第29話 エンピツ転がる
倉良の切ないような、そうでもないような作戦が決まり、三人は4時間目の前の休み時間に優芽の席に集まっていた。
「優芽、前にゆうてたお昼のメニュー決めるの、今やってみてよ」
「えー、今?」
「うん。どんなん出るんか見てみたい」
と言う桜子の好奇心が発端だった。
「これ、授業中にやるから緊張感あってええんやけどな」
ブツブツ言いながら優芽は鉛筆を取り出す。確かに鉛筆には小さなネームシールがびっしり貼られていて、それぞれにごく小さな文字で『うどん定食』『そば定食』など書き込まれている。
6つの目が見守る中、優芽がポーズをつけて鉛筆を掌に載せ、ジングルを口ずさんだ。
「♪ Yes we can can can can can can …」
「ん? 何だっけ、その曲」
掌で鉛筆を転がしながら優芽が綴を見上げる。
「M1やんか。戦士登場の曲」
「おお、聞いたことあると思った」
「ええから、はようしよし」
「はいはい…、では、いよっと」
鉛筆が優芽の掌から机に転がり落ちる。四人の目が真剣にそれを追う。
「あれ」
「あれあれ」
「なんで止まらへんの?」
「ちょっとー 逃げてるぅー」
「あ゛―」
鉛筆は机から床に転がり落ち、たまたまそこにやって来た針先 柴乃が拾い上げた。以前、綴が桜子に嵐山で見た話をしかけた時、綴が怒られたクラスメイトの一人である。
「えーっ?」
四人が悲鳴を上げ、柴乃が目を丸くする。
「え、なになになに、私、なんか悪いことした?」
「優芽のお昼ご飯がー」
「攫われたーー」
「トンビかーー」
「あはははは」 「ウソやろ」 「今日はお昼抜きやで」 「もっかいやん!」 「ワンチャンやで」 「かわいそー」 「柴乃に奢ってもらいー」 「あははははー」 「みんなが見るからやん!」 「だってー」 「桜子が見たいとかゆうから」
一気に場が沸騰する。姦しいとはまさにこのことである。
「え、ちょ、ちょっとー、なんやの? この鉛筆? え?」
「柴乃、鉛筆見てごらん」
柴乃は手にしていた鉛筆を改めて眺める。 は? クルクル回して、
「ひゃー、メニューやん! なんでラーメンないの? オムライス、要らんやろ、私、上から書いたげるー」
「ちょーっと、私の好みやねんから、勝手に変えんといて!」
「今日はラーメンにしとき!」
「そんな気分ちゃうってー」
針先さんも意外とひょうきんだ。綴は笑い涙の中でクラスメイトを少し見直した。
「こぉーら! やかましい! 何の騒ぎや!」
4時間目の現代文の先生が入って来た。桜子は目尻の涙を指で拭って笑いながら、
「だってー、せんせー、鉛筆転がってー、可笑しいしー」
「あほ! そら、箸が転がってやろ!」
「鉛筆転がっても可笑しいー、柴乃が拾うからー」
「せんせ、私は親切に拾っただけやでー」
「ええから、はよ席に座れ!」
4時間目は時折思い出し笑いが伝染し、半分授業にならなかったが、クラスは妙にまとまった。




