第42話 鑑定団
万年筆の漆塗りを終えた隼太はアゲアゲだった。自分でもよく出来たと思う。初めての作品が女子ウケした。父に随分手伝ってもらったのだが、しかし依頼は自分が受けたのだ。自分の責任で百花苑に納品したのだ。
おし! 次はお椀や。
父に相談すると、木地師の失敗作なるお椀を渡された。一般的に言うお椀に較べ背が低く、高台がない。練習用として取っておいたそうだ。隼太は万年筆で経験した通り、下地造りから砥ぎと塗りを繰り返し、早々にお椀を一つ完成させた。父の手は借りず、一人で作り上げたお椀を隼太はほれぼれと眺める。
上手いこと出来たんちゃう? 売れるやん。
しかし父は只の練習と思っていた。一見して、人前には出せない代物と判る。下地や砥ぎが不十分で、触ってみるとクレーターのような凸凹が随所にある。塗りは2回繰り返したようだが、まだムラがある。乾燥も甘かったのだ。全体として慌て過ぎ。落ち着きに欠ける。ま、最初の器なんだからこんなもんだろう。そう思っていた。
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アゲアゲの隼太は桜子との週一のデートも復活させ、その時にも漆の話をするようになっていた。
「桜子。あのな、万年筆塗り終わってから大急ぎでお椀作ってん」
「へぇ? 職人もやることにしたんや」
「せや。ちゃんと両立させるためには、受験勉強と修行を両立させなあかんやろ。そう思てタイパマックスで作ってん」
「ふうん」
「これがな、自分で言うのも何やけど、そこそこの出来やねん」
「『そこ』ってbottom?」
「なんでやねん。まあまあって言うことや」
「お椀って初めて違たん?」
「うん。でも華麗なるデビュー作品になる予感。せやから紅梅堂に置いてもらわれへんかな。一点ものやけど」
桜子は呆気に取られた。店に置くと言うことがそんなに簡単ではないことは充分解っている。目の前でボロクソ言われた職人さんを何度も何人も見て来たのだ。だが婚約者のやる気、そして二人の将来を考えると…、
「お店の人らがええって言わはったら置けるけど、みんな厳しいで」
「判ってる。創業百年以上の紅梅堂やもん、当たり前やん」
「話くらいはしてみるけど、保証は出来ひん」
「判ってる。せやけど俺を認めてもらえるチャンスでもあるさかい」
「え?」
「桜子のお相手として」
今でも一応婚約者となっているものの、みんな、隼太の人そのものは認知に至っていない。紅梅堂の面々から見た隼太は、まだ小学一年生のままなのだ。桜子は取次ぎを了承した。
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三日後の紅梅堂。店先を預かる、いわゆる番頭さん、バイヤーさん、そして桜子の両親も居並ぶ寺前家の応接室で、隼太は桐箱に入れた一点もののお椀を取り出した。
「♪ ちゃーんちゃん ちゃらららー ちゃんちゃんちゃんちゃんちゃぁーぁーん」
桜子は場を明るくしようと懸命だ。両親はちょっと笑い、番頭さんも
「お嬢はん、ノリノリですな。いじらしわ」
と微笑む。しかし、お椀が目の前に現れた瞬間から、場は氷結した。桜子とその両親の顔色を窺いながらバイヤーが言う。
「だいぶ、これにお稽古つけはったんやな」
京都人である隼太ではあるが、真に受けてしまった。
「そら、この前に万年筆を十二本仕上げてますんで」
「いや、そう言うことやなしに、お椀の表面をペタペタしはった跡がよう判るさかいに」
番頭は、紅梅堂のご主人夫妻は出るまでも無いと踏んだようだ。あっさりと、
「隼太はん。売りもんにはなりまへんわ。この部屋の明かりでも、仕上げが出来たらへんの見えますし、塗りも幼稚園の子ぉらの塗り絵みたいや」
「え?」
「お父さんが塗らはったお椀と較べてみ。表面を指で触っただけで違いが判る筈や。色かてお父さんが塗らはったら、元からの木ぃの色みたいに深うて自然やし、光の反射も謙虚に美しもんや。器には職人さんの気持ちが現れますのや。気ぃが乱れたら、お椀の表面も乱れますわな。お嬢はんとラブラブの気持ちで塗らはったんかも知れまへんけどな」
流石の隼太も指摘事項は理解出来た。店頭に置くために求められるレベルの認識が甘過ぎた。今になって自分の軽はずみな行動が悔やまれる。桜子にも恥ずかしい思いをさせた。今さらながら隼太は心底そう思った。隼太の頭は下がったまま。
桜子はラブラブと言われ、ちょっと頬を染めながら初めてお椀を手に取り、まじまじと見つめた。幼い頃から店に並ぶ品々を眺めて来ただけあって、モノの良し悪しは何となく判る。確かにみんなの言う通りや…。
「ウチがもろとくわ。一点ものの記念品やし」
「それがええな。十年ほど経ってから隼太君に見したり。これを紅梅堂の店に置け言うて乗り込んで来たんやでぇって。度胸は大したもんや」
両親は微笑んだ。隼太は桜子と目を合わせることが出来なかった。




