第7話 焦りは判断を鈍らせますね
厳格な雰囲気を纏う老紳士を前に、ゼノは穏やかな笑みを浮かべ立ち上がる。
「誰の許可を得て集会を開いている。そもそも何の集まりなんだ、これは」
「アルル様の教えを広めているのです」
そう言って、ゼノはアルルを手で指し示す。
瓦礫の上で足を組み、堂々と座っているアルル──アルラウネを見て、老紳士はぎょっと目を見開いた。
「魔物の教えだと……!? 貴様、邪教の者か!」
「むっ、失礼な! 私は邪教徒ではありません!」
「ならば魔王神論者かっ!?」
「それも違います!!」
ちなみに邪教とは邪神を称える宗教のことで、魔王神論者は魔王を神と称える者の総称である。
神論者は魔王を荒神と見立て、媚びへつらうことで死を回避しようとする者が主だ。破壊願望を持った人格破綻者も入信しているとか。
アルルも魔王の絶対的な力を畏れ、魔王軍配下を自認しているものの、別に信仰している訳ではない。祈ったところで魔王が応えてくれることはないと知っているからだ。
野望は自分の力でしか叶えられない。我が身可愛さに保身に走ったり、受け身であったり、他力本願な面がある邪教や魔王神論者では決してないのだ。
そんな逞しいアルルの姿勢もまた、ゼノは好感を持っている。
「私が信仰しているのはアルル様であり、邪神や魔王ではありません!」
「危険思想を持っていることには変わらないだろう!?」
「いいえ! アルル様が求めているものは人間の健康(な血)です! 同じ星に生まれた者同士、互いに尊重し合える世を作ろうと、まずは聖水で健康を広めているのです!!」
珍しく声を荒げ、熱演するゼノ。あまりの気迫に老紳士がたじろいでしまうほどだった。
なおアルル本人はそのやり取りを他人事のように眺め、(初めて聞く主張だなぁ)と心の中で呟いているが。
「疑うのならば、ご覧ください! 実際、子供達は元気になっているでしょう? アルル様が齎した祝福の一つ、聖水のお陰です!!」
疑念を拭えていない老紳士に、ゼノは大仰に両手を開き、廃教会周りで各々過ごしているストリートチルドレンを見せ付けた。
ゼノを通じ衛生観念を教わった子供達は小奇麗になっている他、元気に遊びまわったり、内職に懸命に励んでいる。横たわったまま動かなくなっている子や、落ち窪んだ目で虚空を眺めている子供もいない。
活気に溢れていることが、一目でわかる。
老紳士はぐっと言葉を飲み込んだ。
(……まぁ子供達が元気なのは聖水ではなく、炊き出しの効果ですがね。水分補給をすることや、衛生を保つことも健康の維持に繋がりますが、即効性はないのですから)
ゼノは狙い通りの演出をこなしてくれた子供達から目をそらしつつ思う。
目に見える変化を齎すには、食べ盛りの子供に食べ物を施すのが最も効果的だ。幼いだけあって吸収や回復が早く、変化がすぐに現れる。病に罹っていた子もいなかったので『聖水で元気になった子供達』という絵を作れた。
運がよかった、と済ますこともできるが……。病から回復できないほど体が弱い子供は、三カ月前の疫病でいなくなってしまったのだと推測できる。
それも含めてゼノは、最初の布教先をこのパララ町に決めたのだ。
「……この、ただの水で、本当に病が治るのか?」
老紳士は右手に持っていたワインボトルを持ち上げ、戸惑った表情を浮かべる。
ワインボトルの中はワインではなく、花弁入りの水だ。子供達の誰かから買っていたらしい。そしてゼノとアルルの噂を聞き付けて、わざわざ廃教会前まで足を運んだ。
(撒き餌が機能しましたね)
くすりとゼノは笑みを零す。
「いいえ、病は治りません」
そして老紳士が求めていただろう言葉を、敢えて口にしなかった。
「何っ!?」
「怪我も同様です。聖水はあくまで汚れを寄せ付けないもの。既に汚れている体の浄化までには至りません」
嘘ではない。予防と治療は違うのだから。そのことは子供達にも伝えている。
「チッ、使えない……っ!」
「ただし」
苛立つ老紳士の台詞を遮るように、ゼノは人差し指を突き立て、畳みかけるように語った。
「アルル様が直接、祈りを捧げるのでしたらその限りではありません。人の体を蝕む穢れを浄化してみせましょう」
「胡散臭いな……」
「信じないのでしたら結構。信じる者のみ救われる、という話ですから」
そう締めるとゼノはくるりと体を反転させ老紳士に背を向け、脇に置いていた背負子を手に持つ。
「さて、アルル様。そろそろ出発いたしましょう」
「出発?」
「はい、次の町に教えを広めに行くのです」
「なっ!? でっ、出て行くのか……!?」
目の前で立ち去ろうとするゼノとアルルに、老紳士はわかりやすく狼狽する。
(ここで大事なのは考える時間を与えないことです。さぁ、決断なさい)
どこぞの馬の骨とも知らぬ冒険者と接触する為に、わざわざ貧民街へやってきたのだ。のっぴきならない事情があることなど、猿でもわかる。
だがここで下手に出ては搾取されるだけ。元より初めてパララ町を訪れる自分達に信用はないのだから、主導権は常に握っておかなければならない。
ここでゼノ達を警戒し、距離を取るのならば仕方がない。縁がなかったと諦め、次の布教先を目指すのみ。
よってゼノは迷わず、黙々と出立の準備を進める。
「……待ってくれ!」
結果──
老紳士は、制止の言葉を発した。
(かかった)




