第1話「22時45分、ピンクの悪魔の店」
アキバには、数多くの伝説がある。
幻のメイド。
地下に眠る謎の施設。
一度見たら忘れられない奇妙な店。
そして――
夜のアキバに存在する、とあるホール。
その名は。
**アイラソソド。**
表向きは、ただの大型アミューズメントホール。
しかし、常連客たちは別の名前で呼んでいた。
――ピンクの悪魔が支配するホール。
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「アイーラ様、本日の売上報告です。」
スタッフが資料を差し出す。
その目の前に座る小柄な少女。
ピンク色の髪。
頭から伸びる長いウサギのような耳。
そして、小さな悪魔の角。
見た目だけなら、可愛らしい少女だった。
しかし。
このホールで働く者たちは知っている。
彼女を怒らせるものが二つある。
一つ。
売上が下がること。
もう一つ。
牛丼が冷めること。
「ふーん。」
アイーラは資料を眺めながら、手元の器に箸を伸ばす。
そこには、大盛りの牛丼。
いや。
正確には。
特盛りだった。
「アイーラ様……また特盛りですか?」
スタッフが呆れた声を出す。
「え?」
アイーラは首を傾げた。
「普通だけど?」
「普通ではありません。」
「牛丼は大きいほど幸せになるんだよ。」
そう言って、アイーラは満足そうに一口食べる。
そして、次の瞬間。
「で?」
「はい?」
「利益。」
スタッフは苦笑した。
やはり、この悪魔は変わっている。
食べ物への執着も。
お金への執着も。
人間以上だった。
「本日は黒字です。」
「よし。」
アイーラは満足そうに頷いた。
「じゃあ問題なし。」
「……殺人事件でも起きない限りは、ですか?」
冗談半分。
スタッフがそう言った瞬間。
アイーラはニヤリと笑った。
「不吉なこと言うね。」
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この店には、奇妙な噂があった。
毎晩。
閉店間際。
22時45分になると。
何かが起きる。
誰かが言った。
「その時間、店に残るな。」
理由は誰も知らない。
ただ。
過去に何度も。
その時間に。
異変が起きていた。
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その日も雨だった。
それも、ただの雨ではない。
数十年に一度と言われる豪雨。
アキバ地下街には、緊急避難警報が鳴り響いていた。
『地下施設への浸水警戒レベル上昇』
『防水封鎖システムを起動します』
ホール内にも警告音が響く。
「え、嘘……」
スタッフが天井を見る。
アイラソソドには、近年の水害対策として特殊な設備が導入されていた。
浸水時。
自動で店舗を密閉する防水シャッター。
一度閉じれば、外部から解除されるまで開くことはない。
「アイーラ様、封鎖が始まります!」
「知ってる。」
アイーラは窓の外を見る。
流れる大量の雨水。
暗く沈むアキバの街。
そして。
静まり返ったホール。
「今日は面白くなりそう。」
「面白くないです!」
スタッフの叫びは、巨大な金属音に消えた。
ガコン。
ガコン。
ガコン。
出入口。
非常階段。
搬入口。
全てが閉じていく。
アイラソソドは。
完全な密室になった。
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その時。
店内時計が表示する。
22:45。
瞬間。
照明が一度だけ消えた。
同時に。
天井から響いていた業務用エアコンの音が止まる。
ゴォォォ……
いつも聞こえていた低い音が消える。
静寂。
誰もが、不安を感じた。
そして。
「……え?」
一人の客が呟いた。
視線の先。
スマスロ島の奥。
一人の男が倒れていた。
「きゃあああああ!!」
悲鳴。
騒然となるホール。
誰かが警察へ連絡しようとする。
しかし。
繋がらない。
防水シャッター。
完全封鎖。
外へ出られない。
中へ入れない。
残された人間は――
全員。
容疑者だった。
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「面白いことになってるね。」
その声に、全員が振り返る。
そこにいたのは、一人の青年だった。
いつからいたのか。
誰も気付かなかった。
青年はゆっくりと天井を見る。
業務用エアコン。
そこから落ちる、一滴の水。
「……タキの気配を感じる。」
「何言ってるんだ?」
誰かが呟く。
青年は気にしない。
指先で水滴を受け止める。
そして――
ぺろり。
数秒。
彼の表情が変わった。
「見えた。」
「何が?」
青年は静かに答える。
「このホールに残された記憶。」
彼の名は。
タキガスキ。
業務用エアコンの雫から、過去を読む探偵。
そして今。
アキバホール史上初の――
連続殺人事件が始まった。
――第1話 終




