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林田藩  作者: 林田力
建部寿徳
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成田長親は忍城を守り抜きたい

小田原城の降伏まで抗戦を続けた城が武蔵国の忍城である。忍城は関東七名城の一つである。石田三成を大将とする大軍が攻め寄せたが、城代の成田長親が守り抜いた。忍城は戦わずに開城する方針であったが、豊臣側の横柄な態度に対して長親は徹底抗戦を決意する。彼の決断は、日本社会で「長いものには巻かれろ」という考え方が支配的であった中で、爽やかな異例の行動であった。彼は自らの信念に従い、城を死守する決意を固めた。


長束正家は腹立たしい存在である。現代日本の高慢な小役人と同じである。現代日本の高慢な小役人は往々にして納期意識に欠けた無能公務員でもあり、それ故に民間感覚による行政改革が期待される。これに対して正家は土手作りでは有能であり、後の五奉行として重用される要素はある。


豊臣政権における加藤清正や福島正則と石田三成の対立は有名であるが、武人ならば、むしろ長束正家のような性格の方が許せないと感じるのではないか。武人の世界において、勇気や忠誠心、名誉などは高く評価されるが、高慢や傲慢な態度は嫌われる。武人は名誉や忠義を重んじ、それに反する態度に反感を抱くことが多い。


正家のような高慢な性格を持つ者は、武人の間で許され難い存在とされそうである。田中芳樹『銀河英雄伝説』でミッターマイヤーがオーベルシュタインは兎も角、卑称な小役人タイプのラングだけは除かなければならないと感じたように。それとも石高の少ない長束正家は大名にとって脅威ではなかったのか。


石田三成は微妙である。戦下手で他人を陥れることが大好きな卑怯な人間という江戸時代に流布した悪役像とは異なる。それでも、三成を好きにはなれない。自分の理想を実現することしか考えず、他者を尊重しない。自分の哲学のために、わざと相手を怒らせ、戦争に持ち込む。本人は私心や悪意での行動ではないと思っているために始末に終えない。現場で苦労を重ねてきた加藤清正や福島正則からは憎まれるだろう。


水攻めに固執したことが忍城攻めの失敗要因である。忍城は浮き城と呼ばれ、水害に強い城であった。これについては、

第一に三成が頭でっかちの戦術を押し付けて失敗したとする説である。三成の戦下手を示すことになる。

第二に水攻めは秀吉の命令であったとする。三成は忍城が水攻めに不向きであることを把握し、意見を出していたが、秀吉が水攻めに固執した。


忍城を陥落できなかったという事実は三成の戦下手を示すエピソードとして流布されることになる。三成が無能だったわけではなく、それを上回る強さが忍城側にあった。しかし、しなくてもいい戦争に持ち込んだ三成にとって忍城攻めが三成の戦下手を示すエピソードとして解釈されることは因果応報である。水攻めは内側からの離反で失敗する。これも味方の裏切りで崩壊した関ヶ原と重なって興味深い。


三成の最大の失策は、卑怯にも踊っている武将を遠距離から狙撃したことである。古来より卑怯者が評価されることはない。これは豊臣秀吉が来ると聞いて焦ったことが原因である。日本の公務員組織に見られがちであるが、組織の論理が優先すると失敗する。


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