教え
――暖かく天気も良い、畑日和のとても気持ちがいい朝だ。
この体の痛みさえなければ…
昨日慣れない畑仕事をしたからだろうか、全身の筋肉が悲鳴をあげている。
「うぅ」
そんな声にもならない声をあげて何とか部屋を出ると。
「こんにちはー」
と玄関の方から、何人か子供も混ざった声が聞こえる。
朝だと思っていたが時計を見ると、既に10時を過ぎていた。
何とか歩いて玄関まで行き扉を開けると、彼女とまだ会ったことのない幼稚園から小学生くらいの子3人が来ていた。
「こんにちは。遅くなってすいません、全身筋肉痛になってしまっていて。」
「あらら、昨日慣れない畑仕事を一日中してましたからね、最初は皆そんなもんですよ。」
「ところでその子達は?」
私がそう聞くと彼女は、足元にくっついて隠れていた3人を前に出して。
「私の妹達なんですが、今日ここに来る話をしたら着いてくると言って聞かなくて。ご迷惑はかけさせないので良ければこの子達も居させてやってください。ほら、あなた達もあいさつしなさい」
彼女がそう言うと3人は恥ずかしそうにしながら
「こんにちは、はじめまして」
と挨拶をしてくれた。やはり子供はいい、とても可愛い、癒される。
「来てもらって申し訳ないのですが、この通り今日は動けそうになくて…」
「たしかに。苗は早めに植えた方がいいでしょうし、どうしましょうか…」
そう話し終えると、彼女は少しの間悩んでいたが、何かを思いついたように話し始めた
「でしたら、私が畑を作るのでその間代わりと言ってはなんですが、この子達の面倒を見てやってくれませんか?」
「それは大丈夫、むしろありがたいですが、私は今遊び相手にもなれなさそうですけど。」
「たしかここに来る前は教師をしてらっしゃったんですよね?」
「一応そうですね。クビになってしまいましたけどね」
「良ければこの子達に勉強を教えてあげてくれませんか?簡単なもので大丈夫なので。」
彼女がそう言った時、3人とも一瞬嫌そうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
私が着替えている間に、彼女は畑の方向にある縁側の扉を開け、更に畑作業の準備を済ませ、始めてくれていた。
せっかくなので縁側で教えようかなと思う。
「よし、そしたらこの中からやってみたいのを選んでくれるかな?」
私は縁側に、小学一年生用のドリル等を並べていた。
これはクビになる前に教える時に持っていたものや、引っ越す時に使えるかもしれないと思い買っておいた物たちだ。
意外にも3人が選んだのはひらがな練習用の、一つのドリルだった。幸いこれは五冊ほどあるので一人一つあげられそうだ。
――まずはひらがなの書き方の練習でちょうどいいかと思ったんだが、三人とも鉛筆の持ち方を知らない様子だった。
ならばと思い、持ち方を教えているのだが、どうやら箸もまだ使った事がないらしく、難航していた。
昼時、縁側で彼女が作ってきてくれていたおにぎりを皆で食べながら、私は彼女に相談をしていた。
「ごめんなさいね。この子達こんな山の中だから幼稚園とかも行ってなくて、小さい頃にスプーンやフォークから箸に変えるタイミングも逃しちゃって」
との事だった。
私は仮にも教師だったので、教えるのは上手い方だと思っていたのだが。
今までもきっと、私一人の教え方が上手かった訳ではないのだろう。
今になって周りの理解力や常識だと思っていた事に支えられていたと気付くとは、情けない話だ。
しかし、今更ではあるが大切な学びだ。忘れないようにしよう。
その後も色々試行錯誤しながら教え、鉛筆を持つところまでは何とか行けたのだが、まだ書けないというところでタイムリミットが来てしまった。
流石に日が沈んでから小さい子を連れて帰る訳には行かないということで、日が沈むより前に余裕を持って帰って行った。
だが、畑はもうトマトが植えられ、支柱まで用意されていた。彼女は、というか田舎の人は凄いな。
その夜、私は久しぶりに次の日の授業の準備をしていた。授業と言っても人数は前よりかなり少ないが…
それでも彼女とあの子達がわざわざ私の家にまで来てくれているのだ。ならば私は精一杯を尽くさねば。
それはそれとしてやはり教えるというのは難しいなと改めて実感した。鉛筆の持ち方は私が教えてきた子達は最初から出来ていた、出来るものだと思っていたから教えようとしたことも無ければ、私が教えるものだとも思っていなかった。
ふふ、やはり教師は私にとっては天職だったのだな。
移住してきてから楽しい事はあれど、ここまで楽しい、嬉しいと思った事は無かった。
さて、明日もっとしっかり教えるためにも今日は早く休まないとな。




