伊藤公太郎はカッコがつけたい 2
「ご主人様の提案には、ワタシに拒否権は無いのですが、率直なところワタシは乗り気ではアリマセン」
いつも通りの平坦な表情に平坦な声、しかし眉間に寄った1本のシワにエレハイムの不満が表れている。
「どうしてー?これからはエレハイムさんの自由にしていいってことなんだけどー」
「ワタシが望むのは、いつかこの身が穏やかに壊れる日、そしてお給金デス。自由は求めてイマセン。ですから、『宝珠を渡せ』と命じて下さればよいのデス。魂の契約を破棄する必要を感じマセン」
「エレハイムさんー…」
さっきまでと間違い探しのような差異しかないが、むくれたように見える(気がする)エレハイムの表情に、公太郎は取り付く島を見いだせず困ってしまった。
────見当違いだったろうか…
正直言って、エレハイムはこの提案に1も2もなく飛びつくだろうと思っていた。父親の呪縛からの解放は彼女にとっての悲願だったはずなのだが。…などというこちらの気遣いは、上からのうっとうしい、ありがた迷惑だったのだろうか。
「いきなり 自由にしろと 言われても 困るものさ」
安楽椅子のひじ掛けに頬杖をつき、ぼんやり外を眺めていたゼナがぽつりとつぶやいた。
「どこにだって行ける 自由な旅も アテが無ければ 辛いもんだ。 想像して ごらん? 大海原に 小舟で ひとり。 ハムタロは 不安を感じずに いられるかい?」
陽光がゼナの長いまつ毛を煌めかせている。
「ボクも イリスの母親と 昔 そんな旅をした からね」
懐かしむように微笑んだゼナは、それ以上口をはさむつもりはないと言うように、まぶたを閉じた。
「えっ…俺はー…」
…などと反射的に出かけた返答の続きを、公太郎はすんでのところで「やべっ」と呑み込む。
危ないところだった。自分はそんな異世界に一人で来て、絶賛楽しんでます…みたいなことを口にしかけたが、軽率すぎるってもんだ。これはエレハイムがどう感じるかという話であり、一般論であり、自分のズレた感覚を述べる時間じゃない。空気を読め。
────…というか、よく考えたらずいぶんひどい扱いを受けてないか、俺。勝手に召喚しておいて、役に立ちそうもないってなったら、身一つで放り出されたんだから。まあ、おかげでイリスにも会えて、今こうしていられるわけだから、人間万事塞翁が馬というやつだけど。
ともかく。
今は言いかけてしまったセリフの後始末をしなければ。
「…コホンッ。俺は、エレハイムさんを独りにするつもりはないんだけどー」
咳ばらいをして体勢を立て直した公太郎をエレハイムが見上げる。
「ワタシは解雇される…というお話ではないのデスカ?」
「なんでだよー。まだ昨日の今日じゃんー。俺がエレハイムさんを必要だって言ったのに、クビっておかしいだろー」
「…でしたらなおのこと、ワタシとの魂の契約は維持するべきと考えマス。ワタシが絶対服従となるのですから、ご主人様にもそちらの方が都合が良いはずデス。そしてそれをワタシ自身も望んでいマス。なにも問題はないはずデス」
────こ…こだわるなー
かたくななエレハイムに公太郎は苦笑いしか出ない。魂の契約とは、エレハイムに課せられた、例の、主人を傷つけない、主人に絶対服従、前二者に背かない限りの自己保存…というロボット三原則みたいな誓約だが、一体これのどこが絶対服従なのか。全然言うことなんか聞いてくれる素振りもないじゃないか。
…だが逆に言えば、エレハイムはそれほどまでに恐れているということだろう。居場所を失うこと、もっと端的に言うなら、職を失うことを。…うん、わかる。無職は辛いもんな。何者でもないってのはきついもんな。俺も王城で散々な目に合ったよ。
とはいえ。
「問題はあるよー」
「アリマセン」
「あるー」
「ないデス」
「大ありなんだってー!」
エレハイムとは不毛なやり取りに屈するつもりなどない。
「いいかい、エレハイムさんー。絶対服従なんてのは、たとえ雇用関係であっても、人と人が結んでいいものじゃないー…と俺は思うー。そんなのは…」
諭すように、偉そうに、そこまで言っておいてなんだが、公太郎は次につながる言葉を躊躇した。「奴隷」「そんなのは、奴隷だ」と続けてしまうのは簡単だが、それ即ち、これまでのエレハイムがそうだったと評することでもある。モノってのは、現実をあけすけに言えばいいってものではない。これまでのエレハイムの人生、その実体がどうあれ、さすがに直でいくのは気が引けるし、オブラートに包みたいところだ。…なんかないだろうか、プライドを傷つけない遠回し的ななにか。
「…奴隷、デスカ?」
「う…むむぅー…」
あれこれ考えてるうちにエレハイムに先取りされ、公太郎は気まずさに頭をかくしかなかった。
「お優しいご主人様、ワタシは奴隷ではアリマセン。かつて、父の時はそうだったかもしれませんが、今後は、お給金を頂いて働くのデスカラ」
「お父さん、お金…くれなかったんだー…」
「ハイ。そのため…実はワタシ、以前より憧れていたのデス。働いて、お給金を得るコトニ。ワタシのような死体では叶わないと思ってイマシタ」
エレハイムはささやかながら嬉しそうに、誇らしげに胸を張る。けれど彼女には悪いが、論点はそこではない。
「俺が問題に思うのは、絶対服従って部分だよー。俺はイリス様の街に、そんな不穏な雇用形態を持ち込むつもりはないー」
水を差すのは承知の上で、公太郎は明言する。
────奴隷なんか冗談じゃないっての。
さすがに面と向かって言わないが、公太郎の内心は穏やかではなかった。
幸いなことに今まで目にすることはなかったが、ここが異世界である以上、奴隷というシステムがどこかに存在する可能性は捨てきれない。だがそんな胸糞悪いものをイリスの街に入れてなるものか。
…そう決意させるのは、公太郎自身がブラック企業で奴隷に近しいものだったからだ。
というか。
「生産性が低いんだよ、そういう働き方はー」
「生産性デスカ」
「そうー。イリス様の街づくりには、全員が全力でかからなきゃ成し遂げられないー。いや、全力以上を出さなきゃだなー。時間が足りないからねー。誰かの生産性が低くなってる場合じゃないんだよー」
「ワタシは魂の契約により、100%の仕事をお約束デキマス」
「そうかもしれないー。でもそれは、どうしたって100%だー。俺たちに必要なのはそれ以上、120%とかなのー。だけど120%は絶対服従では、それこそ絶対に出せないー。やらされる仕事とやる仕事ってのはモチベーションが違うからねー」
────まあ、モチベだけの話じゃないんだが。
服従というのは「待ち」の姿勢だ。つまり「指示待ち」。生産性など上がろうはずもない。
…などともっともらしいことを並べてみたが、公太郎としては、やはり異世界くんだりでブラック企業なんてものを再現したくないだけだけであった。
────奴隷、ダメ。絶対。
最低限のルールと胸に秘め、エレハイムと向き合う。
「そういうわけでエレハイムさんー。俺は魂の契約を破棄したいって言ったけど、それは契約を結ばないってことじゃないー。ここからは新しい契約の話をしようー」
「新しい…契約…?」
「そうー。もっと対等で、条件のイイやつをだー。労使交渉をしようってことだよー。俺が出す条件に納得できなければ、エレハイムさんには上乗せを要求する権利があるー」
「ワタシの…権利…?」
耳なじみのない単語にエレハイムはしばらくフリーズしていたが、意味を理解したのか、やがて疑うような目となった。
「…話がウマすぎて、なんだか…胡散臭いデス」
「その感想はまだ早いんじゃないかなー。俺はまだ契約の内容をひとつも言ってないー」
「それは、そうデスガ…」
いまいち釈然としないというエレハイムに公太郎はひとさし指を立ててみせる。
「俺からエレハイムさんに提供できるのは、宝珠と魂の契約からの解放、それに伴う人としての自由意志の保障と尊重、そして街終身雇用ー。付属として住宅手当と食事、休日などの各種福利厚生だー」
「…自由意志とはなんデショウカ?」
「最終的に自分のことは自分で決めていいってことだよー。たとえば、どうしても事情があれば、この街を去ることができるとかー」
「そのようなことはアリエマセン」
「選択肢と選択権があるってことが重要なのさー。人が人らしく生きるためにはねー」
「ワタシは死体デスガ…」
「でも、共に生きてくれるんだろうー?」
「それは……ええ、まあ…ハイ。この体が朽ち果てるマデハ…」
エレハイムは渋々といった様子で引き下がった。彼女の自らが屍であるという謎のこだわりは、どこに端を発してるのかはわからない。おそらくは元凶の父親にモノのように扱われてきたとかそんなとこだろう。が、そんなことはどうでもいい。魂の契約の破棄を機に、エレハイムにはその自己認識からも生き返ってもらう。解放ってのは、そういうことだ。
…ともかく、今は交渉をまとめてしまおう。
「おおよその条件は以上ー。仕事内容については、俺のイメージはエレハイムさんの恩寵を生かして、皆の服を作ってもらったり、機織りをしてもらったり…ってとこだけど、詳細や給与面はラピルさんに確認してほしいー。その辺のマネジメントは彼女に一任してるからー」
「ラピルさんとは昨晩、一通り話をシマシタ」
「…そうだったねー。あとはー…」
公太郎は平静さを装いながらさりげなく続ける。一番大切なのはここからだ。
「取り出した恩寵の宝珠は、俺に譲ってほしいー」
「…今の条件と引き換えに、ということデショウカ?」
「そういうことー」
────なーにが、そういうこと、なのか。
公太郎は額に小さな汗を浮かべながら自分にツッコんだ。
白々しいにもほどがある。宝珠の価値を思えば、こんな条件がイーブンになるはずもない。自分だったら「話にならない」と席を立つ自信がある。そもそも、国が買えるなんて評される宝珠に、対等なものなど用意出来ようか。我が身でセッティングしておいてなんだが、苦しすぎる交渉だ。
だが交渉とは、相手が納得したなら、たとえどんなに一方に偏った条件であっても成立する。別に詐欺とかだまくらかすとかそういうことじゃない。どこにどれほどの価値を見出すかは相手次第だからだ。
この場合、エレハイムが己の不死性からの解放に、いくらの値段をつけてくれるかにかかっているわけだが、果たして…
「…ご主人様。ワタシはこのお話に上乗せを要求してよいとのことでしたが、間違ってないデショウカ?」
「間違ってないよー。それが交渉ってもんだー」
「では…お言葉に甘えて、一つだけ要求させてクダサイ」
「聞きましょうー」
ニコニコと営業スマイルをつくりながら、公太郎はほっと胸をなでおろした。上乗せを要求するということは、とりあえず交渉は破談にならず継続できるということだ。ひとまず難所を乗り越えた手ごたえがある。
────まあ、なにが出てくるか…なんだけど。
やや身構えた公太郎に対し、しかしエレハイムの要求は、結論から言えば、意外なものであった。
TIPS:エレハイムが自身を死体と呼ぶのは、心臓が動いておらず、食事も睡眠も必要がないから。




