伏見奉行
政宇は伏見奉行、御所の造営奉行、寺社奉行を歴任した。伏見奉行は遠国奉行の一つで、伏見の町方と周辺の村の地方支配を管轄した。伏見は大阪と京都の間の交通の要所である。そのため、伏見奉行は遠国奉行の中では異例の大名も就任する役職である。初代は小堀遠州である。
「殿、この度は奉行ご就任おめでとうございます」
家臣の光輝が頭を下げて言う。
「うむ」
「ところで、一つお願いがあるのですが……」
「何だ?」
「私の弟達のうち何人かをお側に置いていただけないでしょうか」
「ふむ、理由を聞いてもいいかな?」
「はい。実は弟達は皆、学問が好きでして……。特に算術が得意な者が多いんです。殿様にお仕えすればきっと役に立つと思います」
「ほう、算術ができるのか」
「はい。弟達が殿様のお役に立てるなら、これほど嬉しいことはありません」
「分かった。では、お前の弟達に会わせてくれないか」
こうして、光輝の弟の一人が政宇に仕えることになった。
「初めまして、松吉と申します。よろしくお願いします」
松吉と名乗った少年は礼儀正しく挨拶をした。
「ああ、こちらこそ頼むよ」
政宇は笑顔で応じた。
「それで、早速なのですが……」
松吉は持参してきた紙を広げた。そこには数字や記号が書かれている。
「これは何かね?」
「はい。これから毎日、計算の練習をするんですよね? まずはこれを暗記することから始めようと思いまして」
「ほぉ、なかなか勉強熱心なんだねぇ」
「いえ、そんなことないですよ」
松吉は謙遜したが、政宇はその態度を好ましく思った。
(真面目そうな子じゃないか)
政宇は松吉を見てそう感じた。
それからしばらくの間、政宇は松吉と一緒に過ごした。最初は緊張気味だった松吉だったが、次第に打ち解けてきた。
政宇が目を覚ますと、そこは見慣れた部屋であった。
(夢だったのか……)
政宇が安堵する中、松吉が話しかけてくる。
「殿、いかがなされたのです?」
「ああ、実はだね……」
政宇は松吉に夢の話をした。
「なるほど、そういうことでございましたか」
「ああ、それでお前の意見を聞きたい」
「はい、まずは殿のお言葉を信じてみましょう」
「ふむ」
「殿、いかがなされました?」
「いや、何でもない」
「左様ですか」
「それよりも、今日は何日かね?」
「六月二十一日でございます」
「そうか……」
政宇は少し考え込んだ。
「殿、どうされました?」
「いや、ちょっとな……。ところで、お前は私の後を継ぐ者は誰になると思うかな?」
「さあ、私にも分かりません」
「まぁ、お前でも分からぬだろうな」
「殿、お気をしっかりお持ちください」
政宇は自分が死んだ後のことを考えるようになった。
(私がいなくなった後……)
政宇には不安があった。それは自分の後継者のことである。政宇は自分以外に優れた人物はいないと思っていた。だから、もし自分に万一のことがあれば、林田藩の行く末を案ずる者がいないのではないかと危惧した。
(誰かいないだろうか?)
そこで政宇は家臣達の中で優秀な者を選抜し、その者に藩政を任せることにした。だが、ここで問題が起きた。家老達が猛反発したのである。
「殿! そのようなことをされては困ります!」
重臣の一人である高久利右衛門が叫んだ。彼は先代の頃からの重臣である。
「何故だ?」
「それは……」
「はっきり言え」
「どうか、ご再考くださいませ」
「では聞くが……もしも私が死んでも、お前達は林田藩を守ってくれるつもりはあるか?」
「もちろんでございますとも」
「本当に本当か? 嘘ではないのか?」
「はい」
「ふむ、それなら安心だ。では、そろそろ寝るとしよう」




