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林田藩  作者: 林田力
小栗忠順は幕府の堤防
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林則徐は阿片厳禁を徹底したい

阿片禁止は道光帝の意向が強かった。道光帝は阿片禁止を徹底的に行うことを決意した。彼は、中国の社会と経済が阿片によって深刻な被害を受けていることを認識し、国家の健全性を取り戻すために行動する必要があると信じていた。


道光帝は、阿片密売人や使用者に対して厳しい処罰を行う法律を制定した。彼はまた、阿片使用の撲滅に向けて広範な教育キャンペーンを展開し、人々に阿片の害悪を説明した。道光帝は自国の主権と民族の健康を守るために禁止政策を貫いた。


道光帝の阿片禁止政策は民意にも合致していた。人々は阿片を呪っていた。「阿片中毒者が一人おれば、その家は破滅したといわれる。悲惨なものだった。不幸の大部分は阿片に由来していた。阿片を呪う人間がどんなに多かったことだろう」(陳舜臣『新装版 阿片戦争 二』講談社、2015年、130頁)。多くの人々が道光帝の勇気と決断力を称賛し、阿片の蔓延によって引き起こされた悲劇を克服しようとする彼の使命感に共感した。


道光帝は阿片戦争に敗北した皇帝として後世の評価は高くないが、阿片禁止を徹底した健全性は評価できる。道光帝の阿片禁止政策は後世において高く評価されるようになった。彼の勇気とリーダーシップは、中国の近代化と国家の再建において重要な一歩となった。彼の徹底した健全性と禁止政策は、中国人の意識を変え、国の未来に希望を与えた。


清国は阿片を違法ドラッグとして禁止したが、売人は阿片を「薬用」と主張して輸出を続けた。清朝が阿片密輸を徹底できなかった背景には役人の売人との癒着がある。役人は商人が持ち込む阿片の一部を売人に届けさせる。それを役人は自分の取締りの業績として上部に報告し、残りの阿片の密売を黙認した。


しかし、清朝にも清廉な人物はいた。林則徐は阿片の違法ドラッグ化を徹底した。林則徐は道光帝から欽差大臣に任命され、阿片の取締りを断行する。1839年広州に着くと、外国商人達から阿片約二〇〇万斤を没収して処分した。これは阿片二万箱焼き払いとして有名である。しかし、没収した阿片を焼却した訳ではない。阿片を燃やすと有害な煙が出る。焼け残ったものを使う人物も出るだろう。林則徐は阿片を塩水に漬け、使い物にならなくした後で焼石灰を投げ込んだ。それによって煙が上がり、それが焼き払いと評された。阿片の処分に細心の注意を払った。阿片は処分する際も余計な負担をかけさせる。


林則徐が英国商人の財産である阿片を没収したことが阿片戦争の開戦原因と説明されることが多い。しかし、阿片没収で即座に戦争になった訳ではない。違法薬物の阿片を没収することは当たり前のことである。むしろ商人は阿片を供出することで罪を免じてもらったことが実態である。

英国商人にも阿片を販売していない健全な商人はいる。そのような商人は阿片商人のせいで迷惑を被った。「わしの船は、これまでずっと米を専門にはこんできた。まっとうな商売ばかりしてきたのだ。阿片でぼろ儲けをした連中のそば杖をくうなんて、割が合わないね」(陳舜臣『新装版 阿片戦争 二』講談社、2015年、507頁)。依存性薬物の売買は、健全な商取引を破壊する。


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