桝屋
兄弟は京都にたどり着き、長州藩邸に逃げ込んだ。
「それにしても、あの時の兄上の落胆ぶりは見ていられませんでしたよ。『もうおしまいだ』って、毎日のように泣いていましたからね」
「しかし、それは無理もないわえ」
「まあ、確かにねえ……」
兄弟は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
兄弟は何とか再起を図っていた。
「相当苦労しました。まずは身なりを整えなければと思いましたし、それに資金が必要でしたからね。結局は金がないと何もできないんですよ」
「いや、実はのう……。わしらも少しばかり金を融通してやったんじゃよ」
「へぇーっ! あなた方が?」
「ああ、別に悪いことではあるまい? 困っとる者を助けるのは当然のことじゃろ?」
「そりゃそうでしょうけど……よく貸してくれましたねぇ」
「うむ。実はなぁ……」
「まさか、本当に貸してくれたとは!」
「だから言ったろう。この人なら大丈夫だと」
「信じられないなぁ」
「俺も最初は驚いたさ。だけど考えてみりゃあ当たり前だよ。俺たちはこの人に助けられたんだぜ」
「あっ、そっか」
「そういうことじゃ」
話を聞き終えると、兄弟は改めて深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。これでようやく肩の荷がおります」
「礼など言わんでいいわい。それより、これからどうするつもりなんだい?」
「ええと……」
「うん?」
「いえ、何でもありません」
「遠慮せずに言ってくれよ。何か力になれるかもしれんからな」
「はい。では申し上げますが、もしよろしかったら、しばらくこちらに置いていただきたいと思うておりまして……」
「ほう、ここへかね?」
「はい。もちろん、お代はきちんと払いますゆえ……」
「それは構わんが……」
大高兄弟は薪炭商・桝屋の店の別棟に移り、勤皇の志士の武具・兵器の調達を担当した。桝屋は桝屋喜右衛門が経営する諸藩御用達の店で、京都河原町四条上ル東にあった。喜右衛門の本名は古高俊太郎で、勤皇の志士であった。桝屋は商売柄、武士が出入りしても怪しまれることが少ないため、多くの志士の拠点となった。大高兄弟は幕政批判の論文を書き続けた。
京都では新撰組が弾圧機関として力をつけていた。新撰組は清河八郎の献策で誕生した浪士組が出発点である。八郎は幕府の金で浪士組を作り、尊皇攘夷を目的とする倒幕勢力に仕立て上げようとした。近藤勇や芹沢鴨らは八郎の思惑に反発した。
「俺達は清河八郎に利用されたのだ!」
「馬鹿にするにも程がある!」
「全くだ」
ここから新撰組が生まれる。この経緯から八郎は腹黒い策士と評判が悪い。しかし、幕府に弾圧され、妻を獄中で亡くしている経験がある。幕府への恨みは本物である。むしろ早い段階から倒幕を唱えた点は先見性がある。
八郎が世の中について問題意識を持つ出発点は阿片戦争であった。これは多くの幕末人と共通する。二一世紀の感覚では攘夷は馬鹿げている。しかし、阿片を売りつける存在と異国を認識したならば攘夷を唱える心情は十分に理解できる。
八郎は元々、江戸で学問と剣術の塾を開くことが夢であった。江戸で塾になる土地を購入するが、地震で壊れた家であった。だまし売りのようなものである。八郎の反骨精神は、この経験も影響しているだろう。水戸天狗党を名乗る連中が農民や町人から金銭を巻き上げていることを知り、彼らとは一緒に活動できないと批判する。ここには健全な価値観がある。




