伊藤公太郎はカッコがつけたい 1
「渡せるだってー?宝珠を、俺にー?」
自分で聞いておきながら、こんなにも容易く道が開けるとは思わなかった公太郎は、いかにも間抜けな猫背で棒立ちとなった。
────いや、待て待て。さすがに話が簡単すぎる。きっと、落とし穴のような…
「なにか…デメリットがあるんじゃないのかー?」
慎重を期した問いに、エレハイムはうなずき返す。
「デメリット…と呼べるほどのものかはわかりませんが、ワタシから宝珠を取りだした場合、ハムタロという人…いえ、ご主人様には一つ覚悟していただきたいことがアリマス」
「覚悟ー…」
一体何を覚悟しろというのか、公太郎はつばを飲み込んだ。しれっとご主人様呼びになったが、今はとりあえずそれはいい。
「宝珠を喪ったワタシの身体は、凍結されていた時を刻みはじめることになるデショウ」
「…んんー??」
「そうなれば、ワタシは不死性を維持することが叶わず、普通の人間と同じく、時とともに老い、やがて朽ちるのデス」
「…ちょっと頭が追いつかないんだがー、簡単に言うと、エレハイムさんが人間に戻るって聞こえるんだがー?」
公太郎のまとめに、しかしエレハイムは首を横に振った。
「そうではアリマセン。ワタシはすでに死者なのデス。肉体は同じように老いていきますが、人間とは違いマス」
「そ、そうかー…」
────なにが違うか、さっぱりわからん。
公太郎はとりあえず、うんうんと首肯してみせたが、エレハイムと生きた人間との差異などわかるはずもなかった。エレハイムが言うところ、彼女は自分の遺体に己の魂が憑依して動いているとか、なんだかよくわからない状態らしいが、それって生きてるのとなにが違うのだろう。
ともかく。
「一つ確認させてくれー。凍結されていた時が刻みだすってのは、たとえば宝珠を取りだした瞬間、急速にシワシワになっちゃったりするんだろうかー?」
公太郎が出したのは仮定の質問だったが、そんな風になるなら明確なデメリットだ。玉手箱を開けた浦島太郎のように、一気に老いてしまうとかだと、さすがにエレハイムが気の毒すぎる。
「イイエ。人間が寿命を迎えるのと同様になるデショウ」
エレハイムの否定に、公太郎はかえって困惑した。
「…すまないー、本当にわからないんだが、それのどこがデメリットで、覚悟しなければならないんだー?」
「宝珠を取ればワタシは人間のように時を刻みはじめる…それはワタシの身体が、生命活動を保つため食料を摂取せねばならないことを意味シマス。つまり、食費がかかるのデス」
「しょ、食費ー…」
「さらにワタシは適度な睡眠と休息をとらねばならないデショウ。ご主人様の要望に、即応できなくなる時があるということデス」
「適度な睡眠と休息ー…」
「最も大きな問題は、ワタシの寿命が、ご主人様より先に来るかもしれない…ということデス。そうなってしまった場合、ワタシは仕えることができなくなりマス」
「寿命ー」
食費に急速に寿命。
復唱して並べてみても、どれも当然の事柄すぎて、公太郎には「そんなこと?」程度の感想しかなかった。
…というか、なんだか腹の底に嫌な澱が湧いてくる。こんな、壊れず、不眠不休で働き続けるロボットのような存在に、娘をたらしめたエレハイムの父親に。奴隷のような誓約を課し、それで良しとした、父親に。きっと、これみよがしに彼女を使い倒したことだろう。せめて死ぬ前にでも、娘を解放してやる考えにすら至らなかったのか。
他人様の家庭事情にどうこう言うのは行儀が悪いが、どうにもやりきれない。
ならば。
「エレハイムさん、今挙げてもらったのは当然の権利ってやつだー。覚悟がいるとか、ましてデメリットなんかじゃないー。話を聞いて俺はむしろ宝珠を取りだしたいと思ったよー」
「わかりマシタ。では、宝珠を渡せとワタシに命令してクダサイ」
「…その前にー…」
エレハイムは身につけたワンピースの胸襟を開いて宝珠の摘出に備えようとしたが、公太郎が手で待ったをかける。
「俺から提案があるので聞いてほしいー」
「提案デスカ?命令ではナク?」
「提案ー」
「承知しマシタ。伺いマショウ」
無機質で希薄な表情にわずかな怪訝さを含ませたエレハイムを前に、公太郎はゆっくりと息を吸い込み、吐いた。
心を整えなければならない。これから述べることには少し勇気がいる。反発が来るだろうからだ。…特に、リュナからの。
「さっきの魂の契約、俺はそれを破棄したいー」
「「「えっ!?」」」
瞬間、予想通りというべきか、エレハイムだけでなく、推移を見守っていたリュナとゼナが絶句した。魂の契約を破棄するということは、エレハイムへの命令権を失うことを意味する。それはリュナからすれば、宝珠をあきらめると同義だ。
「…どういうことか、説明してくれるのよね?…ハムタロ?」
「も、もちろんだー」
目を見開いたリュナは、一見平静を装っているが全身がわなわなしている。大きなストレスを抱えてるのは、彼女の方向に痛いほど引っ張られてる自分の髪の毛を見るまでもない。血が滴りそうなほどぎゅっと握りしめられた拳でぶん殴られなかったのは奇跡だなと公太郎は神に感謝した。
ともかく、まずはリュナにきちんと伝えなくては。
「俺は…リュナ、君にカッコつけたいんだー!!」
「…な、なに?急になに言ってんの?」
話の筋とは脈絡のない公太郎に、リュナが不意を突かれたように目をぱちくりする。
「俺はリュナにカッコいいとこを見せたいのー!」
「だから、なによそれ。必要ないわよ、アンタ十分カッコいいじゃない。それと宝珠になんの…」
「カッコ悪いんだよ、このままじゃー!!」
食い気味に、公太郎が勢いよく両手を広げて叫ぶと、リュナは気圧されたように半歩後ずさった。
「今の状況はさ、こうなんだよー。昨日出会った女の子が、たまたま宝珠を持ってて、たまたま俺がご主人様…みたいなポジションになって、そのせいでたまたま宝珠が手に入りそう…みたいな感じというかー!!」
「そうだけど、それがなに?」
「カッコ悪いだろー!!全部、運じゃないかー。念願の宝珠を手に入れようってのに、俺はなにも苦労しちゃいないー!!」
「…そんなことないでしょう?エレハイムが生きてここにいるのは、ハムタロのおかげじゃない。アンタはちゃんとやってる。アタシは知ってるんだから」
視界の端で「ワタシは生きてマセン」とエレハイムが不満げだったが、公太郎は見なかったことにした。
「足りないんだよ、そんなんじゃー。さっきリュナは言ったよね『自分の誇りの問題だ』ってー。同じだよー。これは俺の、男の矜持の話だー。妻になってくれる人へ初めて贈るモノが、こんな簡単に、右から左へ流すように手に入ったモノなんて、俺は嫌だー!!」
「つ…妻…」
「だから俺は、まずはエレハイムさんを解放したいー。宝珠は必ず手に入れてみせるー。でも絶対服従の命令で成すんじゃない。自由意志を持った彼女とちゃんと交渉して、俺が苦労して苦心して、努力して、その上でリュナに贈りたいんだー!!」
「うぅ…くっ」
ずかずかと詰め寄る公太郎の剣幕に、額に汗したリュナが短く呻く。もしもこの場に関係のない者がいて、端から見たとすれば、さぞ滑稽な場面だったに違いない。数秒前まで圧倒的強者のはずであったリュナが、その拳の一振りで消し飛ぶだろう公太郎を前に、顔を真っ赤にしてたじたじとなっているのだから。
「い…いいわ。わかったわよ!宝珠はアンタに任せる。そこまで言うなら、見事手に入れてみせなさい、ア…アタシのために!」
「リュナー」
「でも、もし失敗したら…ひどいわよ?覚悟しときなさい、ハムタロ。アンタといえどオシオキするんだから!!」
「お仕置きってー…万一しくじっても、そんなことで許してもらえるのかー?」
意外だ、と公太郎はわずかに気が緩んだ。是が非でも、天地がひっくり返っても、リュナは宝珠を手に入れるつもりだと思っていたのに。それこそ、この場でエレハイムの心臓をえぐってやる…くらいは言いそうだと身構えていたが、許される道があるのか。まあ、お仕置きとやらの内容にもよるんだが…
…などと若干心が軽くなった公太郎に、リュナがビシッと人差し指を向ける。
「……スしてやる」
「…え、なんだってー?」
「キ…キキキ、キスしてやるから!!アンタが気絶するくらい、濃厚なの!!」
「キ、キスー!??」
「オシオキだから、泣いたってやめないわよ」
リュナは童女のように頬を染めて「フンッ」とそっぽを向いた。普通ならかわいく、嬉し恥ずかし胸キュンなワンシーンだろうに、公太郎の背中に冷や汗がドッと吹き出す。
「せ、成功したらにしてくれー…」
────し…しくじったら、死ぬヤツだ…
なんとかかんとか顔を引きつらせないようにしつつ、公太郎がしぼり出せたセリフはそのくらいだった。
TIPS:リュナが本気で呪熱を作動させれば、LV1魔法の防御など貫通する。




