夢のない現実問題への解決策は
今月はトランプと習近平の階段がある。
だが、それよりも。
シルバーウィークがある。
コンコンッ コンコンッ
控えめに扉をたたく音に誘われ、公太郎の意識が深い眠りの海から浮上しはじめた。夢を見ていた記憶はない。疲労は骨身にまとわりつき、体は鉛のように寝具に沈み込んでいる。
────まだ眠い。眠ってしまおう。
公太郎は静かに長い息を吐いた。重たいまぶたを開けるまでもなく、周囲の暗さが感じられる。まだ夜も明けてない。まだ1日をはじめるには早すぎる。眠っててもいいはずだ。
といっても、遠くで雀のさえずりのような音が聞こえるので、夜明けは近いのだろうが。
────そういえば。
雀に似た声を持つ小鳥の名前を「スズメ」だと教えてくれたのはイリスだった。異世界でも朝には同じ音が響くのだと感心したものだが、その後イリスはなんと言ったのだっけ。………ああ、たしか…「焼いて食べるとおいしい」とかだった…ような……
コンコンッ コンコンッ
そのまま眠りに落ちてしまいそうな公太郎の意識を、再びのノックが引き戻す。
────わかった、わかったよ。
公太郎は観念してベッドから転げるようにして床へと這いつくばり、壁に手をつきながらよろよろと立ち上がると自宅の玄関へと向かった。そこに誰が来ているかは想像がつく。
…あれから、エレハイムを伴った転移魔法はつつがなく成功したが、飛竜2体の質量…というか重さが関係したのか、とにもかくにも消費するマナが半端なく、公太郎はほとんど夢遊病のようにふらふらと自宅へ戻ると寝床に突っ伏していた。かろうじて歯は磨いたが、それ以外の記憶はほとんどない。皆に紹介すらできなかったエレハイムには申し訳なかったが、その辺りはリュナとグリがうまくやってくれただろう。
それにしても。
「開いてるよ~。鍵なんかかけてない~」
公太郎がドアノブをひねり、扉を開くと、しかし外の共用廊下には誰の姿もない。
「ノックなんかしなくても、勝手に入ってきていいんだぞ~、イリス~?」
あくびを噛み殺す公太郎の声に、ドアの陰からひょこっとイリスが頭だけをのぞかせた。
「おはようございます、ハムタロ。寝てました…よね?」
「ま…いや、そろそろ…起きようと思ってたとこだ~」
公太郎は「まぁな」と言いかけて吞み込んだ。ドアに隠れたままのイリスの様子が妙だったからだ。
「朝からどうした、イリス~。…まあ、とりあえず上がりなよ~」
「あ、いえ、これから皆さんの朝食の準備があるので…。それより、ハムタロは昨日から何も食べてないでしょう?お弁当を作ったので、よかったらどうぞ」
室内へ手招きする公太郎にイリスはふるふると首を振ると、ようやくドアから半身を現し、手製の弁当を取り出した。
「そういや、お腹ぺこぺこだな~。助かるよイリス、ありがと…」
礼を言いながら受け取ろうとした公太郎は、違和感の正体に気がついた。
イリスは恥ずかしそうにうつむき、もじもじしている。
それもそのはずだった。両手で弁当を差しだしたイリスは、見慣れない服に身を包んでいる。胸元に白い大きなリボン、手首周りの袖や膝下までの裾には白のフリルとレースのあしらわれた、雪のように真っ白な、かわいらしいワンピース。飾り気のない麻のローブや貫頭衣を普段着とする彼女からは想像のつかない洒落っ気だ。
「今日のイリスはすごいおしゃれさんだなー」
公太郎の一言に、こちらと目を合わせてくれないイリスがビクッと体を固くする。
「へ、変…ですよね?わたしが着ても」
「変ー?かわいいじゃないか、イリスによく似合ってるよー」
さすがの公太郎も、こんな時、何をどう言うべきくらいかは、一般常識として心得ていた。それに、それを差し引いても、事実、ワンピースはイリスの可憐さを引き立てている。
「ほ…本当ですかっ!?」
「もちろんー」
瞬間、パッと明るい表情で、ようやくイリスが顔を上げてくれた。はにかむ彼女は、率直に素直に、かわいい。合わせて、スカートから伸びる尻尾も元気よく左右にパタパタしている。こういうわかりやすいところもイリスのよいとこだ。
「よかった…ちょっと不安だったんです。わたし、こんなかわいい服、着たことないから。えへへ…ハムタロにそう言ってもらえて、うれしいなっ。これ、エレハイムが作ってくれたんですよ」
「おおー、エレハイムがー」
「服を作ってくれるって言うから、わたしは皆に暖かいのをってお願いしたんですけど、まさかこんなに良いものを仕立ててくれるなんて。この服、ヒツジの毛や綿も織り込んでてとても暖かいんです」
「そうかー、よかったなー」
「はいっ!」
元気にうなずくイリスを前に、公太郎は一安心した。どうやらエレハイムはうまく溶け込んだらしい。…いや、正味自分の服にすら頓着のない彼女のことだ。たぶん彼女なりに、馴染もうと気を使ってくれたのだろう。うまくやっていけそうでなによりだ。
それはそれとしてイリスの服が真っ白なのは、やはり色をつける手立てが無かったからだろうか。考えてみれば街には染料なんて小洒落たものなど、今はまだない。お礼も兼ねて、どこかで手に入ったら贈っておこうかな。
「ハムタロ、エレハイムって面白い人ですよね」
「…面白いー?エレハイムがー?」
「ええ、服を作ってくれる時に、隠し芸を見せてくれたんですけど、それが…ふふっ、面白くて」
「…まじでー」
公太郎は最初、「面白い」を「興味深い」というニュアンスでイリスが用いてるのかと思ったが、どうもそうではないらしい。思い出し笑いをするイリスの「面白い」はどう見ても「愉快」を指している。
────なんか想像がつかないな。
公太郎のエレハイムへの印象は、存在感が淡く薄く、透明な女性だ。そんなエレハイムに、まさかウケる芸を隠し持つ、ひょうきんな一面があったとは。
「じゃあ、わたしはそろそろ厨房に向かいますね。ハムタロ、かなり疲れてるんでしょう?お弁当は食べられるだけでいいから、今日はもうちょっとゆっくり寝ててください。…ひどい顔、してますよ?」
「…え、そうなのー!?」
「目の下が真っ黒です。あ、お弁当には干したクコの実が入ってますから、食欲が無くてもそれだけは口にしてください。いくらか疲れが取れるはずですから」
「お、おぉー、イリスは頼りになるなぁー」
「ふふっ…。では、あとは頼みましたよ、ラピル」
「………んんー??」
手を振りながら軽やかに階段を駆け下りていくイリスの言葉が、公太郎にはよく理解ができなかった。
────なんでラピル?
不思議に思いつつ玄関の扉を閉め、公太郎が振り返る。そこにラピルがいた。
「ギャアッー」
意識の外から、突如、目と鼻の先に現れたラピルに、公太郎は悲鳴をあげながらもんどおりをうちかける。
「あらあら、ハムタロ様。お弁当を落としそうでございます。食べ物を粗末にしてはいけません。なにより、イリス様のお手製でございますから」
左手は弁当箱を、右手は公太郎の腰を、ラピルは切れ味鋭い動きでサッと支えてみせた。
「び…びっくりしたー。いつからそこにいたのー!?」
────気配を消して、後ろに立たないでくれよ!!
社交ダンスの女性ダンサーのようにのけぞりながら、公太郎は抗議半分で問いかけた。これが逆のポジションであったなら、さぞロマンチックな王子様とお姫様の体勢だが、そうではないので情けないこと極まりない。
「昨日からでございます」
「え、うそー」
「嘘ではございません。ハムタロ様がひどくお疲れのご様子でしたので、イリス様とリュナ様にお伺いを立て、こうして一晩、おそばに控えておりました」
「ひ、一晩中ー?寝てないってことー!?」
「はい。ハムタロ様が倒れられれば、リュナ様もイリス様も悲しまれ、心配されますので。もちろん、わたくしも」
「そ、それは…どうもー。ありがとう…ゴザイマスー…」
ラピルの手に引かれて体勢を整えた公太郎は、別に意識したわけではないが、エレハイムのような棒読みのしゃべり方になった。
普段、ラピルはリュナと同室で暮らしている。これはラピルがリュナの世話係を自任しているためだが、そんな彼女が主人をよそに一晩寝ずの看病してくれてたと考えれば、それはもう…とてもありがたいのだけれど、反面、一晩ずっと気配を消してそばに…枕元とかにいたと想像すると、なんか若干怖い…という正直な内心がにじみ出てしまったのかもしれない。
「いいえ、わたくしも存外、楽しゅうございました。たまに…ではございますが、スヤスヤとよくお休みになるハムタロ様のお鼻をつまんでみますと、それはもう…フフッ、苦しそうで」
「やめてくれよー」
ラピルはいつものアルカイックスマイルを大きく崩さなかったが、それなりに愉快そうにくすくすと笑ってみせた。もっとも、本性を現した時と同じく瞳は昏く冷めており、どこまで本心かは読めない。
それにしても。
他人が寝ている間に、何をやっているんだろうか、このメイドは。…というか、疲れが取れてないの、絶対そのせいじゃん。
しかし。
────それなら、さっきイリスが来た時も、扉くらい開けてくれればいいのに。
…などとちょっぴり考えてしまうのは、甘えだろうか。
「イリス様はエレハイムの服を、誰よりも一番にハムタロ様へお見せしたかったのでございます」
「そ、そうかー」
口に出してもないのに、暗に「お前の甘えた考えなどお見通しだ」とラピルに切って捨てられ、公太郎はたじたじになった。けれど、イリスがそういう想いであったなら、なるほど、倒れても、這ってでも、さっきは自分で玄関を開けてよかった。
────倒れて…で思い出した。そういえば…
「俺たちがエレハイムさんのところに行く前、ガレラさんが倒れたという話は、結局どうなったんだー?」
「その件でしたら、ご心配には及びません」
「ふーんー?まあ、さっきのイリスの様子だと、深刻なことにはならなかったんだろうけどー」
「おめでたでございます」
「…い、一大事じゃないかー!!」
…などと言いつつ、両手を上げて大げさにリアクションを取ってみたものの、実のところ公太郎は、特に驚きはなかった。ガレラとその夫であるドンズには少し申し訳ないが、正直「おめでとう!!」よりも「だろうな…」の感想の方が先にくる。なんなら、イリスに第一報が入ったあの時、薄々予想がついていたくらいだ。
なぜなら。
現在、この地では団地に似た居住棟が三棟完成している。そして三棟それぞれの住人は、魔王イリスとその側近…言い換えるなら公太郎と婚約者たち、獣人、ドワーフできれいに振り分けられていた。
当初イリスは領民の融和をかかげ、異種族の入り混じる配置を試みたのだが、これは早々に断念を余儀なくされたのだ。
というのも、音と振動の問題が発生したからである。
長年にわたる不能の呪というくび木から解き放たれたドワーフたちは、もう、とにかく、毎晩ハッスルするしていた。…それはそれは激しく情熱的に絶え間なく営むのだ。もちろん団地はそれなりの防音処理がされてるものの、隣戸という距離感では、どうしたって聞こえてきてしまうのだ。声が。
振動も同様だ。ドワーフは上背がない者が多いが、誰もかれも重厚な筋肉を持つマッチョであり、小柄なお相撲さんに近い。ゆえに、体重が見た目以上にかなり重たく、そんな彼らが激しくハッスルするとどうなるか…など言わずもがなだが、揺れるのだ、棟が。ゆっさゆっさ、ぎしぎしと。比喩や誇張ではなく、震度2くらいで。
まあ、公太郎を含めた他の種族からすれば、それ自体は仕方のない部分もあるし、気持ちもわかるし、責めることでもないし…というところなのだが、さすがに獣人の戦士グルガの息子のジルガや、その妹ラファをはじめとした子供たちの教育に、ポジティブなモノはもたらさないということで、検討の結果、種族ごとで別れるのがよかろうということに収まった。
────きっと、今頃もドワーフ棟は揺れてるんだろうなぁ…
近いうちにやってくるだろうベビーブームを想像すると、公太郎は半笑いくらいしか浮かんでこない。ベビーブーム自体はいいことだが、どのようにブームになったかが目の前で展開されてるわけで、生々しくてちょっと胸焼けがする。
「人口が増えるのは良いことでございます。ですが、物事には限度があるように、行き過ぎは歓迎されることではないでしょう」
「ラピルさんも、そう思うー?」
「はい」
「だよなー。きれいごとばかりってわけにはいかないー。人が増えれば食料やお金の問題だって出てくるわけでー」
イリスの弁当を居間のコタツに置きながら、公太郎は長い息を吐いた。
我ながらなんとも夢のないことを口にして、ため息が出る。だが、現実の街は、人口を増やすことが目的の街づくりゲームとは違うのだ。産めよ増やせよ地に満ちよ…なんて無計画にいけば、将来どんなことになるか、地球で嫌ってほど目にしてきたし。
「わたくしの申し上げているのは、資金や資源のことではございません」
「…そうなのー?」
「資金は当面、わたくしが運用して計らいます。資源もイリス様の領地はほとんどが未開でございますから、開発を進めていけばよろしいかと。しかし…」
ラピルは言いにくいことを言わんとしてるのか、そこで一度間を取った。
「わたくしの力では、及ばぬこともございましょうかと」
「というとー?」
「人口比率の問題でございます」
「…ドワーフの人たちばかりが増えてしまうってことかー」
「はい」
これまた頭が痛く、夢のない話だと公太郎は眉間を押さえた。
たとえ魔王イリスが君臨していようと、ドワーフばかりが増えれば、彼らの発言権が増し、彼らの意向を反映した治世が行われやすくなる。すると、どうなるか。他種族の間には、いつもドワーフばかり…という不満が鬱積し、将来の軋轢の種となるに違いない。
ドワーフは、ドンズたちは、善性を持った人々だ。実際、夜間の営みという多少の問題はあれど、獣人たちとも極めて友好的に接してくれている。そんな彼らが、たとえ他より数が圧倒的だったとしても、他種族をないがしろにするとは思えない。なにより、イリスがそれを許さないだろう。
だがこれは、他種族がどう感じるかの話であり、感情であり、心の仕組みであり、本質であり、道理であり、人と人が形成するコミュニティーの宿命でもある。そして残念ながら、この問題に対処する正解を公太郎は持ち合わせていない。なにしろ、人類史上、これを完璧に解決した国や人物は存在しないのだから。
「完全に…とまでは申しませんが、ハムタロ様でしたら、対処は可能でございます」
「えっー!?俺がー?」
存在しないのだから(キリッ)と斜に構えてた分、ラピルが解決策をなにかしら持っているらしいことに、しかもそれに自分が関与するということに、公太郎は狼狽した。
────俺にそんなの解決できるわけないだろ。
なにをバカなと一笑に付したいところだ。賢人たちが膝を突き合わせてなお、解決に至らない人の業、根源的な問題に、自分などが答えを示せるわけがない。
…しかし。
恩寵に見通す悪魔を保持し、頭のキレるラピルであれば、人間の身では見えないものが見え、あるいは解答を導くことも可能なのだろうか…という、心の隅っこに、ちょっとした期待や興味みたいなものがあるのも確かだ。
なので。
一応、聞いてみよう。一応、ね。
「そ…それは、どんなことなんだー?」
ラピルにコタツの座布団を勧めながら、公太郎は知らず知らずゴクリとつばを飲み込む。
だが。
「失礼します」と正座したラピルの口から飛び出したのは、想像よりも至ってシンプルなものだった。
「子供をつくることでございます。ドワーフの方々にひけをとらないほど、たくさんの子供を」
「こ…子供ーっ!!??」
「リュナ様やゼナ様、わたくし。さらには、もっと他の方々……そうですね、わたくしの計算では…最低でも12660人以上の女性と…でございます」
………………………………………ただの力技じゃねぇか!!
TIPS:おまえも校長にならないか?




