第3話 子供は無垢で無邪気で生意気ですね
五分後。
廃教会前は鍋を囲みパンを食べる炊き出し場となった。パンはゼノが市場で購入しておいたもので、サイズが大きく歯応えのあるライ麦パンである。
口が乾きやすい為、ゼノの用意した花の香り付き水は子供達によく求められ、そして好評だった。
「なんとなく甘いねぇ、このお水」
「蜜でも入っているの~?」
「いいえ。甘い香りを付けたので、味覚も甘いと感じるのでしょう」
「ふーん?」
幼く警戒心の薄い子達は、餌付けが効いてかゼノの話を素直に聞き入っている。
だが先の追いかけっこで果汁をかけられた少年は、パンを食べながらもゼノとアルルを睨み付け、他の子よりも距離を取っていた。
「君、そう身構えなくて大丈夫ですよ」
「……人をべたべたにしてきた奴なんか信用できるか」
「それは君が焼き鳥盗った所為じゃん」
「隙だらけなのが悪いって言ってんだろ!」
「まぁまぁ。焼き鳥程度、ここまで案内してくれたことと比べれば、お釣りが来るほどです」
元よりゼノは、子供達の交流を望んでいた。
なので現状は非常に都合のいい状態となっている。
「ですから、気にしなくていいのですよ」
そこで少年は余所者を溜まり場に導いてしまったことを自覚し、目付きが鋭くなる。
そして何が目的なのかと、探るような視線を向けた。
「それにしても匂いで集まってくるとか、虫みたいだねー」
「なんだと!? 魔物の分際で……っ!」
「こらこら。口を慎みなさい、少年。この方はただの魔物ではありません。貴方達を導きに来てくださった、救いの神なのですから」
「はぁっ!? 何言ってんだお前っ! 頭おかしいんじゃないか!?」
少年は反射的に立ち上がり、ゼノへ罵声を浴びせる。
尤も魔王の侵攻が激化している現在、魔物を敵とし嫌悪する感性は決しておかしなものではない。寧ろ正常だ。
ここにいる子供達の中には、魔物に親を殺されてしまった者もいるだろう。
目元から胸元にかけて獣に引き裂かれたような、大きな古傷を持つ少年も、その一人かもしれない。
「さては餌付けして油断させて、魔物の餌にする気だな!? それとも前線に肉盾として送り込む気か? ふざけんなよ! ガキだからっていいように利用しやがって……!」
そう怒鳴ってゼノを射殺さんばかりに睨み付ける彼は、今まで辛酸を舐めてきたのだろう。
パララ町にも孤児院はある。屋根のある場所で大人の庇護の下、生活しようと思えばできる。
だがそうしていないのは、貧しさを理由に、後ろ盾がないことを理由に、奴隷のような暮らしを強いられたからだと推測できた。なぜならここパララ町は商業が盛んで、各地で福祉を担っている済世教の権威が小さい。
働かざるもの食うべからず。金の力が強く労働力として弱い者は虐げられやすい。
逆に金さえあれば誰でもお客様と、種族問わず受け入れられやすいのでアルルの訪問許可が比較的緩かった側面もあるのだが。
(さて、まずどう説得しましょうか)
少年の心に響く言葉はと、ゼノが思考を巡らせた時……。
「弱い奴が食いものにされるなんて当たり前じゃん。なに怒ってんの」
不意に、アルルが素っ気なく持論を述べた。
魔物は文字通り弱肉強食。相手より劣れば食われる身で、弱きを助けることを美徳とする人間の価値観は理解できないことだろう。
しかしその持論は、少年に受け入れられることはない。ゼノは心の中で焦り、咄嗟にフォローをしようとする。
「ええと、今のアルル様のお言葉はですね……」
「うるさいっ! 恵まれた奴に何がわかるっ!!」
ゼノの言葉を遮り、少年が衝動のまま拾った小石をアルルに投げ付ける。
小石はアルルに当たる前に蔦で弾き落としたが、突然の攻撃に彼女は激怒した。
「ちょっと、いきなり酷くない!? なに? 自分が恵まれてないとでも思ってんの? 生きている時点で恵まれてんじゃんっ!!」
「大人はいつもそうだ! 生きているだけマシだって言ってこき使って、使いもんになんなかったら路地に捨てて……!」
「落ち着いてください、君」
今にもアルルに殴りかかろうとする少年を宥め、ゼノはどうにか怒りを鎮めようとする。
「アルル様は少々物言いが乱暴ですが、真実を教えてくださっています。弱きは蔑まれ、搾取される。それは事実です」
「っ、あんたも同類かよ……!」
「ですから、力の持ち方を教えに参りました。私も孤児で、家もなければスキルもないです。世間的には弱きに分類されるでしょう」
「……は? スキルなし? それ、本当か?」
少年は困惑した。
成人すれば誰でも与えられる神の恩恵。人によっては人生の一発逆転を狙えると、スキルを心の支えに生きる者もいるほどだ。
そのスキルがないということは、神に見放されたも同然。
信心深い者から迫害対象にさえなる。
「疑うのも無理はない。スキルなしは非常に珍しいですからね。大通りにいらっしゃった占い師に占って貰えば信じてくれますかねぇ?」
「ほ、本当にないのかよ……。その割に悲観してねぇみたいだけど……」
「はい! 私はアルル様と出会って救われたので!」
途端、ゼノは椅子代わりにしていた瓦礫から立ち上がり、祈りを捧げるかのように両手を組む。
「弱きも強きも生きているだけで価値がある! では生き抜く為にはどうすればいいのか! それはですね……っ!!」
ごくりと、少年が唾を飲み込む。
他の年少の子供達も耳を傾けながら見守っている。期待値が最高に高まった時、ゼノは言った。
「健康になるのです」
至極、当たり前のことを。




