第35話 ゆ
翌日の夜のことである。夕食後、リビングで何気にテレビを見ていた倉良の前に父が座った。
「倉良、初めはめっちゃびっくりしたわ。お母さんが天国でクビになって降りて来たかと思って心配したよ」
「え? なに?」
「はは。倉良にバレてたとは知らんかったよ、交換日記」
「え」
「お父さんは大丈夫だからな。もしかして心配掛けたのかな」
あらー、もうバレちゃったのか。いい感じに仕上がってると思っていた。倉良は少々がっかりした。
「倉良はお母さんの代わりにはならないよ」
う。やっぱそっか。お母さんは愛する妻だったしな。その前はカノジョ・恋人だったんだから敵わないか…。
「倉良。そう言う意味じゃないんだよ」
倉良の表情を見た父・達彦は微笑んだ。
「倉良は何にも代えがたいって意味だよ。お母さんが命がけで産んでくれた宝物だからな。倉良もママになったらきっと判るよ」
なんだかこそばゆい。これ、ホラー話じゃなくなってる。
「にしても上手く書いたな。最初は全く気がつかなかったよ。字も似てるし、字の色も似てる」
倉良は両手を上げて降参の姿勢を示した。
「あー残念。思ったより早くバレちゃった。あのインク、古いから探すの大変だったんだ。クラスの子が似たようなのを探してくれたの。家が文房具屋さんの友だち」
「ほう、そこまでしてくれたのか。凝った悪戯、いや、思いやりだな」
「なんで判ったの?」
「平仮名の『ゆ』の書き方が違うんだよ。お母さんは一筆書きみたいに、真ん中の縦の棒を丸めて、こんな風にクルっと書くんだ」
達彦はテーブルに指で『ゆ』を書いた。
「あー、迂闊だったわ。そこまで気にしてなかったよ。じゃあすぐに判ったってこと?」
「いや。何回か読み返してね、それでインクの色が『ゆきあかり』って言うんだーって思って、でも、あれ?ってね」
「そっか。『ゆきあかり』が敗因だったのか」
「敗因じゃないよ。敗けた訳ないじゃない。字はさ、書き手の人柄や気持ちを表すから、改めて手書きっていいなと思ったよ。これからはお父さんと倉良で交換日記、続けよう。お父さんが棺桶に入れて持ってく宝物にするよ。天国でお母さんと一緒に読んじゃう」
こりゃまた責任重大だ。お母さんにまで読まれちゃうなんて、
「そんなのハズいよ」
達彦は倉良の頭に掌を置いた。
「お父さんの方がよっぽどハズいよ。若い頃のこと、みんなバレちゃってんだから。でも倉良もこれからそう言う時間を過ごすんだからさ、好きな人が出来ちゃったとか、話しにくいだろ。書いた方が素直に言える」
「まあ、そうかもだけど。でもそんな人当分できないよ。女子高なんだし」
「お父さんとしてはその方が安心だけどな。でもありがとな、倉良。名前通りの優しさを持ってくれたよ。倉良お母さんが書いてくれた通りだ」
倉良はしんみりとした。二人暮らしのマンションに『雪明』が小さな温かい灯をともしてくれたみたいだ。
ちょっぴり涙が滲んだ。




