第8話 交渉の際は舐められてはいけません
ゼノはアルルを背負った状態で、先を進む老紳士の後ろを歩く。老紳士の隣には用心棒だろう筋肉質な兵士が控えていて、時折り振り返ってはゼノを睨み付けた。
(そう威嚇しなくとも、私に戦闘力はないのですがね)
歩き続けて早一時間。
辿り着いたのはパララ町の中央に構える、大きな屋敷であった。
領主、アルフォード子爵の本宅だ。
庭園は端から端まで手入れが行き届いていて、噴水まで設置されている。ガラス張りの温室ことコンサバトリーも離れに設置されていて、その内側には多肉植物や赤い実を付けた木が植えられていた。屋敷の主は熱帯植物が好きなのかもしれない。
「にゃおん」
その時、ゼノの足下で真っ白い猫が鳴いた。
「あ、こいつケット・シーだ」
アルルが言う。正体を見破られたことがショックだったのか、悪戯をしそびれたことが不服なのか、ケット・シーは不満顔で「にゃっ」と鳴くと、二本足で歩き屋敷へ走って行ってしまう。
その屋敷の重厚そうな扉の先、エントランスもまた掃除が行き届いていて、壁や床の大理石は鏡のようにゼノ達を映した。
(この香り……。仮説が現実味を帯びてきましたね)
尤もゼノは見た目の華美さよりも、鼻孔をくすぐる芳醇な香りの方に注目していた。
屋敷全体から仄かに香るほど染みついた匂い。その正体を、ゼノは察している。
「わ~っ。魔石がいっぱいある~っ」
一方、初めて人間の屋敷に足を踏み入れただろうアルルは、シャンデリアを輝かせている魔石に目を輝かせた。
そして頂戴しようと蔦を伸ばし、天井まで届かず口を尖らせる。
「アルル様、落ち着いてください。あれは魔電灯という魔道具で、さしたる魔力の強さはありません」
「そうなの?」
「はい。見た目は派手ですが魔力含有量はゴブリン以下のカスです」
「うっ。じゃあいらない」
拗ねてぷいっと顔を逸らすアルル。
魔石の一部は加工され、照明や湯沸かしなど、前世の日本でいう家電の動力源として扱われる。加工元の魔石は、ゴブリンやスライムといった低級モンスターの魔石だ。ただでさえ弱い魔石を更に砕いているのだから、魔力含有量はたかが知れている。
しかし魔石の加工や、魔石を嵌め込む魔道具の価値は高く、庶民にはあまり普及していない。
「おい、勝手なことをするな。この場で叩き斬ってもいいんだぞ」
「失礼いたしました。子爵様のお屋敷など初めてなもので、つい興奮してしまい」
「ふん。……ん? 貴様、ここが子爵家と知っていたのか」
「えぇ。町で一番大きなお屋敷ですし、門にあった家紋もアルフォード家のものでしたから」
「……、そうか」
老紳士は何か言いたげな顔を浮かべたものの、特に追及しないまま、ゼノとアルルを客間へ案内した。
そしてソファに座らせ、テーブルを挟み向かい合う。
「要望は一つ。病の治し方を教えろ。報酬は払う」
老紳士は足を組み、背凭れに体重を預け、高圧的な態度で要件を言いつける。
老紳士の態度は、誰が見ても人に物を頼む態度ではない。
「感じ悪ぅ」
「黙れ、魔物が。私は領主だぞ。私がその気になれば、貴様らの命など簡単に奪うことが……」
「アルル様を脅迫しないでいただきたい、執事さん」
「……っ!?」
領主と自称した老紳士──いや執事は、自らの立場を見抜き、断言してきたゼノに驚愕する。
横柄な態度で接し、高慢に喋り、使用人を顎で使い、主として振舞っていたのに、どうして見抜かれたのか、理解できないのだろう。
この三日間、ゼノはストリートチルドレンと交流をしていただけではない。その傍らで町のあちこちに顔を出し、住民に話を聞いて回っていた。時に聞き耳を立てることもあれば、袖の下を使うこともある。断片的な情報もかき集めれば一つの絵となる。
そうすることで、勉強熱心なことで評判の領主の娘が、ここ一カ月姿を見せていないことを知った。
「私はアルル様の教えのもと、平穏を望んでいます。力を行使するのならば即刻、退場いたしますが……」
「うっ! 冒険者の癖にな、な、生意気な……っ!」
「えぇ。生意気な冒険者など視界に入れたくもないでしょう。それとも顔を見せる勇気がないのでしょうか? 娘の健康より面子を選ぶというのでしたら、私ではなく教会を頼ればよい話です」
済世教を信仰する教会の神官達は、大なり小なり神から授けられたという『癒しの奇跡』を持つ。
癒しの奇跡は怪我を治す、病を治す、結界を張る、汚れを浄化する、など効果は多岐に渡り、医師や薬師、錬金術師よりもずっと立場が強く、上級神官にもなれば政治にも口を出せるほどだ。
魔王討伐の旅をしている聖女も癒しの奇跡の使い手で、瀕死の重傷さえ瞬く間に治してしまえると噂されている。
身元不詳の冒険者と、人類の敵として認識されている魔物。
頼るべきはどちらかなど、考えるまでもない。
(けれど、子爵家は私の元を訪れた)
相手はゼノとアルルに利を見出し、求めている。
ならば蔑まれる謂れはない。
ここで不誠実な対応をしてくる相手ならば、対応するに値しないというだけだ。
「じいや、もういいです。下がりなさい」
ゼノと執事が睨み合っているところに、一人の夫人が、控え扉から現れた。
品のいいドレスに身を包んだ、凛然とした女性。加えて執事よりも上の立場。
領主の夫人、つまり子爵家の女主人だ。




