エレハイム 4
次のサッカー日本代表は誰がいいのか。決まらず、森保玄監督がしばらく続投するらしい。
個人的には日本人から選ぶなら大岩さんか、鬼木さんか、習近平さんの三択。
外国人なら…誰がいいかはわからないな。
有名どころは年棒が高いし、お金がね。
JFAって監督に割けるお金、なんでこんなにないんだろ。
まあ、高い人は1年で何十億とかになるから仕方ないか。
「オ…恩寵の宝珠…ですって!?」
心臓に宝珠が埋め込まれている…とのエレハイムの告白に、最初に反応したのはリュナだった。
「はい、ワタシの心臓にはたしかに宝珠が埋まってイマス」
「じょ…冗談…でしょ?」
「嘘ではアリマセン。ご覧になりマスカ?」
恥じらいや躊躇いなどハナからないように、エレハイムはワンピースの胸元を広げ、胸の谷間をあらわにしてみせた。…が、エレハイムの胸部に否応なく注目した公太郎たちの頭の上に、そろってハテナが浮かんだ。
白磁の肌とそこに連なる豊かな双房の半分がまろび出はしたものの、特段の変哲はないと言ってしまえば失礼だが、何を「ご覧になればいい」のかわからない光景が広がっている。もっと端的に言うならば、ただ、エレハイムの少女のような容姿には不相応なほど、ありがたく立派なボインちゃんが、こんにちはしてるだけであった。
しかし。
「…これでは見えまセンネ。こうすれば…どうデショウ?」
エレハイムは自分の乳房をわしづかむと、胸の谷間のその奥を開帳してみせる。途端、公太郎たちは声も出なくなった。エレハイムの胸部の深奥、そこには半円にも満たない小さな球体の頭が、虹色に光を反射しながら埋め込まれているではないか。
「ま…マジかよー…。マジで恩寵の宝珠じゃないかー…」
公太郎は目を丸くした。この世界に来た初日、冒険者ギルドでイリスが取り出した宝珠とそっくりだ。ちょうどウルトラマンのカラータイマーのように宝珠がエレハイムの胸に埋まっている。
「本物…なの?」
「あ、ああー、たぶんー…いや、正直なところはわからんー。イリスが持ってたのと同じようには見えるんだがー…」
リュナの問いかけに、公太郎ははっきりとは答えられなかった。宝珠の全体像が見えているわけではないので確信がない。おそらくは間違いないと思うけれど、宝珠の価値を考えると、そう易々と目にする機会があるだろうか。まして、呪われた恩寵に苦しむリュナに、宝珠を誰よりも欲してるであろう彼女に、あとで「やっぱり違いました」などと言えるはずもないのだ。
「本物だ。母上の手がけた宝珠であるゆえ、あれに秘められた恩寵もグリにはわかる」
だが公太郎とは違い、グリは明確に断言してみせた。
「曰く、”無窮の泉”。大気に漂う魔素を取り込み、無限のマナを生成するもの。エレハイムの不死なる体、そして髪の結界と自動防御は、あの宝珠が生み出す、絶えないマナを根源としている。そのやっかいさは、今しがた目にしたとおりだ」
「…なん…てことなの…。まさか…こんな形で、見つかる…なんて…」
グリの口にした詳細は、しかしリュナの耳には届いていない。息をすることすら忘れたリュナは、エレハイムの胸元へと釘付けになっている。
「…グリちゃんは、エレハイムを殺したいのよね?」
やがて、確かめるようにリュナがつぶやいた。その声のトーンは普段より低く剣呑で、なにかを思い詰める彼女の様子と併せて、やにわに公太郎の心をざわつかせだす。
「殺したいわけではない。望まぬ不死となったエレハイムが憐れなだけだ。アレの心臓から、埋められた宝珠を抉り出し、とうに死した人間として、せめて…然るべき場所、在るべき冥府へと送ってやりたい」
「エレハイム自身もそれを望んでいる…?」
「然り。そうでなければ、このような魔界の奥深くにいるものか。…だが、何が言いたい、リュナ?」
「アタシがやるわ。その役目」
言うや否や、リュナは手にしていた戦斧を手元で回転させて構え直し、背中から二対の悪魔の翼を展開した。瞬間、リュナの体から凄まじい闘気の奔流があふだす。隠す気のない殺気を孕んだ闘気は大気をかき乱し、彼女の髪を、纏ったコートを逆巻いた。
「リュ…リュナーッ!!おいー、落ち着けよー!!」
リュナから吹き荒れる嵐の圧にたたらを踏みながら、公太郎はなんとか両腕を伸ばした体で進路を遮る。完全に戦闘態勢となったリュナの前に出るのは足がすくむが、話の流れからこうなるかもしれないと嫌な予感がしたので、かろうじて動くことができた。
「どいて、ハムタロ。エレハイムを殺して宝珠を手に入れるわ」
「ころーっ!?」
邪魔となった公太郎を上目で見据えるリュナの想いは、公太郎の思った通り、残念ながら平和的なものではなかった。彼女の瞳は危険な決意に満ちており、聞く耳も持ってくれそうにはない。
それでも公太郎はリュナに、もちろグリにも、誰かを殺すなど、不用意にそんなことをしてほしくなかった。
ここは人間と魔族が争い、魔物がそこらを徘徊する世界だ。暴力へのタガが緩い以上、生命のやり取りを避けて通れぬ時もあるだろう。それでも、敵でもない者を、おいそれと安易に殺すなど受け入れられようか。
「まてまて、待ってくれー!殺すなんて、そんな…簡単に決めちゃだめだー。まだ話すらしてないじゃないかー!まずはエレハイムさんの事情を…」
「時間の無駄よ。いいじゃない、本人も望んでるんでしょ?」
「いいわけないだろー!!俺はリュナにそんなこ────ッ!?」
言い終わるより先に、公太郎の目の前からリュナの姿が煙のごとくかき消える。ハッとして振り向くと、リュナはすでにエレハイムへ向けて歩いていた。公太郎自身はまったく知覚できなかったが、おそらく、彼女は公太郎の体のバリケードなど意にも介さず、風のように横をすり抜けたのだろう。
「リュ…リュナー!!」
「わかってるわよ、ハムタロの言いたいことくらい、大体は。アンタ、優しいから」
「えっー…」
「ハムタロの優しさや善性、道理や筋を通そうとするところ、とても好きよ。尊いわ。でもアタシは、このチャンスを、この忌々しい呪熱を捨てる機会を逃すつもりはないの。アタシはアンタさえ手に入ればそれでいい。アンタと触れ合えるなら、なんだってする。そういう…自分勝手な女なの、アタシは。だってアタシ────」
戦斧を担いだリュナは肩越しに振り返ると、優しくにっこり微笑んだ。
「悪魔だもの」
名画に描かれた聖母にも似た、慈愛すら思わせるリュナの笑みに、公太郎は背筋がゾッとした。
────本気だ。リュナは本気でエレハイムを殺す気なんだ。
わかってはいたが、翻意を促す言葉などリュナにはまったく届かなかった。だからといって身を挺して妨げてみても、達人である彼女の前ではつまづく小石ほどの意味もなさない。
どうにか止めなくては。…しかし、どうやって?
もはや、殺すか殺さないかの段階はとうに過ぎている。今、リュナの頭の中は、エレハイムをどう殺すのか、まずは首を刎ねるのか、あるいは心臓を直で抉るのか、そういうことで占められているのだ。
だが、リュナが少女を手にかけるところなど、そんな光景、やはり絶対見たくはない。そんな残酷なこと、絶対にさせたくはない。たとえ、エレハイムの正体が、すでに命の燃え尽きた、動く死体であっても。
「待て、リュナ」
具体的な名案が浮かばず手づまりな公太郎に代わり、グリが制止をかけた。
「エレハイムの始末はグリの役目だ。手を出してくれるな」
「邪魔をするつもりはないわ。アタシは少し、力を貸すだけ」
グリの呼びかけに一応リュナは歩みを止め、肩をすくめてみせる。
「いらぬ。もしもエレハイムの恩寵の宝珠の行き先を案じているならば、無用だ。グリは宝珠など興味がない。抉った宝珠は、リュナが喰えばよい」
「自分の手でやりたいって、その意気込みは買うけれど、グリちゃんにはエレハイムの絶対防御を崩す算段があるのかしら」
「ない。今は、まだ…な。だがいずれ、グリが成長し、大きくなった時、必ず成し遂げてみせよう」
「ダメよ。グリちゃんならきっとできるだろうけど、それはダメ。待ってられないわ。アタシたちの時間感覚で考えてたら、成し遂げる前にハムタロの寿命が来ちゃうもの」
「む…それはそうだが…」
「なら、こうしましょう。アタシがエレハイムの防御に穴をあける。そこをグリちゃんが貫く。…どう?それくらいならいいんじゃない?」
「しかし、グリ自らの手だけで成さねば、竜の名誉が…」
「あら、目的のために仲間と力を合わせるのは、れっきとした手段よ。恥とは呼ばないわ。かの勇者ナユタだって仲間と共に大魔王に挑んだでしょう?」
「…むぅ、そうか。なるほど…言われてみれば、たしかに。ナユタほどの者がそうであるなら、そういうものか。」
「そうよ、決まりね」
母親と同格と認めるナユタを引き合いに出されるとグリも弱い。
────おいおい、どうすんの…これ。
公太郎は内心、頭を抱えた。結局、グリもまたリュナを止めるには至らず…というか、至ればそれはそれで、手を下すのがグリになるというだけだし、さらに共同作業となると、二人の手が血に染まるわけで、事態はさらに悪化の方向へと進みはじめている。
このままではエレハイムは破壊されるか、良くて攻防均衡の膠着状態だ。
────そもそも、エレハイムさんの本心は、破壊を望んでるとは思えないんだよな…
公太郎は打開策を得るため、顎を撫でながらここまでの一連のやり取りを反芻し、微妙な違和感を感じ取っていた。…といっても、大した話ではない。曰く、エレハイムが本気で己の破壊を望んでいるなら、もっとやりようがあるだろという根本的な疑問である。それこそ先ほど本人が口にした、絶対防御をものともしない成竜、先代グリモアに会いに行けば、易々と叶えてくれたろうに。
ともかく、もしもエレハイムが本当は己の破壊を望んでないとするなら、リュナとグリは大きなお世話をしていることになる。このまま戦闘となれば、エレハイムとの敵対関係は決定的になり、とてもイリスの街のために協力をあおぐ関係性ではなくなってしまうだろう。それはまずい。
ならば、この仮説を講じれば、二人を止めることができるだろうか。
………無理だな。特に、リュナが。
「…というわけで、話の腰を折ってしまって悪かったわね、エレハイム。代わりにアンタの希望はアタシが叶えてあげる」
「ワタシの希望、デスカ…」
公太郎が思案に暮れる中、膨張した攻撃性を隠しもしないリュナが間合いへと近づくにつれ、エレハイムは嘆息混じりに立ち上がった。同時に、エレハイムの髪がゆらりと波打ちながら、彼女の周りを漂いはじめる。
「先ほど、二代目さんには2点、認識を改めてほしいと言いマシタガ、名前を覚えなくていいリュナ、アナタも同じようデスネ」
「認識?アンタが実は、壊されたくないと思ってることかしら?」
煽るようなリュナの一言に、公太郎がむせた。
「…気づいてたのか、リュナー」
「ええ、もちろん。だって本気なら、こんなとこでいつまでも座ってるわけがないじゃない」
「う、そ…そうだよなー…」
さらりと言い放つリュナに、公太郎は苦笑いするしかない。
「グリも同意見だ。しかしそれでは、エレハイムの魂と体は永遠にこの地を彷徨う。人の身で憐れに過ぎる、終わらせてやりたい」
さらに続いてグリも当然だとうなずく。
立つ瀬がないとはこのことだ。公太郎は額に冷や汗を浮かべながら真っ赤になった。
なにが「リュナとグリは大きなお世話をしている」なのか。自分だけがエレハイムを理解してるような風を吹かせて、赤っ恥もいいとこだ。…まあ、それを口にしてなかったことは、せめてもの救いか。
それはそれとして、二人とも分かった上での行動だというのであれば、やはりこの線で戦闘を避けることはできそうにない。
早急に対策を考えねば。…だが、どうやって…?
TIPS:エレハイムが身の上を語る回のはずだったのに、宝珠を見たリュナが本気になってしまった。




