結婚のご報告 2
庭というには広大すぎる庭園を抜け、林のような植え込みのわきを通り、噴水を中心としたロータリーを回ると馬車が止まった。
「到着いたしました。お疲れ様です」
天馬の知らせと共にキャビンの扉がひとりでに開く。
それを見た公太郎はそそくさと最初に降車し、続くイリスとリュナに手を貸した。教えられたわけではないが、男はそうするのがマナーの気がする。特にイリスが危なっかしい。慣れないドレスを踏んだり、馬車のタラップにつまづきそうだ。
「ありがとうございます、ハムタロ」
「ありがとう」
つつがなく優雅に降り立った二人に、公太郎もうなずく。やはりこれが正解だったようだ。見様見真似だけど。
────おっと、そうそう。
「ありがとうございましたー」
公太郎は馬車の天馬に向け、会釈してお礼を述べた。天馬という存在を、もうちょっと近くで見てみたかったといのが動機である。特に、地球の馬準拠で700キロ程度はあろう馬体の重量を天へと運ぶであろう勇壮な翼が興味深い。この機会にぜひとも目に焼き付けたかった。
…が、それ以上に、社交辞令とはいえ、公太郎は市バスの降車時にもそうするのが習慣なのだ。コンビニやスーパー、飲食店の会計時でも同じで、たまにツレなんかに、不必要にへりくだってるとか、無意味だとか言われることもあるが、気持ちよく仕事をしてもらえるならいいじゃないか。
しかし、人語を解するはずの二頭の天馬は、公太郎をじろりとねめつけるだけで無反応であった。
────なんか、まずいこと言ったかな…?
困惑する公太郎に、すると天馬はフンッと鼻を鳴らしてから歯茎をむき出しにして息まいた。
「「俺様に気安く話しかけんじゃねえよ、人間のオスごときがッ!!」」
「えー…?」
どういう仕組みなのか、よほど息がピッタリなのか、馬だけにウマが合うのか、二頭の天馬たちは同時に同じ罵りを投げつけてくる。
「「リュナ様とイリス様のツレじゃなけりゃ、誰がテメーみてえな雑魚を乗せてやるかよ、このカスめ。かーっ、テメーの吐いた息が今も俺様のキャビンに残ってるかと想像すると、気色悪さに身震いするぜ」」
いきなり天馬たちが並べはじめた敵意と悪意の勢いに、公太郎は怒るよりも先にポカーンとなる。
「「おいテメー。まさかとは思うが、俺様のキャビンにゴミとかしてねえだろうな!?」」
「ゴミ…なんてしてませんよー…。そもそもなにも持ってないしー」
「「本当だろうな?誓えんだろうな!?髪の毛一本、皮膚の一欠けら、目ヤニやハナクソつけたり、屁こいたりしてねえってよぉ!?」」
「してませんってー。フェルズさんの迎えの馬車で、そんなことするわけないでしょー」
「「絶ッッ対だな!?」」
「……そりゃあ、髪の毛一本くらいは、知らないとこで落ちてるかもしれないですけどー…」
人間の髪の毛は1日に何本かは自然と抜ける、それゆえに絶対とは言い切れない公太郎に、天馬はぐるりと白目をむいた。
「「かーっ!!マジで、かーっ!!…だと思ったんだよ、嫌な予感がしたんだよ。いいかテメー、帰りの際は雑巾持ってこい。新品の雑巾だ。そんで降りるまでにテメーの触った場所、足のついた床、ついでに窓まで全部ピカピカに磨き上げろ。テメーが舌で舐められるくらいにピカピカにだ!!」」
「舐められるくらいにー?」
「「……オイ、言っとくが、これは比喩だ!!低能な人間が、マジで舐めんなよ!?んなことしやがったら俺様たちがぶっ殺すぞ、いいな!!」」
天馬はそう吐き捨てると踵を返し、態度とは裏腹に軽やかな足取りで馬車を引いて去っていった。
────一応、帰りも乗せてはくれるんだ…
天馬はヒドい物言いだったが、微妙に優しく、公太郎は反応に困った。
「…気に入られたみたいですね、ハムタロ。天馬さんは気難しい方が多いのに珍しいです」
呆然と馬車の後ろ姿を見送っていた公太郎に、なぜか感心したというトーンで話しかけてきたのはイリスだった。
「えぇー、ど…どこがー!?」
「天馬さんは普通、男の人とはしゃべりたがらないんですよ。たとえ、文句であっても。なんだか種族のポリシー…?らしいです。しゃべるのは、よほど気に入った相手…ここだとお義兄さまとくらいでしょうか」
「んな、バカなー…」
とてもではないが、気に入られたなんて感触などない。天馬の馬車は、領地までやってきた公太郎たちの足にとフェルズが手配したものだが、あのフェルズが部下にあんな態度を許しているというのが衝撃的だった。もっと規律とかガチガチで、四角四面な統治を勝手にイメージしていたが、案外、アンタッチャブルな領地なのだろうか。
「アタシも驚いたわ。まさか天馬が男と話すなんて。まあ…言葉は度が過ぎてたから、もう少しでぶん殴るとこだったけど」
「お義姉さま…殴るのはちょっとかわいそうな気がします…」
天馬はあれで愛情表現なのだからというイリスに、冗談よ、とリュナがうそぶく。
「ハムタロもいちいち気にしないことね。アニキの配下は皆あんな感じよ。どいつもこいつも鼻っ柱が高くて扱いづらいったらないわ」
「ふふっ。それ、お義兄様の方針ですからね。誰もが自分らしく、己に誇り高くあれというのが」
やれやれと肩をすくめたリュナと、苦笑交じりのイリスのやり取りに、公太郎無性に帰りたくなった。あの天馬の有様が気に入った者への仕打ちなら、ツンデレにもほどがある。
────…ラピルさんってマトモだったんだなぁ
公太郎はフェルズ麾下であったラピルを想い、ちょっぴりしみじみした。少なくとも彼女は、表面上だけにせよ初対面で敬意を払ってくれただけ大分マシだ。…正体は、かなりの曲者だったとしても。
とはいえ。
「さ…さあ、行こうかー」
気が進むわけではないが公太郎は率先して進むことにした。今いる場所はフェルズの居城の真ん前、ここまで来たら、逃げてもまごついてもはじまらない。ならば、さっさと行き、終わらせ、とっとと帰ろう。
「あ、待ってください、ハムタロ」
降り立ったロータリーから城まではビルの二階くらいの高低差がある。二股に分かれ、湾曲し、正面玄関まで続く大理石の階段に足をかけた公太郎をイリスが呼び止めた。
「手をつないでもらっていいですか?わたし、つまづいちゃいそうで…」
「ああ、ごめんー、そうだなー。鞄も貸してくれ、持つよー」
「ありがとうございます」
公太郎はイリスから魔法鞄を受け取ると肩からかけた。大きな鞄を持つイリスがかわいかったので忘れてたが、こういう際の荷物は男が持つべきってのは世界が違えど変わらない。もっと早く気がつくべきだった。
「アタシも、お願いするわ」
「もちろんー」
リュナの差し出した手も取り、三人並んで階段を上る。イリスは階段とドレスに足を取られないよう一生懸命に、リュナはさすがの余裕の雰囲気だ。並びの形は完全に花いちもんめだが、二人のビジュアルが良すぎるので間抜けに見えたり、ナメられたりはしないだろう。…中心の場違いで、蝶番のような、冴えない男にさえ注目しなければ。
「あっ、セイバスさんっ!!」
ゆっくりと上った階段の終わり際、見えてきた玄関口の方へ向け、イリスが馴染みのない名前を元気に呼んだ。大きな扉の前に、長身の初老の男が一人、立っている。
「お待ちしておりました」
渋い声でこちらに恭しく頭を下げたセイバスなる男は、口元に整えたひげを蓄え、パリッとした燕尾服に身を包んでおり、誰がどう見ても疑いようなく執事だった。…ただ一点の異様さを除けば。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「3年と184日ぶりでございますね、イリス様。このセイバス、見ての通り、ピンピンしております」
「よかったっ」
「イリス様におかれましては、ご立派に、そしてなによりお美しくなられましたな。爺は見違えましたぞ」
「そうですか?ありがとうございますセイバスさん。ふふっ、本当にそうだといいんですけど」
はにかむイリスと目を細めるセイバスのやり取りからするに、二人の間には孫と祖父のような温かく和やかな関係性があるようだ。
「爺、アタシは?」
「リュナ様は37日ぶりでございますな。こちらも見違えるほど貞淑な装いをされて…」
「そうよ、珍しいでしょう?似合ってるかしら」
ドレスのスカートを指で広げてみせたリュナに、セイバスは穏やかな微笑みをかえす。
「もちろんでございます。よくお似合いですよ。ですがそれ以上に、衣服…と呼ぶにはあまりに破廉恥なものばかり好まれるリュナ様も、ようやく人並みの常識を身につけられたかと思うと、この爺…感無量でございます」
「なによそれ。イリスとずいぶん扱いが違わない?」
「ほっほっほっ」
リュナには気さくな軽口をたたいてみせるセイバスは、完全に好々爺のそれである。…だというのに、この執事然とした男を前に公太郎の背筋には冷たいものが流れていた。
────でかい…
彼我の距離が近づくにつれて徐々にわかったことだが、セイバスの背丈が尋常ではなく高い。優に4メートルから5メートルはある。スケルトンと化した勇者ナユタの骸も約3メートルで、かなりのものだったが、セイバスはそれより一回りか二回りも大きい。
もちろん初代グリモアの本体の巨大さとは比べるべくはないものの、人型であるゆえの現実感を伴った生々しさが、セイバスから受ける圧迫感や威圧感を一層に強めている。
「リュナ様、その御手ですが…」
くだけた挨拶はここまでということか、巨人セイバスが口元を職業人のものへと結んだ。
「この目で確かめるまでは俄に信じられませんでしたが、恩寵を捨てられたのは真のようですな」
巨人の鋭い視線が公太郎とリュナのつないだ手に向けられている。素手同士で握られた手だ。エレハイムは今日のドレスを仕立てる際、手袋もセットで作ってくれたのだが、リュナはあえて嵌めていなかった。
「ええ、そう。アタシのくそったれな呪熱はもうない。とてもいい気分よ」
「ふむ…」
つないだ手を誇らしげに掲げてみせたリュナにセイバスが低く唸る。だがその響きだけでは、彼の意思が是なのか、非なのか、公太郎は図りかねた。
「貴方様がハムタロ様…で、ございますかな?」
「あ…はいー。私はイリス様の従者のハムタロと申しますー」
スケール感で言えば、公太郎とセイバスは幼児と大人だ。必然、見下ろされる形となる。
「上から大変失礼いたします。老骨はセイバスと申す者。フェルズ様の元で執事長を務めており、かつてリュナ様の教育係を兼任しておりました」
「執事長さんですかー」
「貴方様にはこの老骨、前々から一度お目にかかりたいと存じておったのです」
そのままセイバスは深く腰を折り、最上級の礼を見せた。
「リュナ様の御顔に残った傷、さらには呪われし恩寵より、よくぞ解放して頂きました。よくぞ、リュナ様の心に光を取り戻して頂きました。僭越ながら老骨からも厚く御礼申し上げます」
どうやらセイバスの心の内は是であったようだ。その低い声には、真を感じさせる真摯な想いが込められている。
────…なんだ、良い人じゃないか。
巨人の迫力に、内心戦々恐々としていた公太郎はほっとした。リュナが「どいつもこいつも扱いづらい」なんて言うものだから、どんな曲者が出てくるかと身構えていたのだが、サイズ以外は至って常識人のようだ。
「いえ…お礼など、とんでもないー。リュナ…様のことは、私にとっても私事であっ…」
営業マンモードに入り、こちらも無難な受け答えを返そうとした公太郎は、しかし、うっと言葉に詰まった。お前は暴れん坊将軍をやってる時の松平健かという目力を感じさせる巨人の大きな瞳と視線が合い、蛇に睨まれた蛙のように口が固まってしまったのだ。
だがそれも詮無いことだろう。腰を深く折り曲げたセイバスは、それでも公太郎より高さがある。お辞儀をしたセイバスの顔は公太郎の頭のすぐ上にあり、公太郎にしてみればつまり、顔のついた天井がすぐそこに迫っているようなものだった。
────だ、大仏かよ。
営業スマイルを見透かすかのようなセイバスに、公太郎はふいに、いつかの旅行で訪れた奈良の大仏を思い出した。遠くからは心が広く穏やかそうだが、間近で見上げるとこちらを厳しく詰問するかのような表情となる大仏の造の妙が、セイバスの大きな顔にダブって見える。
「ハムタロ様、老骨からひとつ、伺ってもよろしいですかな?」
「な、なんでしょうー…?」
セイバスは腰を曲げた姿勢のまま、公太郎を上から圧迫しつつ続けた。
「イチモツの大きさはどのくらいでしょう?」
「………は…ー?」
「ハムタロ様のイチモツの大きさは、いかほどか?」
セイバスの意味不明な質問に、公太郎は頭が混乱した。だが巨人の顔には、誠に残念なことながら、冗談の気配はない。どうやら真面目に聞いているようだ。
けれど、だからこそまったく意味がわからない。いや、意味はわかるけど、意図がわからない。イチモツ、ちんこの大きさって、聞くもんなの?…初対面で?
え?
なんで???
TIPS:イロモノを書く練習をしてみたかっただけで、天馬が今後何かしらのイベントで出てくる予定はない。




