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林田藩  作者: 林田力
林田藩の志士
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池田屋事件

新撰組は桝屋に目をつけた。元治元年(一八六四年)六月五日早朝、桝屋に踏み込み、俊太郎を逮捕監禁した。新選組は武器弾薬や諸藩浪士の書簡を押収した。俊太郎は壬生屯所に連行され、蔵で土方歳三らによって厳しい取調べを受けた。逆さ吊りにされ、足の甲から五寸釘を打たれ、貫通した足の裏の釘に百目蝋燭を立てられ火をつけられた。


その結果、俊太郎は京都大火の陰謀を自白したとされる。強風の日を選び、御所に火を放ち、京都守護職・松平容保を殺害し、中川宮を幽閉し、天皇を長州へ連れ去る計画である。しかし、これは拷問により強要された自白であり、自白の任意性はない。新選組による捏造であり、その後の実力行使を正当化するための冤罪であった。


大高兄弟は新選組が踏み込んだ際に不在であり、難を逃れた。新撰組が俊太郎を逮捕したことは志士達のネットワークを伝播し、その日の夜に三条小橋西の池田屋で奪還の相談を行うことになった。六月五日の夜は祇園祭宵々山であり、京の街には祇園囃子が響いていた。


池田屋には宮部鼎蔵(肥後)、吉田稔麿(長州)、広岡浪秀(長州)、望月亀弥太(土佐)、石川潤次郎(土佐)、大高兄弟(林田)らが集まった。桂小五郎も顔を見せたが、様子がおかしかった。

「どうされました?」

「いや、何でもない」

「何か心配事でもあるのですか?」

「いや、そういう訳でもないのだがな……。まあ、気にするな」

そう言われても気になる。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

本人がこのように言っている以上は詮索しない方が良いだろうと思い直した。小五郎はすぐに帰ってしまった。


「それにしても、新撰組は無法集団になり果てておりまするぞ」

「たしかに無法であろうな……」

「それを取り締まるべき守護職が、町衆から賄賂を受け取っているという噂もあるのですぞ」

「もし、そのようなことが事実なら、天下の大罪人ということになるのう」


そこを新撰組の近藤勇らが襲撃した。勇は踏み込む前に池田屋の間取りを確認し、表口、裏口を三人ずつで固めさせた。

「御用改めである」

勇は一歩前に踏み出ると、低いがよく響く声で言った。勇は身に纏っている雰囲気は他の者達とはどこか違っていた。まるで修羅場を数多く潜り抜けてきたような凄味を与えた。


池田屋で又次郎は奮戦むなしく新選組によって討たれた。忠兵衛は一旦脱出したが、捕縛された。事件後の六月七日、大高家は新選組の家宅捜索を受けた。妻とみ、子ども六人、門弟二人らは捕らえられたが、長男の幸一郎は鳥取へ逃げ延びた。


忠兵衛は六角牢に入れられた。扱いは野蛮であった。牢獄の環境は悪かった。食べ物はろくに与えられず、体はノミだらけになった。我慢していればそのうち慣れるだろうとたかを括っていたが、やはり無理があった。苦痛のために神経がやられているような感じがした。


足が震える。恐怖ではなく、憤りと嫌悪からの震えである。呻きが漏れる。許せる訳がない。憤怒と嫌悪、拒否感が渦巻いた。忠兵衛の額から汗がどっと吹き出し、吐き気が全身を揺さぶった。胃を落ち着けるものが欲しかった。熱いお茶。それすら飲めずに七月四日に獄死した。


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