第26話 インバウンド
その日の帰宅後、綴は早速硯に聞いてみた。
「おばあちゃん、このペンのインクってある? カートリッジみたいな」
「ほう?」
硯は老眼鏡を外したりつけたりして、倉良から預かった白いペンを眺める。手に取ってキャップを外し頷いた。
「これ、セーラーのだいぶ古いペンやな。昔見たことあるわ」
「そ? やったー。でもインクがないのよ」
「ああ、インクなぁ。どっかにあるんちゃうかな」
硯が商品を探し始めた時、引き戸が開き二人連れが現れた。
げ、外人さんだ…。
“ Hello , This is … Book Store? ”
綴は仰け反ったが、この程度の英語なら判る。Book Storeって本屋さんだよね。
“ No. uuu , This is Stationery only “
“ Year OK , You have Japan pen? ”
はい? ジャパンペン? なんだそれ。筆のことかな。
すると連れ合いの女性が、バッグからペンを取り出し、綴に差し出した。
“ Like this “
あー、漆… だっけ、これ。こんなのあるんだ。
“ I got this in KANAZAWA “
カナザワ…、ありそうだな。京都にもありそうだけど。
すると硯がひょこひょこ戻って来た。
「ここに工芸品はおいてへんよってに、漆の店、教えたって」
「漆の店…」
綴は慌ててスマホを取って、マップで検索してみた。近所の漆器の店が出て来る。タップしてみると、扱い商品に漆塗り万年筆があった。その店のマップを二人連れに見せる。女性の方が覗き込んで、自分のスマホの地図と較べている。
“ Oh! We just went there. Thank you “
二人連れは手を振ると店を出て行く。あれで判ったのかな。綴には不安が残ったが、まあいい。今はそれどころじゃないんだ。
「綴はんも頼りになるな」
硯が微笑む。そう言えば、インバウンド客が来てもおばあちゃんはいつもスルーしてる。外人さんと通じ合えたことで、綴は居場所を見つけた気がした。その気持ちは後ほど裏切られることになるのだが、取り敢えずはほっこりしたのだ。
いや、今はそっちじゃなかった!
「ああ、おばあちゃん、インクあった?」
「たぶん同じメーカーのやから嵌る思うんやけどな」
硯は小さなパッケージを綴りに見せた。
ああ、黒か。倉良は空色とか言ってたな。
「空色、なんてないよね」
「空色。またむつかしことゆうなぁ。ちょっと待ちや」
硯はまた売場を歩き回る。百花苑は京町家を改装した店なので、奥行きがあって一番奥にあるレジから店先は、逆光にもなって見通しが悪い。お花畑なんだけど実態は森だな…。綴は硯を目で追うのを諦め、先程のインバウンドレディが見せたペンを思い出した。
可愛くはないけど、なんだか良かったな。桜とか描いてて金沢っぽかった。可愛い系ののペンもいいけど、あんな和風のペンもここに置けばいいのに。また外人さん、入って来るよ。
綴はつらつらと考えた。




