秀次謀反の噂の真相
秀次切腹後に寿徳は秀吉に言上した。
「太閤殿下の御命令により、関白殿下は切腹となりました。また、関白殿下に仕えていた家臣達も多くが所領を失い浪人となりました」
「…………」
秀吉は黙って聞いていた。
「ところで、お聞きしたいことがございます」
「何じゃ?」
「殿下はこの度の件についてどう思われますでしょうか?某の考えを申し上げさせていただきたいと思います」
「言ってみよ」
「まず第一に、殿下のお考えをお聞かせくださいませぬか?」
「余は何も思わんぞ」
「……左様ですか」
しばらく沈黙が続いた後、寿徳が再び口を開いた。
「殿下、恐れながら申し上げたき儀がございまして御座います」
「申せ」
「此度、殿下が関白殿下の仕置を命じられましたことにつきまして、私は甚だ不愉快でありますれば、今後一切の取次ぎを遠慮願いたく存じ奉り候」
寿徳の言葉を聞いた瞬間、秀吉の顔色がさっと変わった。
(こいつ!)
寿徳の顔を見つめる目が険しくなる。
「無礼であろう!」
「これは失敬いたしました」
寿徳は平然としている。
「貴殿は何者なのだ!?」
「ただの一介の武士に過ぎません」
「ふざけたことを抜かすでないわ!!」
秀吉は声を荒げた。
「殿下、どうか落ち着いてくだされませ」
「これが落ち着けるか」
「ここは人目に付きまする。場所を変えましょう」
「うむ」
二人は部屋を出て行った。二人のやり取りを見ていた者たちは呆気に取られていた。特に石田三成は驚きのあまり目を「ぱちくり」させていた。二人が向かった先は茶室であった。
「ここであれば誰も来ないでしょう」
「ふんっ」
秀吉はそっぽを向いている。
「殿下、先ほどの話に戻りますがよろしいでしょうか?」
「好きにせよ」
「ぷいっ」といった感じで顔を背ける。
「畏まりました。それでは某の意見を述べさせていただきます」
「早くせよ」
「はい。某が思うに、今回の一件については殿下の裁断に誤りがあったと思われます」
「何じゃと!」
「そもそも、殿下は何故に関白殿下を切腹せさせたのでしょうか?」
「そんなことは決まっておろう! 関白が謀反を企てたからじゃ」
「確かにその通りなのですが、本当にそれだけなのでしょうか?」
「どういう意味じゃ?」
「殿下は関白殿下に疑いを持たれたのではありませぬか?」
「馬鹿なことを言うな」
「では、どうして謀反の噂が関白殿下のおられる聚楽第ではなく、殿下のおられる伏見から広がったのでしょうか?」
「それは……」
「もしやとは思いますが、殿下は関白殿下が謀反を起こすかもしれないと話されませんでしたか」
「な、何をバカなことを言い出すのじゃ!」
「例えば、『関白殿下が余の首を狙っておる』とか何とか言われたのではありませんか?それを周りの者が聞いて謀反の噂が広がったと思うのですが如何にございますか」
「そのようなことがあるわけなかろう!」
「しかし、事実として謀反の噂は伏見から広がっておりまする」
秀次処罰の発端は秀次が謀反を起こすとの噂であるが、噂の出どころは秀吉であった。猜疑心にとりつかれた秀吉の独白を側の者が聞き、それが噂として広まった。
「ぐぬぬ………… 黙れ! それ以上言うならば斬ってくれるぞ!」
秀吉が刀に手をかける。
「お待ちくださいませ」
寿徳は冷静だ。
「何だと?」
「今ここで某を斬り捨てたところで何も解決は致しません。むしろ、殿下の御立場を悪くするだけでしょう」
「くどい!」
秀吉は刀を抜き放った。
「どうあっても邪魔をする気か?」
「滅相もない。某はただ真実を知りたいだけにござりますれば」
「貴様のような奴がいるから天下が乱れるのだ」
「そうかもしれませんね」
寿徳は全く動じていない。
「……もうよい! 下がれ」
「はい。失礼いたします」
寿徳は静かに退出した。




