林田藩の志士
幕末には林田藩から勤皇の志士として大高又次郎と大高忠兵衛の兄弟が登場した。大高家は「大高製の皮具足」と呼ばれる皮具足の製法で有名であった。赤穂四十七士の一人・大高忠雄の子孫を称した。
大高又次郎は文政四年(一八二一年)に甲冑職人・大高六八郎義郷の子として生まれる。忠兵衛は文政六年(一八二三年)に林田藩郷士・常城広介の次男として生まれる。一四歳の時に大高義郷の養子となる。兄弟は甲州流軍学や西洋砲術、勤皇思想を学び、各地の志士達と交流を深めた。
忠兵衛は嘉永元年(一八四八年)に上洛。衣棚押小路入下妙覚寺町で甲冑商「大鷹屋」を営みつつ、政治活動に奔走する。又次郎は安政五年(一八五八年)に脱藩した。
「これより林田藩を去る」
又次郎は町人や百姓達が一斉に頭を下げる中、旅立った。上洛して、梅田雲浜宅に住んだ。
兄弟は梅田雲浜や頼三樹三郎らの志士と交流し、勢力的に活動した。江戸では井伊直弼が大老に就任し、安政の大獄が始まりつつあった。
「さて、そろそろ行くか」
又次郎は立ち上がって腰を伸ばした。
「拙者も参ろう」
忠兵衛も立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
二人は部屋を出て廊下を渡り玄関に向かった。玄関で草履を履いて外へ出た。
「おや」
忠兵衛が声をあげた。
「どうした?」
「あれを見ろよ」
忠兵衛が指さす先に、白いものが見えた。雪である。
「いよいよ降って来たなあ……」
「寒いはずだぜ」
二人は笑いながら歩きはじめた。
「ところでなあ、忠兵衛よ。わしは今朝早く、いろいろと調べてみたのだが……」
又次郎は話し始めて、ちょっと口をつぐんだ。
「はい?」
「うむ。それがのう、何やら妙なことになって来ておるらしいのだ」
「妙なこととは?」
「ま、ついて来ればわかるわえ」
「はい……」
二人が歩いていると背後から三人の男が近づいて来た。いずれも浪人ふうの身なりをした男達である。
「おいでなすったぞ」
「あっ……」
三人の男の一人が、いきなり走り寄って来て、二人を追い越しざまに声をかけて来た。
「もし!」
「は?」
「どちらへ行かれるのか? 御案内仕ろう」
「どこへ行くともきまってはいないが……」
「それなら、ちょうどよい。拙者どもとともに参られようよう」
「それはまた、どういうことかな?」
「あなたさまにはかかわりなきことでございます」
「ふふん……」
鼻先で笑った。
「これはしたり。そち達は、一体、誰じゃ?」
「名乗るほどのものではござらぬ」
「ほう。すると、わしらが何者か知らぬというわけだな」
「左様」
「ならば、これから先へ出て行くことはならぬ」
「何故です?」
「わしらは、この先の不二楼という料理屋へ行きたいだけなのだから……」
「不二楼……?」
三人のうちの一人が、眉を寄せた。
「そこのおかみさんが、わしらの知人なのでな」
「なるほど……分かり申した。そこまで同行致します」
「いや、結構だよ」
「しかし……」
「用がある訳ではないのだから、かまわずに行ってくれ」
「はい……」
「それからな、そちらの名ぐらいは聞いておいてもよいだろう」
「名は申しあげられませぬ」
「ほほう……。では、わしらを尾けて何をしようというのかね?」
「それも、やはり……」
「わかった。もうよい。行け」
このように言っても、まだ去ろうとしなかっため、ぴしゃりと叱りつけた。
「邪魔をするなといっているではないか」
男はようやく身をひるがえし、残りの二人を引きつれて去って行った。




