林田の町
政長は林田を陣屋町として整備し、商人を誘致した。商品経済が進展すると林田は商店が立ち並んだ。米や麦などの穀物の他、塩・紙・布地などを扱う店があった。それらの商品は、畿内を中心にして各地に運ばれていった。
「おやじさん、このあたりで醤油を売っているところはないかね」
「へい、こちらへどうぞ」
林田には棒手振も増えた。棒手振は担ぎ売りの商人である。店を構えるのではなく、家の近くまで販売に来る。「おい、お前さん、ちょっと来ておくれよ」と呼ばれて来ることもあった。良いものを安く素早く販売する消費者の味方である。
棒手振の売り上げは雨の日がよかった。買い物に出掛けるのが億劫な消費者が買うためである。雨の日は値段が高くても、時間を買う感覚で売れた。ダイナミックプライシングである。江戸時代は産業革命こそ起きていないものの、商品経済は浸透していた。これが近代に資本主義が発達できた要因である。
林田は因幡街道の宿場町としても栄えた。宿場町の中核施設に問屋場がある。問屋場は人馬の継立の業務を行った。大名行列の出迎えも行った。問屋場には問屋役をはじめ、その助役の年寄、事務担当の帳付、その他、馬指や人馬指が詰めていた。帳付は人足や馬の手配など宿場の運営上必要な事柄を帳簿に書き記す役職である。
問屋場では幕府御用の書状や品物を次の宿場に届ける飛脚業務も行われた。これは継飛脚と言われる。
「では早速ですが、こちらの書状に目を通していただけませんか?こちらにございます」
「なるほど。確かに受け取りました。それでは私はこれにて失礼させていただきます」
「えぇ!?そんなぁ!!もう少しゆっくりしていかれてはいかがですかな?」
「申し訳ありません。これから用事がございますゆえ」
「むぅ~。仕方ないですな。またいつでもいらしてください。歓迎致しますぞ」
「ありがとうございます。その時は是非ともよろしくお願い致します」
「もちろんですとも!!」
その足で呉服屋に出かけた。
「いらっしゃいまし」
手代が恭しく出迎えた。
「今日は贈り物を探しに来たのだがね」
その言葉を聞くなり、手代の顔色が変わった。
「失礼ながらお客様、昨日はどちらへ行かれましたかな?」
「どこって、今、林田に着いたところさ」
「実はですね……そのぉ~、昨日から今朝にかけて、火事がありましてねぇ……それで町中、火だらけになっておりまして……」
「なんと!?」
「それじゃあ、陣屋には行けないというのか」
「はいぃ……。まことに申し訳ありませんが、当店としましても商売になりませぬ故、どうかご容赦をお願い致しますぅ……」
「そっそんな馬鹿なことがあってたまるか!!」
「某は一刻も早く御家老にお目通りせねばならぬ身なのだぞ!! それを火事だと!? ふざけるなッ!!! 某を誰だと思っているんだァアアッ!!!」
怒鳴り散らすと、店を飛び出した。
「ひいいいっ!!」
残された手代は震え上がった。
林田には他国の商人達も訪れるようになっていた。
「おお、久方ぶりじゃな」
「お久しぶりにございます」
旅商人が顔を見せると、帳場に座っていた主人らしき男が声をかけてきた。
「今日は何用かな?」
「実は……」
旅商人は、自分が今置かれている状況を説明した。
「ほう、それは面白い話だな。それで、そっちの方はどうなのだ? 上手くいきそうなのか?」
「まだ何とも言えませぬが、何とかなるのではないかと思っております」
「ならば良いではないか。それにしても、お前さんほどの男が何を心配しておられるのかと思うていたが、そういうことか」
男は笑いながら言った。
「まあ、わしらも協力できる限りのことをしようぞ」
「ありがとうございます」
旅商人は頭を下げた。
林田には南蛮渡来の品々もやってきた。
「こちらが先日手に入れた南蛮渡来の品物です」
「ほう、これが南蛮渡来のものなのか」
「それじゃあ早速見せてみろ」
「はい」
商人は南蛮渡来の品物を並べた。
「ほぉ~、なかなかいいものじゃないか」
並べられた品々を見て感心したような声を出した。
「それで、これらを売る気はあるのか?」
「いえ、これらはどれも貴重なものですからね。売るのはもったいないと思います」
「そうだな。これだけのものが手に入ったのだ。大切にしておいたほうがよいだろう」
商人はこれらの品物が売らされなかったことにほっとした様子を見せた。
商人の中には業界団体を作って談合する動きがある。
「最近はみんな同じ価格にするようになりましたからね」
「それはどういうことだ?」
「つまりですね。みんなで集まって勉強会をして、教え合うんですよ。そしてその勉強会の後に商売をするんです」
「なるほど……それでうまくいくのか?」
「ええ、今のところはうまくいっていますよ。まあ、これからどうなるかわかりませんけどね」
「よし、今日は大いに飲んで食って騒ごうじゃないか!」
「おおっ!!」
夜遅くまで宴会が続いた。しかし、このような談合体質に反発する商人が出ることが健在な市場原理である。
「俺達は、そんなものになるつもりはねえ」
「そうだ!俺たちは独立したんだ」
「独立独歩の精神を忘れるんじゃないぜ」
「おうともさ」
林田は自由な精神を持った商人を歓迎した。




