謎の女 1
石油危機を受け、中国では電気自動車の販売が伸びているらしい。
気がつけば日本でもまあまあテスラ車を見かけるようになってきた。
とはいえ電気自動車にはやはりバッテリーの充電問題が付きまとっている。
しかしちょっと思うのだが、我々が考えてた未来の電気自動車というのは、今流通しているような感じではなかった気がするのだが。
もっとこう、屋根にソーラーパネルがついてて、日中の太陽光で充電され、夜間はそれを利用して走る…みたいなものではなかったか。それなら充電に何時間かかろうと大した問題ではないはずだ。
正直、昨今話題の自動運転の開発へ注力するより、そちらを先に実現させてほしい。
…と、習近平が言ってた。
「エレハイムだな、その女。まだ…この地にあったか」
食事の後、団地に割り当てられた公太郎宅のコタツにて、革張りの分厚い本になにやら一生懸命書きこんでいたグリがはっきり断言した。
「知ってるのかー、グリちゃんー?」
同じくコタツに入りながら、何気なく「全裸の女がいるらしい」と話題の一つ程度で振った公太郎がグリを見る。てっきり「へぇ、そうなんだ」くらいの返答を想像してただけに、グリの明確さは少々意外なものだった。
「グリの中の母上の記憶にある。塒で夢うつつであっても、母上はあれで下界のことを隅まで把握していたようだ。特にエレハイムには思うところがあったらしい」
「グリモアさんが、思うところー?」
「…なにか、同情…だろうか。同調していたようだ、エレハイムの身の上に。…詳しいことはわからん。グリも記憶の全てをソウゾクしてるわけではない」
「同情ー…」
しかしそれ以上を語るつもりはないらしく、グリは再び本のページにペンをいそいそと走らせはじめる。紙面にちらりと絵のようなものが見えたので、最初公太郎はグリがお絵描きでもしてるのかと思った。が、描かれているのは絵というより図で、直線と円の入り混じった幾何学的な図形にびっしりと文字らしきものが記入されており、あたかも数学の教科書のようだ。
「ハムタロの番ですよ?」
「それ、何を書いてるの?」と聞こうとした矢先、公太郎の眼前にはイリスが両手に扇状に広げた数枚のカードを差しだされていた。
「あ、ああー、すまないー。ええと、どれにしようかなー…」
公太郎がイリスの手札に指を伸ばす。ネットもゲームもない世界での暇つぶしに作ったトランプで、公太郎とイリスとゼナはババ抜きに興じているのだ。
「気を つけるんだ ハムタロ。イリスは 今 ジョーカーを 持っている」
「あっ、おばあさまっ!!バラさないでっ!!」
ゼナの入れたチャチャにイリスが途端に焦る。…とはいうものの、ゼナがバラそうがバラすまいが、それがジョーカーかなど、火を見るより明らかだった。
「これ…いや、こっちかー?それともー…?」
手札の上で公太郎がわざとらしく指を彷徨わせると、ある1枚の上に手が止まった時だけ、真剣な顔をしたイリスの獣耳がピクピクするのだ。加えて、言ってしまえば、尻尾もブンブン振られている。
「これだー!!」
だが公太郎はあえて当該の手札を選ぶことにした。イリスのあまりにもわかりやすい反応に、むしろ裏があるのか気になったからだ。
結果、引いたカードは、普通にジョーカーだった。
「やったっ!!」
公太郎の内心などいざ知らず、ジョーカーが他人に渡り、イリスが満面の笑みで小さくガッツポーズをする。
「…ハムタロ、 キミ… わかってて 引いただろう」
やってきたジョーカーを手札にはさむ公太郎をゼナがジト目でねめつけた。
「ボクは 真剣勝負が したいんだ。 そんな接待は 関心しないな」
「別に、わざと負けるつもりはありませんよー。ババ抜きってのは最後の一枚になるまで、手札にジョーカーがある、ただそんな過程のことですからー」
公太郎は手札を繰り直し、涼しい顔で肩をすくめてみせる。
「ふうん? なら ジョーカーを 引き込んだのは ボクと 勝負したいって ことかい?」
「ビリのバツゲームはこの青汁一気飲みですからねー。俺は今のところ、これ以上健康になるつもりはありませんー。さあ、ゼナさんの番ですよー。どうしますー?夢見でもしますかー?」
あらかじめ用意していた青汁の瓶を公太郎はこれ見よがしにコタツの上にドンと置いた。容量はラムネ程度の体にバツグンに良い健康飲料だが、そのあまりの不味さはすでに異世界の皆にも轟いている。
「…ふん 結構 言うね キミも。 いいだろう 後悔しても もう遅い。 おねえさんの 実力 味わわせて あげよう」
扇状に差し出された公太郎の手札から、自信満々の不敵な笑みを浮かべたゼナが、猛禽類が獲物をそうするように勢いよくジョーカーをかっさらっていった。
「…できました。これは…我ながら会心の詰ショウギの問題でございます」
コタツから少し離れたところでは、床に置かれた木製の盤面に将棋の駒を並べたラピルが胸を張っている。この将棋盤や駒も公太郎がドンズに頼んで木を切り出してもらったものだ。
「興味程度に聞きたいんだけど、ラピル。アンタこれ、何手詰なのかしら?」
公太郎のベッドに寝っ転がり、布団にくるまりながら肘をついて盤面を眺めるリュナが、言うほど興味なさげに尋ねる。
「最短でちょうど百手詰となっております」
「…アンタね、詰ショウギなんて難しけりゃいいってもんじゃないの。問題の前にもっと解く人のことを考えなさい」
「まぁ…リュナ様でしたら解けない難易度ではないかと」
「めんどうだって言ってんのよ。アンタが暇つぶしに詰ショウギを考えるって言うから付き合ってるけど、百手先なんて遊びで読んでらんないわ。もっと簡単で気軽なのにしてちょうだい」
「まぁ…そうなると三十手詰ぐらいでございましょうか?」
「そうね、それくらいでお願いするわ」
そう言うとリュナは布団を頭までかぶり、枕に顔をうずめた。
「あの…お義姉さまは、どうしてハムタロのベッドで寝てるんですか?」
ババ抜きを一番で上がり、手持無沙汰となったイリスが尋ねる。
「お互いのニオイを交換してるの。アタシとハムタロは呪熱があるから、せめて夢の中で触れ合えるように」
「わぁっ、さすがお義姉さまっ!素敵ですっ!」
イリスは「なるほど」と納得しながら、コタツの上に置かれたミカンへと手を伸ばした。
団地ができてからというもの、夜はこうして皆で過ごすことが半ば暗黙の了解となっていた。その場所は決まって公太郎宅である。
もちろん団地は共に住むイリスとゼナを除いて各人それぞれ一戸が割り振られているが、公太郎宅には公太郎が暇つぶしに作った、あるいは作ってもらったトランプなどのカードゲームから、スゴロクやツイスター、将棋やオセロのような各種のゲームがあるので、夜はイリスたちが遊びに来るのが日常となっているのだ。
どうせならいっそ皆で住んでしまうかという話にもなりかけたが、さすがに2DKにこの人数は厳しく、そのあたりは将来的な夢ということになっている。
「…それで、エレハイムさんのことなんだがー」
ババ抜きを二番手で上がった公太郎が、渋い顔をするゼナに青汁を渡しながらおもむろに話題を戻す。
「明日にでも会いにいこうかと思うんだけど、構わないだろうか、イリスー?」
「もちろんです。この地に住んでいるなら、わたしの護るべき領民ですから」
イリスは二つ返事だった。リュナの話によるとエレハイムは人間らしい。その素性や背景は全く不明だが、この魔族の領域である魔界にて、話が人間となるとイリスも対応に困るかもしれないと気を回したのだが、要らぬ心配だったようだ。
イリスは己の領地に生きる、あまねく民を庇護するつもりらしい。たとえ魔族と折り合いが、お世辞にもよくない人間という種であっても。まあ、そもそも公太郎自身が人間なのだが。
「裸なんでしょう?その人間の女の人。これから寒くなるのに、着るものも無いんじゃ、かわいそうです」
「エレハイムは、ただの人間ではない」
5個目のミカンへ手を伸ばしたイリスの横で、グリがぱたんと本を閉じた。
「会いに行くというなら、グリも同行しよう。あれを放っておくのはグリの中の母上が忍びないと言っている」
「ただの人間ではないというのはー?」
「わからん。母上の記憶の断片から、なんだかそんな気がするだけだ。だがこれはグリの想像にすぎないが、普通に考えて、ただの人間が魔界で裸のまま座ってるわけもなかろう」
「そりゃあ、そうだなー」
現時点で公太郎にエレハイムと会ってどうするというプランは何もない。しかしエレハイムがワケありなのは間違いなく、放っておくわけにもいかないだろう。ならば、まずは接触してみないと話がはじまらない。
「────そういうわけだー、リュナ…案内を頼めるだろうかー」
「もちろん。アタシが飛竜で運んであげるわ」
リュナもまた二つ返事だった。異世界の初日に王都で目にした、人間と魔族の確執というのは、少なくともイリスとリュナには当てはまらないようだ。
────ありがたいな。
それは公太郎にとって、地味に棚ぼた的な発見だった。この二人の器なら、今後どんな種族でも当人が望むのであれば、広く受け入れてくれるだろう。街の発展させていくにあたって、これほど大きなアドバンテージがあろうか。
しかし。
「ボクは 遠慮 しておくよ…」
ゼナが生涯の敵のように青汁をねめつけてから、えいっとあおる。
「とても 健康に なってしまった からね。 明日は 動けそうに ない ウプッ」
苦渋に目を白黒させ「いくら 健康の ためでも こんな 飲み物を 考える なんて キミの 故郷は どうか してるよ」と言い残し 、ゼナはそのままコタツに突っ伏した。
TIPS:青汁はとても健康に良いが、この世界の人々にはあまり歓迎されてない。




