文明の気配
アメリカとイランの停戦には、どうやら習近平が関わっているとのこと。
さすがは習近平。
今年のノーベル平和賞を受賞してよろしい。
「わぁっ…中はこんな風なんですね」
玄関で靴を脱ぎながら、イリスが感じ入るようにつぶやいた。
「部屋もいくつもある…。わたしのお家よりずっと広い…」
先に室内へと入っていた公太郎とドンズの後ろで、興味津々といったイリスが部屋のドアを開けて中を覗きこむ。外気温が下がってきたこともあり、窓は閉め切られているため、新築特有の切り出した木の香りが強くなる。
ドワーフの建てた団地の室内は、玄関から通る廊下を中心に2つの部屋が並び、先にはリビングとダイニングを兼ねる大きな広間、そこに隣接するもう一部屋とバルコニーという3LDKの間取りになっている。イリスが言うほどめちゃくちゃ床面積があるわけではないが、ひと家族が暮らすには十分な広さであった。むしろ備え付けられた家具が、現在は広間に背の低い机がひとつということもあり、うら寂しさすら感じるくらいだ。
「…それで、あんちゃんはわざわざ俺にこの変な机を作らせて、どうしようっていうんだ?」
ドンズが木で組まれた1メートル四方の机の天板をぺしぺしと叩いた。
「俺の注文通りに作ってもらえてたら、すぐわかりますよー」
「バカにすんじゃねぇ。作るのはちゃんと作ってあらぁ。意味がわからねぇってだけだ」
「バカになんてとんでもないー。俺の注文がうまく伝わったか、そっちを心配してるだけですー。おっしゃる通り、ドンズさんからすれば変な机でしょうからねー。…どれどれー」
公太郎は天板の縁に指をかけ、少し力を入れてみる。期待通り、天板はパカリという音もなく外れ、簡単に持ち上がり、下から簡単な木組みの本体が現れた。本体は四隅に短い足をつけた格子状で、真上から見るとちょうど〇×ゲームの枠に囲いを付けた形となっている。中心だけは金属製の板がはまっており、表面は公太郎がドンズから渡された鉱石がはまり込むような蓋つきの小さい穴がいくつか開いていて、逆の底面にはどんぶり程度のザルがついてた。
────いけそうだ。
外した天板をわきに置きながら公太郎がほくそ笑む。ドンズは間違いなく、いい仕事をしてくれたようだ。事前の机をこんな感じで作ってほしいという説明は、口頭と地面にへたくそな絵を描いただけなのだが、きっちり想像通りに仕上げてくれている。
「LV1付与魔法、『火』だー」
公太郎は早速、つまんだ石に付与魔法を施した。LV1の魔法であれば全魔法がつかえるので、もちろん付与魔法も網羅している。といってもドンズの言う通り、上級の付与術とは違って火は出ないわけだが、公太郎は温かくなってきた石を鉄板の穴に3つほどはめ込んだ。
「なにをしてるんですか、ハムタロ?」
鼻歌混じりに穴にきちっと蓋をする公太郎の手元を、イリスが不思議そうに眺める。
「ちょうどいよかったイリスー、悪いが魔法鞄からかけ布団を出してくれないかー?薄手のやつでいいー。あと、座布団を4つー」
「…?わかりました」
イリスががさごそと鞄をあさりはじめる横で、公太郎は机の下に手をやり、ザルのあたりをまさぐってみた。付与魔法のかかった石の放つ熱が、熱すぎない程度に手の平へ伝わってくる。遠赤外線に手をかざした時のぽかぽかする温かさだ。
「お布団、これでいいですか?ちょっと大きすぎます?」
「ありがとうー、ばっちりだー。ゆくゆくは机の大きさに合わせて用意したいけどなー」
公太郎はイリスから受け取った布団を広げると机にかぶせ、上に天板を置きなおした。
「よし、仮組にしては、思ってた以上のいい感じだぞー」
イメージ通りの出来栄えに、公太郎はニヤリと笑顔になる。
「…なんだこりゃ?俺にはあんちゃんのやりたいことが、まったくわからねぇよ」
「ハムタロは机にお布団をかぶせたかったんです?」
反面、ドンズとイリスは公太郎の意図が読めず、「なにしてんの、お前?」という様子であった。だが二人の反応は、やむを得ないものだ。異世界の者からすれば、布団に包まれた妙な机にしか見えないだろう。
「これは、コタツというー」
公太郎が座布団をコタツの周囲に配置しながら正体をバラしても、やはり二人は当惑するだけである。
「コタツ…ってなんですか?」
「俺の故郷では、冬はコタツで暖を取るんだよー。二人とも、試しに入ってみてくれー」
「は、はい…」
布団をめくって公太郎が手招きするとイリスが、次にドンズが「なんだかよくわからんが」という感じで座布団に座ってコタツへ足を入れた。
「あ、あぁ…」
「お、おぉ…」
百聞は一見にしかずというが、百見は一触にしかずでもある。イリスもドンズも、コタツに入ると全てを理解したようだ。
「とても…あったかいですね、この机」
「机じゃなくて、コタツだってのー」
足から伝わるぬくもりに「ほぅっ…」となったイリスにツッコみながら、公太郎はポケットに忍ばせておいたミカンを二つ取り出すと天板に並べてみせる。
「コタツに入りながらミカンを食べるってのが、冬の風物詩なんだー。ぜひとも体感してみてくれー」
公太郎が促すと二人はミカンを取って皮をむきだす。だがドンズはすぐに手を止め、公太郎を見た。
「ミカンもいいんだが、コタツじゃ酒は飲めねぇとかあるのか?」
「…?どういうことですー?」
ドンズの言うことがよく呑み込めず、公太郎が聞き返す。
「俺ぁ、コタツなんて道具は初めて見るもんだからよ。正しい使い方とか作法…みてぇのがあるんじゃねぇかって思ってな」
正しい使い方というフレーズで「ああ、なるほど」と公太郎は腑に落ちた。さすがはモノづくりの得意なドワーフ。扱う道具には敬意を払う文化を持っているらしい。
「そんな決まりはないので、ご自由にー。むしろ、俺は飲みますねー。寒い日の熱燗なんてイイですよー?コタツの作法といえば、足がぶつからないようにお互い譲り合う…くらいですー」
「ふぅん?コタツ、堅苦しくなくて悪くねぇな。あんちゃんも、やるじゃねぇか。こんなゴミみてぇな石ころをうまく使うなんてよぉ」
ドンズが懐から大小様々な透明の石を取り出してみせる。
「気に入ってもらえたならなによりですー。冬に備える方法は他にもいくつか考えてますけど、今のところ思いついた中で一番手軽で安価なのがコタツなんで、ドンズさんたちにはぜひともお力を貸して…」
「おいしいっ!!!」
コタツの量産を発注しようとした公太郎の声は、感激したイリスの叫びにかき消された。
「ハムタロっ!!このミカン、おいしいですよっ!?…いえ、おいしいのは昨日も食べたから知ってるんですけど、なんだか昨日よりおいしいんですっ!!」
「コタツでミカン、イケるだろー?」
「はい、とてもっ!!けれど、どうしてでしょう…コタツで温かくなったお腹に、冷えたミカンがしみるっていうのかな…?よくわからないんですけど、とにかくおいしいっ!!」
丁寧に一切れずつではあったが、イリスが夢中でぱくつくので、ミカンは熱湯をかけられた雪のように、あっという間に無くなってしまう。
「ああ…、食べきっちゃいました…」
「魔王サマ、俺のミカンも食っちまいな」
目に見えてしょんぼりと肩を落としたイリスに、ドンズがまだ皮すらむいてない自分のミカンを差しだした。
「え…でも、これはドンズ、お前のぶん…」
「構わねぇよ。ミカンはいつだって食える。俺ぁまだやることがあるんだ」
ドンズはイリスの前にミカンを置くとコタツから立ち上がる。
「あ、ありがとうございます…ドンズ」
イリスはドンズのミカンを前にしばらく逡巡していたが、結局食欲が勝ったようでせっせと皮をむきはじめた。
「さて、あんちゃん。次はどれの使い方を教えてくれるんだ?俺につくらせた変なモノはまだあるよな」
ドンズがコタツから立ち上がり、顎ヒゲを撫でつける。
「そうですねー、話の流れでコタツからになりましたが、一番大事なとこからいきますかー」
公太郎がドンズを伴って手をつけたのは、まず水回りからであった。
「LV1付与魔法『水』ー」
キッチンのシンクに作られた蛇口に水魔法を付与した鉱石をはめ込む。
「うぅむ…これをひねると、水が出る仕組みか…」
「ついでにお湯も出るようにしましょうー」
蛇口の上の壁面に備え付けられた給湯器には火魔法と水魔法の鉱石を仕込み、手軽にお湯が扱えるようにした。
「えっ…!?お水を井戸から汲まなくてもいいんですか!?」
やり取りを聞きつけたイリスが、コタツから驚きの声をあげる。
「同じ要領で次はトイレと風呂をセットしましょうー」
トイレは現代と同じ仕組みで、便座の背面に水のタンクがあり、そこに鉱石を備えることで水洗式にした。さらに便座の横に付けたレバーを倒すという手動式ではあるが、ノズルを出し入れできる仕組みとなっており、ウォッシュレットまで完備されている。
「あ…あんちゃん、俺…試してみたいんだが、いいか?」
「ダメですよー。この部屋に誰が住むかまだ決まってないんだからー。どうせ全戸に付けるんだから、自分の家でお願いしますー」
「くぅぅ…」
断られてもドンズはウォッシュレットに興味津々であったが、公太郎は遠慮してもらうことにした。もちろん気持ちはわかる。トイレに関しては間違いなく地球で一番進んでるのが日本なわけで、その叡智に触れてみたいというのは世界が変われど皆同じだろう。
とはいえ、団地の部屋割りはまだ決まってないし、他人が最初に使ったトイレを割り振られてはその人が気の毒だ。
「えっ…!?お手洗いが水で流れるんですか!?」
話を聞きつけたイリスが、コタツから驚きの声をあげる。
反面、浴室は少し前時代的だ。シャワーは残念ながらシャワーホースに適した素材が現状では数をそろえられないため、壁に固定式を採用してある。そのため蛇口のハンドルがシャワー用とカロン用、そして湯船用の3か所に配置されており、少々ごちゃっとした印象だ。
「lV1付与魔法『風』ー」
代わりといってはなんだが、公太郎は湯船に風魔法を付与した鉱石を仕込み、ジェット湯船…ジャグジーを実現した。
「あ…あんちゃん、俺がため…」
「ダメですー」
ドンズはもちろん試したがったが、公太郎は断った。
「えっ…!?お家ひとつひとつにお風呂まであるんですか!?」
騒ぎを聞きつけたイリスが、コタツから驚きの声をあげる。
その後、一通り水回りを整えた公太郎は、光魔法で照明を、氷魔法で冷蔵庫を稼働させた。
「白物家電といえば、洗濯機も欲しかったんだけどなー…」
「すまねぇな。あんちゃんの言う『モーター』ってのがよくわからなくてよぉ」
「いえ…俺がうまく説明できないのが悪いんですー」
申し訳なさそうに頭をかいたドンズに公太郎が「とんでもない」と首を振る。住宅設備のセッティングはここまで順調だったが、洗濯機に必要なモーターをどう作るかの説明や、代役になりそうな魔法が思いつかなかったのだ。
とはいえ、モーターの仕組み自体はミニ四駆で学んだというか、磁石と電磁コイルの組み合わせで、小学校で作れるレベルの科学だから、そのうちなんとかなるだろうとは思っている。
「ハムタロの洗濯機…というのがどんなのかはわかりませんが、わたしはこのお家、十分すごいと思いますっ!!だって水も出るし、お湯も出るし、お風呂だってある…なんでもできちゃうんですよっ!!すごいなぁ…こんな魔法みたいなお家に住めるなんて、まるで夢のよう…」
コタツから頭だけを出したイリスがうっとりとつぶやく。
「実際、魔法だしなー」
言いながら公太郎は手の中に余った鉱石を見つめた。
ドワーフの地下城塞では壁掛けの松明にしか使われていなかったが、想定以上の掘り出し物だ。LV1全魔法と相性がよすぎる。これを応用すれば、一体どれほどのことが実現できるだろう。
────まあ…差しあたってはエアコンみたいなのをこしらえてみるか。
公太郎はひそかに決意した。
このままではイリスが、コタツを背負ったカメになってしまうから。
TIPS:団地の地下には生活排水を浄化し、川へと流す仕組みがある。




