第37話 そもそも見えへん
帰宅後、綴は滝岡さんを待ち受けた。しかし綴が店番の時に都合よく現れるとも限らない。綴はその日の店番である硯にも頼んだ。
「おばあちゃん。滝岡さんがいらっしゃったらあたしを呼んでくれる? 聞きたいことあるんだ」
「へーぇ、珍しなぁ。絵ぇの宿題でも出たん?」
「ううん、そこはまだ秘密」
店主である硯に今の時点から作戦を否定されたら堪らない。滝岡さんにも口封じせねば…。
そして金曜日、帰宅直後、綴がまだ二階でバタバタしていると店番の硯から呼びがかかった。
「綴はん! 滝岡さんがお見えやで!」
「はーい!」
階段をドドドと駈け下りる。お店への扉は半開きのまま。二人が話をしているのが見えた。
「すみません、滝岡さん!」
「ああ、綴はん、どないしおしたん?」
「ちょっと、相談がありまして」
不審気な硯を置いて、綴は筆記具コーナーに滝岡さんを連れて行った。綴はその中で比較的太めのボールペンを抜いて、
「あの、これが漆塗りの万年筆だと仮定して、その上に滝岡さんが可愛いイラストとか描けますか? お花とか動物とかちょっと京都風に」
「へぇ? 何の話や思うたらご注文ですかいな」
「あー、声は控えめに。まだおばあちゃんには秘密なので」
滝岡さんはニヤリと笑った。
「なんぞの陰謀かいな。せやけどこのちっさいとこに描くて、ウチは見えしまへんで」
「え?」
「若い人には判らしませんやろけどな、歳いったらちっさいもん見えへんようになりますねん。いや見えてますねんで。見えてますねんけど読まれへん。細こい漢字なんかみんな黒いクシュクシュですわ。もうちょっと若い人に頼まはったらどうどす?」
えー、そう言う問題なの!? テクニックや画風やモチーフの問題じゃなくて、その手前の話なのか。
「あのう、滝岡さんのお弟子さん? とかで、そう言うの出来そうな若い人いますか?」
「せやなあ、みんな年寄りばっかりやからなぁ。若い人は絵手紙とか描かしまへんやろ。スマホばっかりで」
うう、それはそうかも…。
綴が頭を抱えたところで、ガラッと引き戸が開いた。
「まいどー、欠品しとったお品を納品に来ましたー」
文房具卸・雁竹商会の有田伊佐九だった。うん? 有田さんって文房具の会社の人だ。ひょっとして…
「有田さん、納品終わったらちょっといいですか?」
「へ? デートはあかんで。この前めっちゃ怒られたから」
あああ、そう言えば、おばあちゃん、前にそんなこと言ってたな、ボールペン渡した時の話か…。
「だいじょぶです。今度は何にもあげないから」
「あ、ああ、じゃあ後でな」
有田伊佐九は店主であるマダムの元に段ボールを担いでいった。
「綴はんも隅に置けへんなぁ」
絵手紙作家がニヤリと皺を深くした。




