阿片密売の脅威
外国が阿片を持ち込み、日本人を阿片中毒にするのではないかという脅威は幕末の政治課題になる。忠順は阿片貿易により、清国の経済力・軍事力が低下していると考えた。
「阿片によって、清国は列強諸国に対して完全に無力になった」
「英国の阿片輸出は、清国に対する内政干渉だ」
「清国政府は阿片を禁輸したが、売人には通じなかった」
「阿片を密輸する者がいるから、清国は阿片に苦しめられることになったのだ」
「清国政府の対応は遅すぎた」
「阿片は依存性薬物であるが、売る方も依存性になる。英国は清国に阿片を売って、莫大な利益を得ていた。清国に阿片の持ち込みを止められた時も、それを止めることができなかった。そこで武力で侵略した」
「けしからん話です」
「英国のやり方は横暴です」
「阿片を持ちこむ異人は何をするかわからない」
「異人が阿片を持ちこんだらどうなるか? 清国の二の舞いだ」
「もし、阿片を日本にもちこまれたら、日本はおしまいですよ」
「阿片の密売者が阿片を自由に売りさばくようになれば、破滅してしまう」
「阿片は麻薬であり、アヘン窟は悪の巣窟です」
「阿片は悪魔の薬だ」
「阿片は人の心を狂わせる」
幕末の日本は攘夷が大きな主張になる。当時の日本では、外国人を毛嫌いする傾向が強かった。二一世紀の感覚では攘夷は馬鹿げている。しかし、阿片を売りつける存在と異国を認識したならば攘夷を唱える心情は十分に理解できる。阿片を持ち込む異人を憎む気持ちはよく分かる。これは何も不思議なことでもなければ、おかしな話でもない。むしろ当たり前のことである。
ところが、その後の日本は中国人に阿片を売る側に堕してしまった。傀儡国家の満州国は阿片を財源にしていた。どれだけの人々を廃人にすれば気が済むのか。
浅田次郎『天子蒙塵』では関東軍の中にも阿片を財源とすることに抵抗する意見もあったが、結局、阿片を財源にしたと語られる。それどころか、熱河作戦も阿片の栽培地確保が目的の軍事作戦とみている。
「一部の者が、阿片の専売を目論んでおります。禁制の麻薬を国家の財源にしようなど、あってはならぬ話であります」(浅田次郎『天子蒙塵 3』講談社、2018年、96頁)
「むろん阿片はご禁制だが、医療用として政府が管理し、専売としているわけだ。そんな話、誰が信じる。この阿片まみれの満人たちを見れば、れっきとした財政収入であることは明らかだろう」(浅田次郎『天子蒙塵 4』講談社、2018年、245頁)
「それから、これはご内密のことだが……」
「なんだ?」
「若様に縁談があるとのこと」
「えっ!?」
「先方さまはかなり乗り気の様子だとか」
忠順は嘉永二年(一八四九年)に林田藩主の娘の道子と結婚した。二人は、いつも元気で、よくしゃべった。そして、何かあると、すぐ、おどけた調子で、冗談を言い合った。それが、また、おもしろかった。
「これから何回ぐらい、こんなふうにして冗談を言うと思う?」
「さあ……わかりませんけど、きっと、たくさんでしょうねえ」
道子は、そう言って笑った。




