転移魔法LV1
ネパールで大災害が起こったようだ。
日本は熊本で地震、千葉と能登で水害。
あまり報道されないがベネズエラとインドネシアでも大地震が起こっている。
バヌアツは火山が噴火した。
苦しむ人たちに対して何もできないけど、想いは馳せている。
「再生魔法LV1ー…並列起動ー」
魔法をイメージして唱えると公太郎の五指に暖かい光が灯った。
────…できるだろうか、傷はかなり深いが…
嵐はとうに過ぎ去ったようだ。空を覆っていた厚い雲からは、光の階が幾本も降りている。
今、公太郎はエレハイムの結界の外で控えさせていた飛竜に魔法で治療を施そうとしていた。結界との接触で片翼を失った飛竜は、致命的な墜落こそ免れたものの、このままでは二度と空へ飛び立つことはできないだろう。失われた飛竜の翼の再生を試みなければならない。
だが、公太郎は自分がこれからやろうと考えていることのあまりの現実感の無さに、成功するビジョンを持てずにいた。死者すら蘇生する魔法があるのだ、やってやれないことはないはず…と思いはするが、翼はほとんど根元から消し飛んでいる。こんな傷が元に戻るなら、それこそ魔法のような出来事だ。
「グムムムムムルルルルゥゥ…」
「動かないでくれー、魔法をかける位置がずれちまうー」
公太郎の自信の無さを嗅ぎ取った飛竜が、ぬかるんだ地に伏せた体勢からムズがるように唸る。落ち着くよう呼びかけてみるも、あまり効果はなかった。大人を二人乗せて軽々と飛べるほどの体躯が小刻みに震えている。やはり痛いのだ。いつ暴れ出してもおかしくない気配を感じる。当然だろう、人間なら四肢をもがれたようなものだから。
しかし。
「大丈夫よ、心を静めて。…そうね、痛いでしょう。でも、安心なさい。ええ、そう。きっとハムタロがなんとかしてくれるわ。ええ、ええ、信じて。我慢できる?…いいコね」
リュナがそっと寄り添い頭をなでると、飛竜はまぶたを閉じ、自らの尻尾を口にくわえた。舌をかまないようにするため、引いてはどんな激痛にも耐えるという覚悟の現れだ。
「…ハムタロ、お願い」
「ああー。ありがとう、リュナー」
リュナにうなずきながら公太郎も覚悟を決めた。「できるかな?」などと甘えた考えは捨てる。「やる」のだ。信頼には結果で応えねば。
ただ、いずれにせよ飛竜は激痛に襲われることになる。翼の再生とはつまり、失われた骨が伸び、肉が覆うこと。爪や髪が伸びるのとは話が違う。子供の成長痛を何百倍にも煮詰めて凝縮したような痛みがくるのは容易に想像がつく。
「鎮痛魔法LV1ー」
公太郎は先に麻酔をかけてやることにした。どこまで効果が期待できるかはわからないが、無いよりはマシってものだ。
「はじめるぞー、たぶん…かなり痛いー。暴れるかもー」
「わかったわ。アタシが押さえてるから、やって」
「頼むー」
意を決した公太郎が再生魔法を叩きこんだ瞬間、飛竜のつんざくような絶叫が辺りへこだました。
「────治ったのデスカ?」
淡々とした相好自体は大きく崩さなかったが、エレハイムが信じられないと目を丸くする。
「なんとかなー。相当負担をかけてしまったがー」
公太郎のそばでは治療を終えた飛竜がぐったりと地に丸まっていた。精も根も尽き果てたという様相であったが、その背中には新たなる翼が生えている。
ただ…見事な仕事とは言えなかった。新しい翼はもう片方と比べて小ぶりでいびつだ。言うなれば、幼体の未成熟な翼といったところか。これを一対の翼と表現するのは無理がある。
────とても人を乗せて飛べる状態じゃないよなぁ…それどころか、自力で飛べすらしないかも…
想定したようにはうまくいかず、公太郎は苦々しい気分でこめかみを押さえた。LV1魔法の限界なのか、そもそも失った体の一部を再生すること自体に無理があるのか、これでも十分良しとするべきか、言い訳や自分を慰める言葉はいくらでも思い浮かぶものの、力不足がなんともやるせない。
「上出来よ。翼はいずれ元に戻るでしょう。ハムタロの魔法が無かったら、そのいずれすらないんだから。ほらっ」
バンッと音を立ててリュナが公太郎の背中を勢いよく叩く。「元気を出せ」と言ってるのはわかるが、その威力に公太郎はつんのめりそうになった。
「いてっー。リュナー…強いよー」
「あら?そう?悪いわね、アタシちょっと浮かれてるかも」
「浮かれてるー?」
きっと真っ赤になってるだろう背中をさする公太郎に、リュナはニコニコと上機嫌な笑顔を振りまく。
「だって、宝珠がもうすぐ手に入るんだから。まさか、こんなに早く見つかるなんてね」
「…ああ、そうだなー。たしかにー」
合点がいって公太郎もうなずいた。恩寵の宝珠をどう取り出すかは定かではなくとも、現物が手の届くところにあるというのは僥倖としか言いようがない。しかも素人判断でもエレハイムの宝珠の性能は破格だ。
それにしても。
公太郎がちらりと見やると、エレハイムは自身の結界が翼を吹き飛ばした飛竜に対し、深々とお辞儀をするところであった。
「申し訳アリマセン、飛竜サン。ワタシの意図するところではなかったのですが、さぞ痛い思いをされたことデショウ」
エレハイムの謝罪に飛竜はまぶたを開いて彼女を見上げたが、興味もなさそうに鼻息をふっと吹くだけだった。飛竜は人語を解するため、意味は伝わっていようが、疲れ果ててそれどころではないという雰囲気を言外に感じる。「いいから、ほっといてくれ」ということだろう。
「しかし、ずいぶんとバッサリいったなー」
「…髪デスカ?ハイ、あの長さでは重たくて歩けませんカラ」
「うん、そりゃそうだー。スッキリしていい感じじゃないかー」
公太郎の感想にエレハイムがその場でくるりと一回転してみせる。下手すればキロメートル単位の長尺な髪は、背中の真ん中あたりでスパっと切りそろえられていた。それでも一般的には十分長いが、エレハイムにしてはかなり短く見える。
「切った髪は小分けにして魔法鞄にしまっておいたぞ」
「ありがとうグリちゃんー」
「美しい髪だ、捨ててしまうには惜しい。織れば良い布となる。グリもそろそろ、なにか着飾りたいと思っていたところだ」
鞄の整理で遅れてやってきたグリが、束ねたエレハイムの髪をひと房取り出した。
そのひと房でどれくらいの大きさの布が織れるか想像もつかないけれど、きっとイリスたちは喜んでくれるだろう。普通であれば人毛で織られた布…という字面のインパクトにゾッとくるものがないわけでもないが、エレハイムが身につけた服の上質な質感からすれば些末なことだ。…というか、それよりも気がかりなことがある。
────果たして…エレハイムは、「履いている」のだろうか。
服を着ることすらムダと切り捨てていたので、なんだかすっごく「履いてない」気がするのだが、あえて聞くわけにもいかないので、公太郎は考えるのをやめた。
「…それでハムタロ、帰りはどうするのだ?この飛竜で飛ぶのか?」
「うーん、さすがに厳しいだろうー」
グリの問いかけに公太郎はかぶりを振る。この飛竜の有様では酷というものだ。たとえ飛べたとしても、イリスの街まで持つまい。
「アタシが無事だった飛竜で一旦戻ってイリスを連れてくるわ。そしたら、転移魔法を使ってもらえばいいでしょう?」
「…そうか、転移魔法かー」
リュナの提案に公太郎の脳内でピンと閃くものがあった。
「ありがとう、リュナー。その方法は俺の思い付きがうまくいかなかったらお願いするよー」
「思い付きですって?」
「ああー。たぶん、できると思うんだけどー。皆、ちょっと俺のとこに固まってくれー」
言いながら公太郎は治療した飛竜のところに立つ。それから三人に向けて手招きをすると、公太郎の周りに飛竜を含めた全員が集まってきた。
────あれ?
少々の違和感。自分で集めといてなんだが、公太郎は1ミリの波風もたたずひと塊になったことを意外に思った。リュナやグリはともかく、エレハイムはまた「近くによると妊娠する」とかなんとかでぐずるのではと憂慮したのだけれど、意外なほど素直に従ってくれている。
「…なんデスカ?」
きょとんとした公太郎と目が合い、エレハイムが口を開いた。
「いや、近づいても気にならないのかなー、と思っただけだー」
「気にならないわけではアリマセン。ですが、ワタシはあなたとイキマスと言ったはずデス」
「まあ、そうなんだけどもー」
「それに、お給金が出る…ということデスノデ」
「給金かー」
給金…給料のためなら多少のことには目をつぶる。異世界と言えど、人はおちんぎんが大好きということだ。妊娠する(するわけないけど)ほどのことが、多少のことなのかどうかはともかく。
「よし、じゃあやるぞー。転移魔法LV1ー!!」
魔法の発動を意識した瞬間、体内のマナがごっそりと消しとんだ感覚がくる。
────けど、マナが消失したってことは、この魔法が使えるってことだ!!
「えっ…ハムタロ…アンタいつの間に転移魔法を覚えたの!?」
周囲を覆いだした魔法の発動光にリュナが目を見開いた。
「覚えたわけじゃないー。もしかしたら転移魔法も特殊魔法じゃないかと思っただけだよー」
使えるかな?くらいの感覚で試したことがうまくいっただけで驚かれると、なんだか照れてしまう。だがそれで多少口元が緩むことはあっても、天狗になることはない。
実のところ、公太郎は必要以上の恩寵の探求を避けてきた。
────LV1全魔法はレベルの存在しない解呪のような特殊魔法であれば、どんな高等魔法であれど十全に扱うことができる。
ドワーフたちの解呪の際に恩寵の秘めた可能性に気づいたが、LV1全魔法は、そう気安く考えていい種類の能力ではないからだ。
普通の魔法の範囲であれば、できることはたかが知れている。…というか、さすがLV1相当で、正直しょっぱい。しかし…たとえば、もしも即死魔法なんてものがあって、それが特殊魔法であったなら、自分は正気とモラルを保てるだろうか…と公太郎は自問する。意のままにわがままに、気に入らない程度の相手に向かって、自分は力を振るわないと誓えるだろうか。
────やはり空恐ろしい能力だな。自戒しないと…
公太郎は無意識に唇を舐めた。
アニメ、小説、マンガ、映画、ゲーム、様々な作品で言われる「大きな力には大きな責任が伴う」という台詞が、今、確かな質量を持って自分の両肩に乗っかっている気がする。
ともかく。
「これは、選択画面かー?」
転移魔法を発動するにあたり、公太郎の前にはリレキショで目にするような情報端末の小窓に似た画面が開いていた。そこには…
・王都
・イリスの村
・グリモアの塒
・ドワーフの地下城塞
・イリスの街
…という5つの場所が表示されている。
「どれも俺が行ったことのある場所だー。ここに直接飛べるってことかなー?」
たしかイリスの転移魔法は、あらかじめ決められたポイントに飛ぶ、ゲームのファストトラベルのようだったはず。しかし、これが本当に任意の場所に飛べるなら、ドラクエの移動呪文のルーラだ。同じ転移魔法のはずなのに、ずいぶんと使い勝手が違う気がするが…どうなってんの?
王都だのイリスの村だの、やけにふわっとしてるというか、少なくとも王都には本来の正式名称があるだろうに表示されてないのは自分が知らないからか。
「まあ、いいやー。とりあえずやってみなきゃわからんー。失敗したら、笑ってくれー。転移先はイリスの街ー!!」
唱えた瞬間、公太郎たちの体が、目も眩むほどに輝度を増した魔法光に包まれた。
TIPS:正解は「履いてない」




