12
王城へはあっさりと入れた。フランフィールの名前はすっかりと広まっていたらしく、導師に最後の別れをと告げれば連絡室まで通してくれる。いろいろと対策を考えていた身としては少しあっけない。
連絡室にはやっぱりメガネの学者がいる。
交信器と呼ばれるそれは、大きなガラス玉に帯状の板を二重に付けた代物だった。これならフランフィールが両手で抱えれば持てる大きさだ。
使い方を尋ねれば、お互いの認証は済んでいるから精霊に祈るだけで繋がると簡単に返された。
心の中で風の精霊に祈り、話しかける。
「導師様、いらっしゃいますか」
「フランフィール。あなたは主様のもとへ赴くと聞きました」
「最後の別れに参りました。導師様、わたしの罪を許してくださいますか?」
「……それは、立派な勤めでもあります。罪とはいいません」
導師の声は悲痛そのものだった。この声を出させているのが自分なのだと感じると、フランフィールは胸が痛くなる。この後待っていることは彼女には思いもよらないことだろう。
シャイロックはしきりに丸メガネの学者に話しかけ、交信器の使い方を学んでいる。だいたいわかったとの合図を受けて、最後にもう一度尋ねる。
「わたしの行動は哀しみを呼ぶと諫められました。許してくださいますか?」
「フランフィール、貴方の罪を許しましょう」
「ありがとうございます」
ふつりと交信が途切れる。風の精霊への祈りを止めたのだ。シャイロックはと言えば、言葉巧みにこちらを死角にしていた。
支えである足を残して、交信器を持ち上げる。
そのまま走って部屋をでた。シャイロックも続く。
丸メガネの学者はなにが起こったか分からなかったらしい。しばらく後から怒声が遠くに聞こえた。
騎士が出てくる前に王城をでなければ。人のいそうなところは早歩きに切り替えて、何事もなかったかのように挨拶をして切り抜ける。交信器なんて見たことある人はほとんどいないのだろう。みな痛ましそうに見送るだけだった。
それでも舟着き場につくころには追い付かれてしまった。
「それは、国宝、に、値する」
切れ切れの声でメガネの学者が説得を試みる。騎士たちはフランフィールが抱えているものがなにかも分からずに、ただ水に落とされてはかなわないと足も出せずにいた。
「大罪で、いくら、乙女さん、でも」
「大罪は承知の上です。帰ったらいくらでも罪を償いましょう」
「きみ、は、かえらない、乙女さんじゃ、ないか」
夜目でも慣れた舟は分かる。5年間一緒に居続けた舟。交信器とシャイロックをのせ込み係留をとく。
「主様の一大事です。国とどちらが大事ですか」
「主様、が、それに、興味をしめす、とは」
「それをお決めになるのは主様です。失礼いたします」
櫂を思い切り漕ぐ。やっぱりいつもより軽い。その上スピードが出る。注意しなければこの小さな舟は簡単に傾いてしまうだろう。慎重に、素早く櫂を操る。
岸辺からは場違いな驚愕と称賛の声があがっていた。
「いったい誰に、通報すればいいんだ!」
丸メガネの学者だけが現状を正確に把握している。なんだかその差が面白い。
「シャイロック、交信器のことは分かった?」
「交易品らしい。調整していないが予備が一組ある。普通は風の精霊を通して使うらしい。それ以外は試したことがないと」
「そうすると、水につけるとまずい」
「そう。主様のところへ行く前に改造しないと」
シャイロックはそういった、精霊の力を借りた道具の扱いに長けているらしい。首飾りも彼の作だそうだ。
「そんな時間はない」
「でも万一壊れたりしたら事だ」
「シャイロック、いい考えがある。わたしがそれを抱えて沈めばいい。服と一緒で濡れないだろう」
「それじゃなんの解決にもなっていない!」
交信器と向き合っていた彼がこちらを見る。暗闇でも銀色の髪はよく見える。フランフィールの藍色の髪とは大違いだ。初めて他人の色を羨ましいと思った。
「話の続きを。抱えて沈めば話はできる?」
「そりゃ、できるだろうさ」
「じゃあその間に予備を改造して」
「え?」
紫色の瞳が大きく見開かれる。そうするとちょっと子供っぽい。なんだか今日は新たな一面をよく見ている。
違うな。フランフィールは内心で否定する。今日はわたしが彼をよく見ているのだと。
「わたしは期間限定で主様のもとへ赴く。その間に、シャイロックは交信器の予備を改造する。それができたらわたしとこれと交代して、後はあなたの思う通り」
「いまさら俺を信じてくれると思うか?」
「主様と話せるのならば、わたしたちは有頂天。それにあなたは湖からの客」
「素性を明かせと」
「そんなのどっちでもいい。わたしはずっと主様のもとに居てもいい」
シャイロックが右手の指をトントンとしだす。フランフィールは舟を黙って漕ぎ続けた。湖はすっかり真っ暗だ。睡蓮宮はもう通り過ぎた。神域の場所のだいたいの検討はついているものの、通り過ぎてもいけない。注意深く櫂を漕ぐ。
「フランフィール。俺はあんたと結婚したい」
「そう。それで?」
「最初あったとき、助けてくれって言うつもりだった。気付いたら結婚してくれと言っていた」
「あれは驚いた」
「そうは見えなかったけどな」
全く表情を変えずに顔を隠されて傷ついた、と笑いながらシャイロックは言う。フランフィールもその時のことを思い出す。びっくりして、ほんの少しときめいた過去の話。言うつもりはない。
「次の日も顔を隠してて、でもやっぱりあの乙女さんだと思ったらつい求婚していた。自分でもよく分からなかったけれど、俺はあんたの気を引きたくて仕方なかったらしい」
「あれには困った」
「初めて風邪ってやつを引いて、寝込んでいるときに、ずっとあんたのことを考えていた。整った陶磁器みたいな顔が心配してくれるんじゃないかって。すごい定型文だったけど、メッセージカード嬉しかった」
「へえ」
「それから夢を見て。夢の中でフランフィールが罪を許すって言ってくれたんだ。そしたらもうなにも怖くなくて、そこからずっとフランフィールに夢中」
それは現実にあったことだ。でも夢だと思っているのならそれでいい。彼の罪を許したことはフランフィールの胸に収めておけばいいことだ。
「夢の中のわたしに夢中」
「現実のフランフィールにも。最初は打算もちょっとあった。本当に湖岸の国の民になれたらって。でもすぐにそんなの忘れた。だってあんなにストイックで、すっと通った背筋が見目好くて、帽子からでた髪が水底から見た湖みたいにきれいで、瞳なんて透き通った水そのもの。ああもういいたいことが多すぎてまとまらない!」
フランフィールは思わず黙ってしまう。
こんなに矢継ぎ早に褒められたのは初めてだ。ほほが赤くなっていないか気になってしまう。ずっと意識して背を伸ばしていた。それを褒められるなんて。湖みたいで好きだった髪を瞳を、同じように思ってくれるなんて。
今結婚しようと言われたら思わず答えてしまいそうで、なんだか足元がふわふわしていて恐ろしかった。




