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「まずはこれを食べて」
レーデシェスカにプディングを渡されて素直に口に運ぶ。プディングなんてお祭りの時の食べ物、一体どうしたんだろう。甘くとろける感触を味わいながら、主様にどうやってプディングの素晴らしさを伝えるか考え込む。
「あ、まだ食事できるみたいだね。間に合った間に合った」
「間に合ったじゃないわよ。フランフィール、ここにあるものはなんでも食べてね。全部あなたのものよ」
「こんなに食べきれない」
「好きなものだけでいいから思いっきり食べて。お願い」
いつもにこにこ笑っているレーデシェスカの真顔は迫力があった。つい気圧されて頷く。よし、とようやく彼女は笑った。気が抜けたといった感じである。
「その花とか手紙とかは?」
「全部あなたのもの。主様のもとに赴いた勇敢な乙女に捧げられたものよ」
舟を埋め尽くすほどの捧げものに嫌気がさしているのか、それともヒレを楽しんでいるのか。ラウディは舟の周りを泳いでいた。
一つ一つ捧げものを見ていく。花、ぬいぐるみ、装飾品。
「あ」
プディングを食べる手が止まる。隅の山の一番上に花冠があったのだ。ついシャイロックを思い出す。彼の一番素敵だった贈り物。ぽろりと涙がこぼれた。
「フランフィール。どうしたの? 苦しい?」
「あの花冠」
「あれはね、シャイロックからの贈り物」
「シャイロック?」
「そうそう。シャイロックさあ、水面の民との国交を再開させて技術者つれて王城とやらにこもっているんだ」
ラウディの言葉がじんわりとしみ込んでくる。それでレーデシェスカとラウディが一緒にいるのか。
ラウディの話を真に受けるなら、シャイロックは自らの立場を明かしたということだ。それだけじゃない、あれだけ避けていた水底の民を動かしてなにかに打ち込んでいる証でもある。
脈が自然と早くなる。もしかしてフランフィールは期待してもいいのだろうか。
「あなたを水底から引っ張り上げたくて頑張っているのよ」
レーデシェスカが補足する。望んでいた言葉をくれる。
視界がにじんだ。本当はフランフィールもずっと水面に、湖岸の国に帰りたかった。主様のもとは素敵で、主様に仕えることに不満はない。けれどもひとりになるとさみしさが寄ってくるのだ。
このさみしさが主様をむしばんでいるのだからと我慢していた。交信器は主様のためのものだからと使わないようにしていた。でも、でも。許されるのなら陽の光を浴びたかった。一面に広がる輝く鱗じゃなくて、流線型の美しい全身を見たかった。誰にも言わなかったこと。
ぽろりぽろりと転がる涙を放ったまま、すこししょっぱくなってしまたプディングを食べる。レーデシェスカが教えてくれた。乙女たちに懇願されて寮母さんが特別に作ってくれたのだと。他の料理だってあちこちから乙女たちが集めてきたものだ。
「どうしてそこまで?」
「フランフィール。自分のことは一番最後の乙女。みんなあなたを尊敬しているの。知らなかったでしょう、あなたに憧れた乙女がどれだけいるか」
「なぜ」
「あなたがいつも真剣だから。眩しいくらいまっすぐだから。励まされていたのよ、みんな」
レーデシェスカが頭を撫でる。砂交じりになった髪を梳かす。温かさに涙が止まらない。目に付くものすべてがフランフィールのためのものだという。だったら、食べなければ失礼だろう。料理に手を伸ばす。
「お、いい食べっぷりだな」
「ラウディ。口が軽すぎるわね」
「いやいやレーベシェスカ? レーデシェスカ? 食べられるっていうのはいいことだ。精霊から遠ざかる」
「レーデシェスカよ。本当にこれでいいのね?」
「もちろん。精霊は複雑なものを好まないからね。いっぱい食べるといい」
訳が分からず視線だけでレーデシェスカに尋ねる。レーデシェスカは食事を食べるように促しながら、説明してくれた。
食事が必要なくなっているのは、フランフィールが湖の精霊に近づいているから。正確には精霊の器に近づいているからだとラウディの訂正が入る。そこに湖の力が入り込んでいるから、食べなくても生きていけるのだと。
睡眠が必要なくなってきているのも同じ。
「見た目が湖の精霊みたいだからって、本当に精霊になることないでしょう」
レーデシェスカが悲痛な声を出す。
このまま進行すればフランフィールは上級精霊と呼ばれるような、意志を持つ精霊になってしまうだろう。そうすれば人には戻れない。だから、シャイロックの要請を受けたラウディと心配したレーデシェスカがここまで来てくれたらしい。
「上級精霊になると、どうなるの」
「寿命が延びるよ。あとはまあ、いろいろ必要なくなるかな。最後の方には感情とか」
「それだけじゃないでしょう。終いには湖そのものになって溶けて消えてしまうと聞いたわ」
「そうか」
主様のところへ行く水底の民は稀にいたというのに、主様がさみしい訳がわかった。話してくれた水底の娘が溶けて消えたというのも比喩でなくその通りだったのか。精霊の寿命がどれだけのものなのか分からない。けれど、主様よりはずっと短いのだろう。
もぐもぐと頬張りながら主様のことを考える。あの美しくてさみしい方がどうやったら笑ってくれるのか考える。
「レーデシェスカ。花を集めて。物は受け取れないから寮の部屋へお願い」
「フランフィール。帰ってきて、くれるの?」
「もし主様がさみしくならないのなら、帰る」
「シャイロックを急かすわ。あなたがいなくちゃ私、誰にのろけたらいいのよ」
「のろける?」
「あの書置き。あなたの笑顔が好き、幸せな結婚を。端的過ぎるわ。幸せな結婚にはのろけを聞く人が必要なのよ」
ラウディが大声で笑う。事情はわかんないけどまったくもってその通りと笑う。フランフィールの頭のメモ帳に、レーデシェスカののろけをきく、という予定を立てた。それは幸せな約束だった。
花冠を被って、水面に飛び込む。交信器を抱えたら、空いた手でいっぱいの花を受け取った。
「送っていかなくて大丈夫?」
「沈むだけ。問題ない」
「そう。なら俺たちまた来るから。ちゃんとお腹減らしといてな」
「フランフィール。私もシャイロックもあなたを諦めないから!」
「ありがと」
そっと離れていく舟を見守って、水底へと沈んでいく。
諦めないから。お守りのような言葉を貰う。たった一人の乙女と、国宝に値する交信器とを釣り合わせてしまったシャイロックの手腕は見事なものだったのだろう。
フランフィールもまた諦めないと決めた。わざわざレーデシェスカが来てくれたのだ。シャイロックが、頑張っているのだ。主様がさみしくならない道をきちんと整備している。いつか見えた小さな明かりが未来で輝いていた。
遠くで主様が泳いでいるのが見える。やっぱり主様は美しいと改めて思った。
晩になれば主様は帰ってくる。降りた場所がちょっと違ったらしい。主様の指示に従って早足で移動する。
「いったい何があった、フランフィール」
「レーデシェスカと水底の民が来まして、わたしが溶けてなくならないようにと食事をくれました」
主様はしばらく黙り込んでしまった。禁域に入り込んだことが問題だと言うのならばフランフィールがその責任を追おう。まっすぐに主様を見上げる。
「その、花は」
「見えるのですか」
「精霊たちが囁いている。もう少し上に来てくれればよく見えるだろう」
交信器を抱えたまま頑張って泳いで、上へと向かう。主様の少しはフランフィールにとっては距離がある。しばらくすると、真っ黒の大きな瞳が現れた。知性的で、優しそうな目をしている。どきりとしながら花を見せる。
「水面の民からです。わたしは花が好きですのでもらってきました」
「水面より上の花は初めて見た。可愛らしいな」
「ありがとうございます」
ゆっくりと沈みながら、フランフィールは笑った。主様が微笑んだような気がしたのだ。




