結婚のご報告 1
翼を持つ馬、二頭の天馬に引かれた瀟洒な馬車に乗り、三重に張り巡らされた城壁と堀、竜の意匠を施された重たい門を越えると複数の尖塔を持つ城が見えてきた。そこに至る最後の門は銀細工があしらわれた華麗な格子で、馬車が近づくとひとりでに内側へ開いていく。
「もうすぐ到着いたします」
言わずとも明らかなことではあるが、そう案内するのが決まりなのだろう。キャビンの中の公太郎は緊張した面立ちで案内の声にうなずく。ただし、声の主は御者ではない。天馬の馬車に御者はいないかった。引き手の天馬が人語を話しているのだ。
「言葉を話すのが魔族、話さないのが魔獣って誰かに聞いた記憶があるけど、天馬は魔族、ということになるんだろうかー」
ふと頭に沸いた疑問を公太郎がつぶやくと、向かいの席に座るイリスも首を傾げた。
「さあ、どうでしょう。魔族と魔獣で分類するというのは、元々人間の方々の考えだそうですから」
「人間の…ってリュナ、あまり服を乱さないでくれよー」
横から伸びてきている手が公太郎のシャツをぐちゃぐちゃにしている。公太郎は呆れ半分で隣のリュナに文句をこぼした。馬車に乗ってからというもの、リュナが何食わぬ顔で公太郎の腹をまさぐり続けているのだ。
「別にいいでしょ。アンタに触れてると落ち着くのよ」
「…いいけどー、せめて服の上からにしてくれー。せっかくの正装が台無しになっちゃうー」
今日の公太郎はエレハイムの仕立ててくれたスーツでビシッとキメていた。といっても公太郎だけではない。イリスもリュナも、それぞれ髪を上げ、各々にドレスアップしている。普段は質素な出で立ちのイリス、裸よりも煽情的なリュナ、この見目麗しい二人がきちんと着飾ると、まるで少女漫画のお姫様のようだ。…まあ、イリスは魔王だし、リュナも兄がそうだから、実際、王族なんだけど。
それはそれとして、全員の装いがフォーマルなのは、加えて公太郎が緊張して落ち着かないのは、これから会う人物との場が、かなり公式だからである。普段着などで臨めば、有無を言わさずたちまち追い返されてしまうだろう。
…だというのに、リュナの手は公太郎のワイシャツのボタンを外して内側へと侵入し、肌に直接触れてるので、ズボンからシャツと肌着の裾がだらしなく出てしまっていた。
「ハムタロは心配性ね。ちょっとくらい服装が乱れてたって大丈夫よ。そんなのアニキは気にしないわ」
「いや、気にするー。絶対するー。あのフェルズさんが気にしないわけないじゃんー」
「そうかしら?」
「そうだよー」
「あれで結構ズボラなのよ、アニキ。本とか読みはじめると、ヒゲもそらないし、食事もそのままするからその辺にボロボロ落とすし」
「…へぇー、あのフェルズさんがねぇー?」
想像がつかないなと思いつつ公太郎は震える指で顎を撫でた。
あれから、リュナが呪熱から解放されてから、およそ一ヶ月ほどが経つ。街づくりの期限である冬は一層近づき、誰もかれも毎日を目まぐるしく過ごしている。しかしそんな中でも時間をつくり、本日、公太郎たちはフェルズの居城へ訪れていた。街の進捗についての中間報告と、リュナとの結婚に許可を得るためである。
────やっぱ…妹さんをください、とか言わなきゃならんのだろうなー。
公太郎はその場面を想像し、胃がキリキリ傷んだ。あの絵に描いたような超美形で、尊大で、イリスが恐怖に固まるほど強大な魔力を持つフェルズを前に、男として委縮せず、やってのければならない。はっきり言って、かなりの難題だ。
なぜなら、どう考えても男としての格が違う。肩書こそフェルズは魔王でこちらは勇者だが、ビジュアルも実力も実績も、勝負になる点が見当たらない。唯一あるとすれば、覚悟か。フェルズとの対峙がリュナとの未来に必要だというのなら、やり遂げる覚悟だけはある。
…ただ。
フェルズとの会合が決まって以来、公太郎はその場面を想像して色々シミュレートしてみたが、うまくいくイメージは終ぞ得られなかった。
おそらくリュナもそんな自分の内を察して、フェルズの意外な一面…欠点を教えてくれたのだろうが、正直言って緊張が解けるには程遠い。
────まあ、見たこともないリュナのお父さん…大魔王を相手にするよりはマシか…
公太郎はせめてもの慰めを思い、短く息を吐いた。
とはいえ、それも妙な話である。「妹さんをください」とはなんなのか。本来、結婚のご挨拶は親御さんの方に伺うのが筋ってもんだろう。少なくとも、人間界では。
「なあ、リュナー。本当にお父さんに挨拶しなくていいのかー?」
公太郎から出た当然の疑問に、しかしリュナははっきりと首を振った。
「いいのよ、あんなヤツ。好き好んで顔も見たくないわ」
「えぇー?」
「そもそもあの大魔王、アタシの顔も名前も知らないんじゃないかしら」
「そ…そんなことあるのー?」
「アイツ、ヒマがあれば子供作ってるから。千とか二千とか、下手したらもっとだもの、アタシの兄弟。兄弟といってもほとんど女だけどね。だからなおさら娘を一人ひとりなんて覚えてないのよ、絶対。あのスケベ親父、会いに行ったらアタシすら口説きかねないわ」
「え、えぐいー」
「アニキも結婚の挨拶なんてしてないって言ってたし、親父も子供の結婚に興味なんてない。そんなものよ」
「ふ…複雑ー」
「それに、アニキはアタシがハムタロと結婚することくらい、とうに承知よ。今日の挨拶だって一応の儀式みたいなもの。…だからもっと肩の力を抜きなさい。お腹だってほら、こんなに緊張してる」
「うぅむー」
こういう時、女の方が度胸があるというのは真のようだ。リュナの落ち着きに公太郎はなすがままになることにした。…お腹が緊張してるってのは、ちょっと意味がわからないけど。
「ふふふっ。二人とも、仲良しさんですね」
土壇場を前にあきらめにも似た境地に入った公太郎と、寄り添うリュナの様子を見て、イリスが嬉しそうにニコニコする。
「大丈夫ですよ、ハムタロ。お義兄さまは厳しく見えて、本当に厳しい方ですが、心の芯には優しさをお持ちです。決して、わたしたちを無下に扱うことはありません」
「まあ、そうだなー」
イリスの義兄評はフォローになってるのかなってないのか微妙なところだが、とりあえず公太郎も異論はない。フェルズが妹想いというのは疑う余地はないだろう。そうでなければ、人間の王都に一人で乗りこむイリスを影ながら見守っていたりなどしないし。
「それに、お土産だってあるんですから」
「土産かー」
「ふふっ。あれを見せたら、お義兄さま…喜んでくれるでしょうか」
「あれなー…。どうだろうー、びっくりするんじゃないかなー」
「ふふふっ、そうかもしれませんね」
イリスは席の傍らに置いてあった愛用の魔法鞄を抱きしめて、楽しみだと笑った。この魔法鞄にはフェルズへのお土産…つまり挨拶の品が入っている。それもそのはず、結婚の挨拶にまさか手ぶらで行くわけにもいくまい。
だが。
その土産こそが、実のところ、公太郎の頭痛の種でもあった。
「…ハムタロ」
鼻歌でも歌いそうなイリスを脇目に、リュナが耳打ちをしてくる。
「やっぱりアタシ、イリスには悪いけど、あれはどうかと思うの…」
「…俺もだよー」
困り顔のリュナに公太郎もうなずいた。
鞄に入ったお土産の品は大きく分けて三つ。その中の二つはイリスが「これがいい」と強固に主張したものが選ばれている。…が、正直、どれもこれからの場で出すにはそぐわない品だ。もらって迷惑になる物ではないけれど、公太郎としてはフェルズが笑って流してくれるだろうか不安が残る。
そして、別にこれは公太郎とリュナだけの意見ではなかった。
イリスの決定を耳にした者は、ゼナをはじめとする誰もが概ね「えっ!?」みたいな反応だったし、なにより、あのグリすら事態を見かねて、公太郎にそっと「これを土産代わりにしろ」と小さな小包を持たせてくれたほどである。
グリの小包は薄く、かさばる物ではないので公太郎の胸の内ポケットに忍ばせているが、ともかく、お土産の一件は、フェルズが喜ぶかどうかという高いハードルの勝負ではなく、せめてつつがなく受け渡しが済めば御の字というところだ。
とはいえ、イリスが品の選定を不真面目にやったわけではない。むしろ義兄に喜んでもらおうと真剣に考えた結果である。だからこそ誰も止めなかったし、今さらやっぱり渡すのはやめておこうと言うのも、ご機嫌さんのイリスには忍びない。
────フォローの仕方、考えとくか…
イリスはきっと、フェルズに怒られる。しかし筋道立てて意図を説明すれば、イリスの真心を汲んでくれる、フェルズとはそういう義兄だ。
そして公太郎も、自分事ではからっきし頭が働かずとも、イリスのためであれば、脳内シミュレートがぶんぶん回る男であった。
不思議なことだが、人間とは、他人のためなら、結構がんばれるものなのである。
TIPS:リュナのドレスもエレハイムが仕立てたので、常識的な布面積になっている。




