第6話 大物を釣り上げるコツは辛抱強く待つことです
「ゼノ~。ゼノ~。お水、パンと交換してもらえたよ~」
「ぼくは乾燥豆もらった~」
「あたしはねぇ、旅の人から干し葡萄もらっちゃった!」
「え~いいな~」
「ちょっと味見させて~」
アルル教の恩恵を受けたストリートチルドレン。彼らは三日後には早速、水を売った成果を報告しあっていた。
子供達の話を聞いたゼノは聖水をより高く売る方法や、購買層になりうる客の選び方を伝授する。伝授された子供達は教えをすぐ試そうと、ぱぱっと解散した。
残ったのは籠作り衣服作りなど、内職をこなしている子供達だけだ。
平穏を絵に描いたような光景を眺めながら、ゼノはトランペットフラワーを押し花で添えた手紙に羽ペンを走らせる。
「その辺の花なのに、添えただけで売れるものなんだ? 人間ってわからないなぁ」
隣に座っていたアルルがじっとコップを凝視して言う。
汚水も問題なく吸収できる彼女にとって、水は売り買いするものではないのだ。そうでなくとも川や井戸で汲める水をわざわざ買う意味がわからないのだろう。
「疫病で健康意識が高まっている人間達は、健康になると言う触れ込みの、それも綺麗な水は欲しくなるものなのですよ。しかし聖水が売れる一番の理由は、トランペットフラワーの効能ですね」
「効能?」
「はい。トランペットフラワーは別名、『キグルイナスビ』という名の花なのですが……。花でも葉でも根でも、成分を摂取するとほんのすこーし、幻覚や幸福感を得られるのですよ」
彼女の疑問に対し、ゼノは囁くように、小声で答えた。
トランペットフラワーは薬草の一種で、この異世界では鎮痛剤の材料にされる。とは言え正しく扱えるのは薬師や錬金術師なもので、素人が扱えば酩酊するのがオチだ。だがその酩酊感──所謂トリップを求めて国民が乱用していた時期がある。それによってトランペットフラワーは害草として認識され、町中から除草された歴史がパルニア王国にはある。
尤も過度に危険視されていたのは百年前の話。現在はトランペットフラワーの危険視は薄れていて、実際、子供達も把握していなかった。
「……それって水飲んだ奴らが薬草漬けになるってこと?」
「香り付け程度の摂取量でしたら、人に害はないですよ?」
「うわぁ白々しい。詐欺だ、詐欺師だぁ」
「ははは人聞きの悪い」
アルルの指摘を乾いた笑いで流すゼノ。
(さて、ここまでは順調。炊き出し代に宿代に飲食代、チップと出費は嵩みましたがね。お陰で貯蓄はゼロです)
顎に手を当て、ゼノは思考する。
町中を歩き回っての情報収集、そして連日の炊き出しで財布の中身はすっからかんだ。今日の宿代も払えない。
(今日、成果が出なければ私も日銭を稼がねば……)
「今日も来てたのかよ。暇だな、お前ら」
屑籠を背負ったガトーが廃教会前へ帰ってくる。今日の屑拾いは終わったらしい。
彼はそのままゼノ達の前に腰を落ち着けると、売れる物と売れない物、自分達で使える物とに仕分けを始める。
「働きもせず慈善活動とか、いい御身分だよな。それとも惨めなガキが群がるのを見るのが趣味なのか? 魚に餌やるみたいによ」
「魚に餌、ですか。当たらずも遠からずかもしれませんね。ただ、その餌は貴方方に向けたものではありませんが」
「はぁ? 俺達じゃない?」
「はい」
ゼノは力強く頷いた。
「そもそも私は子供達を惨めなどと考えていませんよ。皆、懸命に生活しているではないですか」
「食うに困ってない奴が何言ってんだ」
「困っていますよ。私の懐は現在、空っぽですし、アルル様も望む物を得られていない」
話しながらゼノは子供達に囲まれ、蔦を三つ編みに編まれつつ、血を分けてもらっているアルルを横目で見る。
「そうはいってもこの三日は施ししてたじゃねぇか。そんな貯え、どうやってかき集めたんだよ」
「特別なことは何も。ただよく観察し、よく考えることを徹底しただけです」
じっ、と。
ゼノはガトーが分別しているゴミを眺めた。そして後で肥料として売る予定なのだろう、排泄物を纏めた容器に目をつける。正確にはその上に転がる真っ白なフン。
消化できなかったらしい黒い何かが斑点模様を作っているそれを見たゼノは、布越しにそれを拾い、ガトーへ見せた。
「例えばこれ、ケット・シーのフン」
「あぁ。金持ちがペットにしてる猫な。それが?」
「こちらを小袋分集め、大通りの緑の看板を掲げた店で売れば二千ガールドで売れます」
「はぁっ!?」
「“質”がよければ一万ガールドにも成り得ます」
「嘘だろ!?」
一万ガールドもあれば一週間は食べ物にありつける。ガトーは愕然とした。
「勿論ただのフンではなく、一部の特別性に限りますが……」
「うっ、嘘だ! ただのフンがそんなっ! 肥料にもならない量で……っ!」
「どうして高価なのか、知りたいですか?」
ずいと顔を寄せてきたゼノに、ガトーはびくりとたじろぐ。
何を要求されてしまうのかと、怯えているのだ。
別に取って食う気などないのに、とゼノはふっと破顔し、答えを告げた。
「では種明かしですが、このフンには種が入っていまして、その価値を緑の看板を掲げた貿易商は知っているのです」
そのまま白いフンを布に包むと、ガトーへ渡してしまう。
受け取っていいのかと戸惑うガトーに、ゼノは「子供達と巡り合わせてくれたお礼です」と、なんてことないように言った。
「このように、チャンスはどこに転がってるかわからない。ですからよく観察し、思考することを繰り返しているのです」
「だからゼノ、いちいち行動が遅いよね~」
ひょっこりと。
アルルがゼノの頭にのしかかり、口を尖らせる。
「ボクはいつになったら美味しいゴハンと四天王の座を手に入れられるのさ~」
「も、申し訳ありませんアルル様! 四天王の座はもう暫し……! しかし私の予想が正しければ、じきに……」
「おい、そこの冒険者」
その時。突然、廃教会に見知らぬ男性が現れた。ストリートチルドレンの縄張りを狙った浮浪者ではない。男性は上質な衣服に身を包んだ老紳士で、貧民の溜まり場となっている廃墟にいるには場違いもいいところだ。
子供達が警戒するなか、ゼノはほくそ笑んだ。
(来た……!)
撒き餌にかかったことに、歓喜しながら。




