エレハイム 5
レントゲンを撮ると、なんだかがっかりする。
自分にも他人と同じような内臓と骨が入ってるだけで、なにもおもしろくないから。
なんかこう、心臓が2つあるとかしてほしい。
「ワタシは間違いなく、壊れることを望んでイマス。改めてほしい認識は、そこではアリマセン」
淡々としたエレハイムのしゃべり方は、末尾が変に堅苦しく、独特のイントネーションがあるが、声は不思議とよく通る。
「ワタシは、穏やかな終わりを望んでイマス。静かな…たとえば、眠って、もう目が覚めないとかであるなら、今日でも構わナイ。手段の問題なのデス。斬られたり、刺されたり、痛いとか、苦しいとか、怖いとか、そんな壊れ方は”ヤ”なのデス」
胸の宝珠をかばうように両腕で己の体をかき抱いたエレハイムの周囲を、滞留する髪が外側から包みはじめた。やがて防御の繭となるだろうそれは、今はまだ密度が薄く、きらきらと光を反射させ、エレハイムを幻想的に照らしている。
「魔界の、グリモアさんの領域にいるのもそのためデス。粘性を感じるほど濃密な魔素の漂うここでなら、ワタシは穏やかに、ゆっくりと、眠るように壊れていけるはずデシタ。ワタシの胸の”無窮の泉”は空気中の魔素を取り込み、体内でマナとシマス。たとえそれが、ワタシの器を超えて、あふれ、マナへと転換しきれなくなった魔素が、いずれワタシを蝕みはじめても、止まることはアリマセン。そうしてワタシの体は腐り、朽ちていくはずだったのデス」
────腐り…って、そりゃ、言うほど穏やかな最期なのか?
公太郎はどこか引っかかるような疑問を感じた。…ぶっちゃけ、エレハイムの本心はどうあれ、彼女の言うところの「穏やかな終わり」を望む気持ちは、一個人としてならわからなくもない。
畢竟人間というのは、いずれ誰しも、穏やかな終わりへたどり着くことを目的として生きるようになる…などと知った風を気取るつもりはないが、公太郎自身、ブラック企業のノルマと業務に追われる中で、夜の眠りにつく際、このままもう目覚めなければいいのにと思ったことは、正直に言うなら幾度かはある。
もちろん、この世界に来て、イリスたちと出会ってからは、そんなことを考えたことはない。が、この世の中、そういう気持ちになる人がいるというのは、個々の事情にもよれど一定程度の理解できる。
ただ、手段として生きながらに腐るのを望むのは理解できない。エレハイムが生きてるかどうかは置いといて。
「しかしワタシは今、困ってイマス。ワタシを朽ちさせるはずだったグリモアさんの魔素は日に日に薄くなり、ワタシの体はどんどん健康になってしまっているのデスカラ」
「だからアタシが手を貸してあげようってんのよ。目いっぱいの感謝をなさい」
「…あなたは話を聞かないタイプのようデスネ、名前を覚えなくていいリュナ?」
呆れ顔のエレハイムが小さくため息をつく。ほとんど棒立ちのエレハイムと無造作に戦斧を担いだリュナの彼我の距離はすでに互いの射程距離内だ。
「聞いてたわよ。安心なさい、アンタの望む、穏やかな終わりを与えてあげる。一瞬よ。痛みを感じる間もないわ」
「そのことではアリマセン。ワタシの絶対防御は先代グリモアさんクラスでないと破れナイ。破れなければ、自動の反撃であなたが傷つくだけデス。ムダなことは、お止めナサイ」
「あら、アタシたちがどうやって結界に入ってきたのか、忘れたのかしら」
リュナが視線で促した先には、彼女がぶち開けた穴がまだ修復されずに開いている。
「一つ二つの枝葉を手折った程度で、己に大樹の幹を切り倒す力があると勘違いするほど、あなたは愚かなのデスカ?」
「…さあ?…やってみれば、はっきりするんじゃないかしら」
やれやれと皮肉めいた例えを使うエレハイムに対し、戦斧を振りかぶったリュナが酷薄に嗤う。時間は一杯だった。二人から数歩離れた位置ではグリが腰を落とし、手刀を構えている。場の空気が冷たく凍り、緊張した。
あとはきっかけを待つのみである。雷が奔る、雨水が撥ねる、種類は何でもいい。きっかけが戦闘の開始を告げる鐘となるだろう。そして────
「心臓から取り出した宝珠はー、果たしてー…使えるんだろうかー?」
公太郎の間抜けなほど間延びしたつぶやきは、しかし、はじまりのゴングとはならなかった。
「……どういうことかしら、ハムタロ?」
「いやー、素朴なー、疑問なんだがー…」
あえて必要以上にゆっくりと言葉を続けながら、目論見通りのリュナの反応に公太郎の目が光る。
────なんとか食いついてくれたみたいだ。
公太郎は内心、胸をなでおろした。斧は上段に構えたままではあるが、リュナの気勢がわずかに削がれている。ギリギリだった。思いついたのは、実利と功利。今のリュナに情で訴える方向が見込みがないなら、論理で話を聞いてもらうしかない。
…といっても、こんな短時間できちんと組み立てたものなど無いから、だましだましその場で考えながらしゃべるしかないが。
「エレハイムさんの胸の宝珠は、現在、ちゃんと効果を発揮してるー。俺が思うに…宝珠はエレハイムさんに所有権があるってことじゃないんだろうかー」
「所有権…宝珠にはそんなものがあるのかしら?」
「いやまあ…所有権ってのは、イメージだー。言葉として正しいかは微妙だなー。でも宝珠を使った俺の実感として、近しいものがあるとは思うー」
「…よく、わからないわ。それがどうしたの?」
「慎重に事を進めたほうがいいってことだよ、リュナー。宝珠は貴重だ、失敗したら次はいつになるかわからないー。所有権みたいなもの…面倒だから仮で『所有権』と呼んじゃうけれど、それを解除しないまま心臓から取り出しても、肝心の宝珠の力はエレハイムさんの体に残るはずだー。そうなったら宝珠は意味のない石っころになっちまうだろうー」
公太郎の展開した論理は単純だった。重要なのは宝珠ではなく、そこに秘められた力。恩恵を受けられるのは、宝珠ひとつにつき一人だけという理屈である。なぜなら、宝珠が使いまわせるのであれば、この世界でそれほど価値を維持しているはずがないのだから。
実際、公太郎には「LV1全魔法」という恩寵が、すでに自身の奥深いところに根付き、不可分となっている感覚がある。あの日、イリスの手によって飲んだ宝珠は、投与された薬のように、溶けて血流に乗り、体の一部となったのだ。だからたとえこの身が八つ裂きにされようとも、もはや誰かが「LV1全魔法」を得ることはないだろう。
しかし。
────心臓から宝珠を取り出したら、普通に…使えちゃうんだろうなぁ…
実のところ、公太郎の頭の中は、口八丁で並べた論理とは真逆の結論に至っていた。その根拠もまた、単純である。
十中八九、宝珠の力の所有権など、エレハイムは持っていない。なぜなら、エレハイムは現在、二つの恩寵を有するチート状態だからである。
これは恩寵の宝珠の特性を考えると、ありえない。
宝珠は使用者の恩寵を上書きするものだ。だが、エレハイムは現時点で、胸の宝珠の「無窮の泉」、そして、名称はわからないが髪を操るものを併用している。言わずもがな、後者がエレハイムの元々の恩寵であり、それが生きているということは、宝珠が彼女に正しく作用してないと意味するわけで、おそらく取り出すことも可能なはずだ。
────…まあ、全部、推論なんだが…
内心そう思いつつも、公太郎は営業モードへ心を入れ替え、表情をきちっと整えた。己すら自信の持てない論理など、気を抜けばたやすく見抜かれてしまうはずだ。
…けれども。
「ふぅん?所有権…ねぇ?」
「しょ…所有権ですー…」
ジト目になったリュナの反応に、公太郎は早くも目論見の失敗を確信した。賢しいリュナのことだ、全部お見通しに違いない。
「まぁ、いいわ。ここは経験者のハムタロに従っとく。たしかに失敗するわけにはいかないし、慎重さは必要だもの。グリちゃんもそれでいい?」
「…ああ。グリは手法にこだわりはない。宝珠を取り出せるならそれでかまわん」
だが公太郎が内憂したにもかかわらず、リュナは意外なほどあっさりと矛を収めた。同時にグリも貫手の構えを解く。
「立ててくれた」のだと公太郎は直感した。二人とも手っ取り早い方法より、自分の気持ちを優先してくれたのだ。
「とはいえ…だ、ハムタロ。他に具体的な策はあるのか?」
「いや…策、みたいなものはまだだー」
とりあえずの停戦で、その場にあぐらをかいたグリに公太郎は首を横に振る。具体的な策や案など、今の段階であろうはずもない。なにしろ、事情がろくすっぽわからないのだ。
「まずは状況を把握したいー。特に、なぜ心臓に宝珠が埋められたのか、誰がどうやって埋めたのかだー。まあ、話の流れ的に、埋めたのはエレハイムさんのお父さんなのだろうけど、なんでそんなことができたのか、その辺りを詳しく聞かせてくれないだろうかー?」
「父…デスカ」
話を振られたエレハイムも、絶対防御の繭を解除し、元の岩に腰かけなおす。
「ワタシの父は錬金術師デシタ」
「れ、錬金術師ー…!?」
錬金術師。昨今の創作物ではポピュラーだが、まさか現実において大真面目なトーンで「父は錬金術師」などという文字列を耳にする日が来ようとは。なんだかちょっとした感動すら覚える。
…まあ、魔族や魔獣が闊歩し、魔法がある世界なのだから、錬金術師の一人や二人、今さら珍しいものでもないのかもしれないが。
「錬金術ってのは、あれかなー?鉛を金にするみたいなのー?」
「ハイ。より正しくは、鉛を金に変え、どんな傷をも治し、その究極は新しい生命すら創造する秘薬の探求、いわゆる…神の領域を目指すための学問デス」
「おおー!!」
期待通りの答えに、公太郎は瞠目した。どうやら錬金術というのは、世界が変われど、主たる目標は同じところとするようだ。
元の世界だと錬金術は化学と科学の発展に大きく寄与したものの、最終的には失敗に終わった…と見せかけて、現代では技術の発達により、どこぞの大学が金の生成に成功したらしいが、この世界ではどうなのだろう。魔法が存在するここであれば、あるいはモノになってるのだろうか。そう考えると、妙にテンションが高まってくる。
「ワタシの父は、その神の領域に足を踏み入れた天才デシタ」
「踏み入れた…ということは、まさかー!?」
「そのあたりの石を金へと変えることなど、父は3年で至ったそうデス。歴史上、どれほどの時間を探求に捧げた者であっても、これを成したのは父以外におりまセン」
「うおおおおおおおおー!!!」
「それゆえ、父は自他ともに認める、まごうことなき不世出の錬金術師であり…」
「うおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!」
「人間のクズ、デシタ」
「…………んー?」
────…なんか話が怪しくなってきたな。
TIPS:エレハイムの元々の恩寵は髪を操るもの。名前は「ラブ・デラックス」。今つけた。




