阿片戦争
忠順の危機感の原点は阿片戦争である。近代中国史の屈辱は阿片戦争(アヘン戦争)に始まる。中国近代史の不幸は阿片戦争に端を発する。ヨーロッパで紅茶文化が花開くと、中国のお茶がヨーロッパに大量に輸出されるようになる。これはイギリスを貿易赤字で苦しめることになった。英国は阿片を輸出するという卑怯で破廉恥な手段に出る。その結果、阿片戦争が勃発する。
英国は清国の港に大量の阿片を密輸し、莫大な利益を上げた。阿片を吸い続けると依存症になる。多くの清国人が阿片中毒になり、阿片の需要が高まり、価格が高騰して売人は大儲けをした。
依存症になると精神を侵されて廃人になる。薬物依存の廃人は悲惨である。「痩せこけたからだと、そのうつろな眼をみていると、彼らの肉体と精神に、気力なるものが、いささかも残っていないことがわかる」(陳舜臣『新装版 阿片戦争 一』講談社、2015年、183頁)
阿片窟に出入りする者達は重度の阿片常用者であった。彼らは阿片窟に通うために借金を重ね、やがて身を持ち崩した。阿片蔓延は風俗を乱し、犯罪を増加させた。「当時の犯罪の、おそらく半ば以上は、その動機が阿片につながっていたであろう」(陳舜臣『新装版 阿片戦争 一』講談社、2015年、597頁)
「阿片=悪」の図式が成立する。ところが、清朝の官僚には阿片蔓延の現実を追認する阿片解禁論を出す者が出た。
「酒も健康に悪いから、阿片だけを禁止することが間違っている」
現代の大麻解禁論者と同じようなことを言っている。
「トリカブトが禁止されていないから阿片も禁止する根拠はない」
これは乱暴な主張である。「阿片とトリカブトでは、その性質はまったくちがうのである」(陳舜臣『新装版 阿片戦争 一』講談社、2015年、532頁)。
清朝では保守派が阿片解禁論、改革派が阿片禁止論に色分けされた。阿片禁止は伝統的な規定であり、阿片政策では保守と改革が逆転している。保守派と言っても自分に都合の悪いことだけは改革を求める御都合主義者である。阿片解禁論者の多くは密売人から賄賂をもらっていた。
それでも朝廷の議論では正論が通り、清朝は害を防ぐために阿片を禁止した。阿片を持ち込んだ者は誰であれ、その責任を問われるべきである。清国政府が外国からの依存性薬物の輸入を阻止しようとすることは当然である。
「阿片は悪魔の薬だから、根絶しなければならない」
「阿片は毒物だ。毒物は持ち込んではならない」
「阿片は毒物である。毒物を清国に持ち込むことは許されない」
「阿片の蔓延を防ぐためには、阿片を売る者を取り締まる必要がある」
「阿片の密売者は許してはならない。阿片は悪魔の薬なのだ。悪魔は撲滅せねばならない」
「阿片を売った者は死刑にせよ。アヘンは毒物だ。毒物は排除すべきだ」
「阿片の売買に関わった者も同罪である。阿片商人は処刑せよ。阿片は毒である。毒物の流通は防がなければならない」
「阿片の売人と阿片窟は徹底的に弾圧すべきである。阿片は毒である。毒物は駆逐されなくてはならない」




