大久保彦左衛門は点数稼ぎを嫌う
家康は小牧長久手の合戦後も秀吉との再戦を覚悟していた。家康の戦略は縦深防御である。本拠地を上方から離れた駿府に移し、秀吉の軍勢を三河、遠江と侵攻させて疲弊させる。この戦略では岡崎城を守る石川数正が真っ先に秀吉の大軍とぶつかることになる。「岡崎城の石川数正は秀吉軍を停滞させるのが役目で、落城とともにかれは死ぬ」(宮城谷昌光『新三河物語 下』新潮社、2008年、133頁)。
ところが、数正は出奔して秀吉の臣下になる。人質時代から家康に仕え、重臣中の重臣であった数正の出奔の動機は謎に包まれている。徳川家中の徹底抗戦論を潰すために家康との阿吽の呼吸で動いたとする説があるほどである。しかし、単純に捨て石として切り捨てられることに反発した可能性がある。
数正の出奔は徳川家中を大きく動揺させた。信濃に遠征している徳川家臣は故郷の岡崎の様子が気になり、一刻も早く本国に戻りたい。とはいえ、信濃を放棄する訳にはいかず、誰かに留守を頼みたい。信濃を守ることは上杉景勝や真田昌幸の攻撃に孤立無援で耐えなければならず、貧乏くじを引くことになる。
「信濃に留まった者には知行をとらせる」
大久保忠世は恩賞をちらつかせて、引き受け手を見つけようとした。しかし、引き受け手は出なかった。忠世は弟の彦左衛門に頼むが、彦左衛門は拒否した。
「知行をもらったとしても、閻魔大王にあげることになるだけだ」
彦左衛門は無能公務員的な点数稼ぎ体質を嫌った。忠世も彦左衛門の気持ちを理解した。
「お主の申すところは、もっともだ。知行のことは詫びるため、堪忍してくれ。それならば命を捨てて、ここにとどまってくれまいか」
「そうであれば、心得申した。知行にたずさわるのではあれば、なかなか覚悟におよばなかったが、命を捨てよ、と仰せであるのに、いやと申せません」
このやり取りは味がある。これは現代のビジネスにも該当する。貧乏くじを引かせるならば相手を使い潰すだけの覚悟を持って進めるものである。人は役割に基づいて仕事をしている。役割に反する仕事を押し付けられたならば反発する。組織が人にやらせたいことがあるならば、きちんと役割を定義することが筋である。
きちんと役割を定義することができない。しかし、誰かにやってもらいたい。それなのに使い潰すだけの覚悟もないという保身第一の役人体質の卑怯な人間は能力のありそうな人に押し付けて、これまでのスキルと能力を活用して頑張れと要求する。これは最低である。それを適材適所と良いことであるように考えるならば、役割を理解していない。ロールベースならば適材適所ではなく、適所適材である。
点数稼ぎのヒラメ役人体質ならば押し付けられて喜ぶかもしれないが、役割を考える人間ならば、役割に反することを押し付けられて、その仕事が評価されても「馬鹿にするな」と言いたくなる。役割に反する仕事を押し付けなければならないならば、「できなくて当然」くらい言うものである。「担当外の仕事も果たした」と評価するならば、まるで本来の担当の仕事ができないから担当外の仕事をしているように聞こえられる。それは担当者を貶めるマイナス評価になる。




