第38話 鬼だらけ
有田伊佐九は硯と少し話をした後、戻って来た。硯は知らんぷりを決め込んでいる。
「なんです?」
綴はさっきのペンを伊佐九にも見せて、
「これ位の漆塗りの万年筆の上に、京都っぽい可愛いイラストを描いて、お店に置いてみたいと思うんだけど、漆を塗る人は見つかったけどイラストを描く人が見つからないんです。有田さん、文房具の会社の人だから、そんな人知らないかなぁって」
伊佐九は差し出されたペンを眺めた。
「ふうん。それ、マダムの方針なん?」
「しーっ。おばあちゃんにはまだ言ってないの。おばあちゃん、ここに工芸品は置かないって言ってたから。でも外人さん、そう言うの探して来ちゃうんだよね。この前来た人は金沢で買ったって言って見せてくれたんだけど、京都のモノも買って帰って欲しいなあって思って」
「なるほど。そんなん置いてる店は知ってるけど、可愛いっちゅうのはあんまり見ぃひんなぁ。どっちか言うたら厳かとか煌びやかっちゅう感じやな」
「でしょ? 工芸品はそれでいいんだけど、外国の女の子だってきっと可愛い方が好きと思うのよ。日本のアニメもみんな好きだしさ、そしたら実際に使ってくれるでしょ? ペンって使われなきゃ意味ないじゃん」
伊佐九は腕を組んだ。
「一理あるな。あ、ちょっと待ってや」
スマホを取り出しピッピと触っている。
「こんな絵ぇやったらあかんか?」
それは可愛いウサギが太鼓橋の上でお月見しているイラストだった。隅っこに『Kaede』とサインがある。
「あー、こう言う感じ。え? 有田さん、イラスト描くの?」
「まさか。俺の彼女の作品や。Kaedeって書いたるやろ。楓って名前やねん。大学で美術専攻しとってイラストレーターになりたいんやて」
「へぇー。じゃあ、その楓さんにお願いしてもらっていい? お試しで一つ描いてもらえないか」
「まあええけど、キミの頼みや言うて、聞いてくれるかな。要らん誤解しそうやさかい、直接ゆうてくれへん? 楓、怒ったら鬼みたいに怖いねん。普段は可愛いんやけどな」
ノロケなのかその反対なのか見当つかないながら、綴はモヤモヤした。あたしって、その人の敵なのかな。会った事もないのに。
「ほんで、その万年筆はどうすんの? 漆の人が用意してくれんの?」
「あ。そこまで考えてなかった。そうか、ベースになる万年筆は要るよね」
「まぁ、そこは俺が考えたるわ。手作りみたいなもんやさかい、最初のロットはちょっとやろうけど、卸の面子もあるしな。漆が乗る素材のペンやな。ほんで勝手に色塗って売ってええかもあるさかい、売ってる店で聞いてみたるわ」
「ありがとう…ございます」
綴は深々と頭を下げる。
レジ台では硯が不審顔でこちらを見ている。
「やば。おばあちゃん、察したかな」
「そこは俺は知らんで。マダム、怒らはったらめっちゃ怖いで。鬼やさかい。ほな、楓をいっぺん連れて来るわ」
伊佐九はさっさと撤退した。
「綴はん、流石は硯はんの孫やな。硯はんの若い頃によう似てるわ、硯はんもそうやって一つずつ増やしていかはったんや」
「え?」
隣で聞いていた滝岡さんはニヤニヤしながら出て行った。
その日、綴は綴った。
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いやー参ったねー、滝岡さん、見えないって、そんなの思いもしなかった。例のカワイイ和風ペンの話ね。滝岡さんにって思ったんだけど、人間、歳を取るといろいろ大変なんだー。老眼って近眼とはまた違うのかな。でもまあそのお陰で有田さんの彼女さんにお願いできそうで、それはそれで良かった。可愛い絵だったんだもん。問題はあたしだ。彼女さん、鬼になるって有田さんが言ってた。あたし、悪いことなんてしていないんだけどさ、周囲は鬼だらけ。さすがは魔界・京都だ。果たして彼女さんは敵か味方か。例え鬼だったとしても他に当てがないんだから、あたしも心を鬼にして当たるしかない。そう、あたしも鬼の孫なんだから鬼になれる筈だ。って、カワイイ和風ペンの話なのに闘う話になってる。ちょっと違うんだけど、ホトケの彼女さんでありますようにー。
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