第3話 お足元が疎かになっていますね
(さて、どうしましょうか)
走りながら周囲を見渡すと、少し先に沼地が広がっているのが見えた。
ゼノは足を止めず、沼地の縁から中央へと視線を走らせる。水面から覗く草の生え方、泥の色、ところどころに浮かぶ枯れ枝。足場の見当をつけると、迷わず沼へ踏み込んだ。
ずぶり、と靴が泥に沈む。
アルラウネを抱えたまま、彼は慎重に足を運ぶ。そしてとあるところで足を止め、足跡が重なるように後ろ歩きをする。そして沼地を出たゼノは近場の木陰へひょいっと飛び移り、木陰に身を隠した。
「見ろ! 足跡だっ!」
「逃がさないわよ~っ!」
「俺らで魅了解けるかなぁ?」
間もなく、冒険者らがゼノの足跡を追って躊躇いなく沼地に入る。
「ぎゃあああっ!」
「わぁああっ!?」
「いやーっ!」
そして深みにハマり、各々悲鳴を上げていた。
沼から抜け出すのに手間取り、追跡どころではなくなったことだろう。
一息ついたゼノはその場から離れ、人気のない大樹の根元まで移動をする。
そこでガラスを扱うかのような繊細な動きで、アルラウネを地面へ降ろした。
「突然の無礼、申し訳ありませんでした」
「……助けたの?」
大樹の根に腰をおろして、アルラウネは問う。
「はい。私に生きる意味をくれたお方。私の全てを、貴方に捧げましょう」
「……ふぅん」
異様に献身的なゼノを見て、アルラウネは引くどころか不敵に笑った。
心酔するほど人間を魅了できたことに気をよくしたのだ。尤もゼノが心酔したのは外的要因が大きいのだが、彼女がそれを知ることはない。
「それで、改めて食事を再開して貰いたい思いもあるのですが……。このままではまたいつ貴方に危険が迫るかわからない」
その可能性を考えた途端、ゼノの胸が締め付けられる。全身から血の気が引いて、この世の終わりのような絶望感が襲って来る。
故に彼は衝動のまま、アルラウネに詰め寄った。
「どうか貴方の身の安全を確保するまで側にいることを、許して頂けないでしょうか!?」
「身の安全を……確保する?」
「はい! 人間にも魔物にも脅かされない、絶対的な安全です!」
「えぇ? そんな非現実なこと、叶えられるの?」
動揺からか、アルラウネの口調が先程と変わっている。艶っぽい声音から打って変わって、少年のような純朴さだ。
ゼノにとってはどうでもいいことだが。
「はい! お時間さえ頂ければですが……!」
「随分と自信があるんだねぇ」
変わった人間だなと、アルラウネは呟く。
身の安全の確保。もしも叶えられるのならば確かに魅力的だが、彼女にはとある野心があった。
──多くのモンスターに畏れられ、椅子に座っているだけでちやほやされる身分、つまり魔王の配下、四天王へ成り上がることだ。
いちモンスターには夢を見ることも烏滸がましい座。
その座を用意しろと無理難題を突き付ければ、きっとゼノは絶望することだろう。その顔を見ながら食事をするのもいいかもしれないと、彼女は口を開く。
「でもボク、身の安全よりも四天王の座が欲しいんだ。君、それを用意できる?」
「四天王ですか、素晴らしい向上心ですね! ではそちらもご用意させて頂きます!」
だがアルラウネの想像に反し、ゼノは胸に手を当て、元気いっぱいに承諾した。
「全ては貴方の御心のままに」
◇
近場で採取した木の実を朝食として、ゼノとアルラウネは大樹の根元で食事を摂りながら今後の方針を話す。
「ひとまず自己紹介をしますね。私はゼノと申します。種族はヒューマン、スキルはありません」
スキルとは、十五歳となった日に神から授けられるギフトだ。誕生日の夜、子供達は夢の中で天啓を授かる形でスキルを自覚する。ちなみに聖職者や占い師を介せば他人のスキルを第三者が確認することもできる。
スキルの内容は怪力や頑丈、慧眼など様々で、勇者は『剣聖』を授かったと聞き及ぶ。
だがゼノは十五歳になっても何のスキルも授けられなかった。転生者だからかは知らないが、ただでさえ孤児で孤立しがちだったところに、追い討ちをかけられた形になる。
「……ボクは、アルラウネのアルル」
「アルル様! よろしくお願いします!」
「そんなことより。ねぇ、スキルなし人間の分際で、本当にボクを四天王にできると思っているの? というか、四天王がなんなのかわかってる?」
「魔王の直属の配下ですよね。それぞれ拠点を構えていると聞きました」
木の実を食べ切ったゼノは立ち上がると、足元に転がっていた木の棒を使い地面に簡単な大陸の図を書く。
海に面した南にゼノ達が暮らすパルニア王国があり、北には魔王城があるティタント浸蝕域がある。しかし四天王の拠点はティタント浸蝕域にはなく、ここパルニア王国含む四つの国に点在している状態だ。
ゼノはそれも書き込む。四天王の拠点は人間を征服した領地に置かれるので、大抵はティタント浸蝕域と各国の国境付近にある。
「ただ最近、ここパルニア王国に拠点を作っていた四天王が勇者に討たれた。という話ですね」
「ふ、ふぅん。なかなか情報通じゃん」
四天王の拠点の一つにバッテンを書き込むゼノを見て、アルラウネことアルルは両腕を組み目を泳がせた。
四天王の一人が討たれたことは事実である。しかしその情報が広まれば魔王軍の沽券に関わる。人間の士気もあがり、魔王軍を押し返す勢いを増すところだろう。故に魔王軍は影武者をたて「四天王は欠けていない」とフェイクを流し、一部のモンスターにしか事実を伝えていない。
その一部のモンスターとは、アルルのような四天王の座を狙っているモンスターである。
またとないチャンス。アルルはちやほやされる為にも、利用できるものは何でも利用するつもりであった。
「知っているなら話が早いね。ボクはこれから人間の街を襲いまくってレベルアップして、その武功を魔王様に届けるんだ。君には人間の誘導を頼もうかな?」
「いえ、それは効率が悪いうえにリスクが高いですね」
アルルがやる気に満ちた案を出したところで、ゼノは出鼻を挫くように却下を下す。




