建部政醇
八代藩主・建部政醇は、政賢の四男である。文化九年(一八一二年)一一月二二日に藩主になる。政醇は初代藩主の政長が築造した西池に鴨を飼育した。西池を禁漁区にし、鴨に餌を与え、保護した。これにより、毎年秋から春に数百の鴨が来遊するようになった。これを林田藩西御殿「発興亭」から観賞した。ここから西池は鴨池と呼ばれるようになった。
江戸時代が進むと幕府も藩も運営が厳しくなった。
「どうして藩がそんなに金繰りに困ったのか、そこいらの事情をもう少し調べた方がようござんしょう」
「それは俺も考えたよ。だが、どうにもわからんのだ」
「わかりませんか……」
「ああ、まったくわからない」
「でしたら、もうこれ以上首を突っ込まない方がいいんじゃあねえですかね」
「そうはいかんさ」
「なぜです? また危ない橋を渡るおつもりなんでしょう」
「まあ、そうなるだろうな」
「やっぱり……」
「だが、これは放っておくわけにはゆかん問題だぜ」
「そりゃあまあ、そうだと思いますけどね」
「それに俺は、あの御蔵島というところへ行ってみたいんだ」
「御蔵島……ですか」
「ああ、そこに行けば何か分かるような気がするんだよ」
「何が分かるんですかい?」
「それがわかったら苦労はないわえ」
「じゃあ、なぜ行きたいんでございます?」
「ただの好奇心だよ」
「好奇心だけですかい」
「それだけじゃないぞ。御蔵島は幕府の直轄地だから、俺たちのような者が勝手に出入りすることは許されていない。そこへゆくためには幕府の許可がいるはずだからな」
「つまり、許可さえ貰えばいいとおっしゃるんで?」
「そういうことだ」
「だけど、そんなこと簡単にできるとは思えませんぜ」
「うん、まあ、確かに難しいかも知れん。だが、やってみなければ何も始まらないじゃないか」
「そりゃあその通りで……」
「とにかく明日は朝一番で江戸へ戻ることにする。おまえさんも一緒に来てくれんかな」
「私もですか?」
「ああ、頼むよ」
「承知いたしました」
翌日、二人は駕籠に乗って江戸の町へと引き返していった。そしてその夜のうちに例の御蔵島の件について相談したのだが、やはり簡単ではなかった。
「それは無理というものですよ」
あっさり言ったものである。
「あなた方はあくまでも隠密として御蔵島におもむくつもりでしょうが、御蔵島へ行くことはすなわち密出国をするということなのであります。そのようなことが許されるはずがないではありませんか」
「では、せめて御蔵島への上陸だけでも許可して頂けますまいか」
「それも駄目ですな」
「どうしても……でしょうか」
「どうしてもです」
「それなら仕方ありません。あきらめましょう」
「賢明なご判断だと存じ上げます」




