


 カチッ。


 照明が落ちた。



「!」


 全員が息を呑む。


 店内が暗闇に包まれた。


 時計は――


 23時45分。


 最初の事件から、ちょうど一時間。


 防水シャッターが作動している限り。


 この暗闇は、一時間ごとにやってくる。


「動かないで!」


 シズクの声が響いた。


 一分間。


 誰も動かない。


 ……はずだった。


 ――カタン。


 店の奥から、何かが落ちる音がした。


「今の音……」


 湊が呟く。


 照明が戻る。


 シズクが音のした方向を見る。


「東側です」


 タキガスキもそちらを見る。


 そこには、古びた扉があった。


「……あれは?」


 番場が答える。


「お仕置き部屋です」


「お仕置き部屋?」


「昔使っていた部屋です。今は使ってません」


「鍵は?」


「施錠しているはずです」


 番場が扉に近づく。


 そして――


 足を止めた。


「……開いてる」


 誰も言葉を発しなかった。


 タキガスキが扉に手をかける。


 ゆっくりと開く。



 お仕置き部屋。


 暗い部屋。


 何もない。


 そう思った。


 だが。


「……誰かいる!」


 シズクが叫んだ。


 部屋の奥。


 一人の男が倒れている。


「人!?」


 番場が駆け寄る。


 タキガスキも続く。


 顔を確認した瞬間――


 全員が凍りついた。


 そこに倒れていたのは。


 虎瀬ルイだった。


「虎瀬さん!?」


 番場が声を上げる。


「生きてる!」


 シズクが確認する。


「呼吸があります!」


 どうやら気を失っているだけらしい。


 大きな外傷はない。


「じゃあ……」


 湊が震えた声を出す。


 全員が、1239番を見る。


 そこには。


 虎瀬ルイではない男の死体。


 そして。


 今、目の前には――


 本物の虎瀬ルイ。


「……じゃあ、あの死体は誰?」


 誰も答えられなかった。



 タキガスキは天井を見上げた。


 古い業務用エアコン。


 その配管から、一滴。


 水が落ちる。


 タキガスキは手のひらで受けた。


「……」


 指先ですくい。


 舐める。


 視界が歪んだ。


 暗い廊下。


 誰かが走っている。


 何かを引きずっている。


 そして――


 虎瀬ルイ。


 誰かが、虎瀬を抱えている。


 顔は見えない。


 映像が揺れる。


 1239番。


 古い会員カード。


 そして――


 別の誰かの死体。


「……!」


 タキガスキは目を開いた。


「どうした?」


 番場が聞く。


「誰かが虎瀬さんを運んだ」


「誰が?」


「分からない」


 タキガスキは首を振る。


「でも、一つ分かった」


 全員がタキガスキを見る。


「この事件」


 1239番を見る。


「最初から、虎瀬さんを殺すための事件じゃなかった」


「じゃあ……」


 アイーラが聞く。


「犯人は何をしたかったの?」


 タキガスキは答えなかった。


 ただ、1239番に残されたカードを見る。


「犯人は――」


 静かに呟く。


「誰かが虎瀬だと思い込むように、仕掛けたんだ」


 雨音だけが、店内に響いていた。


 アイーラが小さく呟く。


「……牛丼食べる気分じゃなくなってきた」


 番場が振り返る。


「そこは食欲なくなるんですね」


「でも大盛りなら食べられるかも」


「あるんですか、その食欲……」


 タキガスキは二人の会話を聞きながら、時計を見る。


 23時52分。


 次の消灯まで、あと53分。


 この照明消灯は、一時間ごとに繰り返される。


 もし犯人が、この仕組みを知っているのなら。


 次の暗闇でも――


 何かが起こる。


 そんな予感がした。


 そして。


 地下設備室の奥で。


 誰かが、静かに息を潜めていた。


 ――第2話 終


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