ペリー来航
アメリカ合衆国東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーが嘉永六年(一八五三年)に浦賀に来航する。アメリカにとって日本は中国への足掛かりであった。「より確かに、より強く、より大きくチャイナを手に入れるために、アメリカにとってジャパンが重要なのであり、あくまでもチャイナが主、ジャパンは従なのである」(佐藤賢一『ペリー』角川書店、2011年、151頁)。
日本には中国と対抗するために対米従属を是とする考えがあるが、日本が自国の国益から中国と争うことを米国は望まない。
日本をヨーロッパ諸国ではなく、アメリカが開国させたことも、中国への足掛かりとの視点からすれば自然である。アメリカが中国にアクセスするためには日本は通り道にある。ヨーロッパから中国にアクセスするならば、インド洋経由であり、日本は通らない。中国中心に考えれば日本の重要性はヨーロッパとアメリカで異なる。
ヨーロッパ諸国にとって日本は相対的に軽視されていたが、それでもペリーにとってイギリスの動向は無視できないものであった。当時のアメリカはイギリスに比べれば成り上がりの新興国に過ぎなかった。それでも阿片貿易で儲けるイギリスの反倫理性を指摘することで精神的な優位性を保った。
ペリーは浦賀来航に先立ち、琉球王国を訪問する。圧倒的な軍事力を背景にしていたにも関わらず、ペリーは琉球王国の高度に洗練された文化に劣等感を覚える。まるでイギリス人から成り上がりのアメリカ人と見下されたような感覚であった。軍事力に頼らない高度な文化国家であった琉球王国の面目躍如である。琉球王国というユニークな国家が消滅してしまったことは人類レベルでは大きな損失である。
ペリー艦隊はサスケハナ号、ミシシッピ号、サラトガ号、プリマス号の四隻からなる。黒煙を吐く蒸気船が江戸の人々を驚かせたが、蒸気船はサスケハナ号とミシシッピ号である。サラトガ号とプリマス号は帆船であった。ペリーは大統領親書を高位の職にある役人が受理し、将軍に取り次ぐことを要求した。忠順は異国船に対処する詰警備役となるが、攘夷が不可能であると再認識する。
「領土の小さい英国が、なぜ、このように強大で豊かな大国になれたか?」
「英国は、貿易立国です。つまり、海外との交易を盛んにすることによって、莫大な利益を上げ、それを財源として軍備を整え、強大な海軍を組織しました」
「うむ……異国の力は侮れぬぞ」
「はい。武力では勝てません」
「武力は必要でしょうが、それに頼るのではなく、外交努力を重ねれば、必ず勝ち目はあります」
「うーん……」
「異国船は、大砲を持ってくるかも知れませんよ」
「異国の軍艦が来て、港を占領してしまうかも知れない」
「異国の軍隊が攻めてきたらどうしよう」
「そんなことになったら大変です! 異国の兵隊がたくさん来るなんて!」
「異国の力を過小評価しないことです」
「わかった」
「異国の文化や文明を学び、取り入れることが必要でございます」
「そうじゃな」
「我が国は、鎖国の殻を破り、積極的に開国すべきでございましょう」
「それはわかっておるが……」
「幕府には、その力がないのでしょうね」
「うむ。そうなんじゃろうな」
「外国には、日本を植民地化する意図はないと思います」
「うむ。そうだといいのだが」
「ただ、もし、日本を植民地化する意志があれば、とっくにやっているはずでございます」
「うむ。確かに、そういうものかもしれん」
「日本は、西洋諸国に比べれば、はるかに進んだ産品も持っています」
「うむ」
「それに、日本の優れた文化を海外に伝えるべきでございます」
「うむ。そうだな」
「まず、我が国の優れたものを、どんどん輸出して、外貨を稼ぐことが肝要なのです」
「うむ」
「そして、それを国内に還元すれば、国力が高まります」
「うむ」
「外国と対等に交渉するためには、自国の経済力を高める必要があります。そのために、産業を振興しなければなりませぬ」
「うむ。わかるが……」
「外国の脅威を払拭するには、軍事的な圧力よりも経済的な圧力をかけるべきでございましょう」
「うむ。しかし、どうやって?」
「我が国の産物を輸出することで、相手の国に富を与えるのです」
「なるほど。それなら、できそうである」
「はい。それができれば、相手国は我が国に好意を持ち、友好的になるのではないでしょうか」
「うむ。確かに、そのような気がしてきた」
「我が国の物産は、素晴らしいものでござりまする」
「うむ。確かに、素晴らしいものだ。しかし、それをどうすればよいのか?」
「外国の商人を日本に招き入れて、商売をさせるというのはいかがですか?もちろん、もちろん、関税はかけねばなりませぬが」
「ふーむ。外国人に商売させるとか……。それは、考えたこともなかった」
「はい。良い考えだと思われます」
「よし。早速、検討しよう」




