第19話 はんなり来店
ふう。
桜子からため息しか聞こえない。綴を何とかせねばならない。まさか嵐山で目撃されていたとは思いもしなかった。だって京都人がわざわざ観光客でごった返す嵐山へ行くなんて、普通はあり得ないから…。しかし綴はまだ半分観光客だ。そう言う導線は充分有り得る。かと言って、あの日は全く思いもしなかったのだけど。
取り敢えず、花南と柴乃からは『口止めしといたで』との話は聞いた。しかし、結構軽そうな綴のこと、もう一度押さえておいた方が安心だ。万が一、綴が喋ってしまったら、そしたら優芽なんか『なになに??』とか騒ぎそうだ。せやから大阪の子は嫌やねん。デリカシーも何もあらへん。
自分の部屋で、ベッドに寝転がって悶々としていた桜子はガバッと起き上がった。
せや、善は急げ、とか言うやん。ウチからも綴には『構わんといて』って言うとこ。花南らみたいに、きつうは言わんと、友だちとしてお願いしとこ。ちょっとは隼太の話をせんと理解できひんやろうから、紅梅堂のみんなが知ってる程度の話はせんとあかんやろな。そこはしゃあない。それに…証拠や。
桜子は引き出しから封筒を取り出した。中には引き裂かれた写真が入っている。チェキで撮ってもらった一枚きりのツーショット写真。渡月橋を背景にしてるから、これを見たら嵐山で見た男の子やって、綴も判るやろ。
桜子は封筒を小さなバッグに放り込むと、家を飛び出した。ウチがいきなり百花苑へ行ったら、綴、びっくりやろな。綴の家が百花苑さんやて、ウチがこっそり先生に聞いてたとは思わんやろ。百花苑は昔から知ってんねんってカミングアウトせんとしゃあないな。実際、知ってるんやから嘘やないし。
少し歩いてバス停に立つ。10分程待つとバスがやって来た。東山三条で降りると、百花苑までは歩いてすぐだ。
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「ごめんください」
百花苑の引き戸を開けながら、桜子は手土産一つ持って来なかったことに気がついた。今日は文房具屋さんに来たのではなく、クラスメイトの家に来たのだ。まことにうっかりしていた。
「はい、おいでやす。あれ? 紅梅堂はんとこのお嬢さん違いますか?」
店にいたのは昔馴染みのおばあちゃんだった。綴の祖母である。桜子は上品に微笑んだ。
「お久し振りです。覚えてもろてて光栄です。おばあちゃんもお元気そうで」
「いけずは長生きゆうてな、せやけどお嬢さんもはんなりならはったなぁ。紅梅堂はんも安心どすな。ほんで今日は何どす?」
「綴さん、いてはりますか? 同級生なんです」
「せやせや。綴もなんやそんなことゆうてたな、ちょっと待っとくれやす」
久し振りに来た百花苑。桜子はキョロキョロ周囲を見回した。やはり昔とは随分趣が違う。もっと広くて天井も高かったように思うが、それは自分が大きくなったからであろう。しばらくしてバタバタと階段を駈け降りる音がした。
「これ、綴はん、もっと上品にしよし」
「はぁーい、ごめーん」
綴ったら学校と一緒やな。桜子は一人で微笑んだ。
バタン!
「えー、桜子! どうしたの? ってか、なんでここ、判ったの?」
まん丸の目が目の前で輝く。
「だって、ウチ、ちっさい頃に来てたんやもん」
「えー? まじ? あ、それでおばあちゃんは桜子を知ってたのか」
「突然来てしもてかんにん。ちょっと綴に話、しとうなってな。構えられても困るさかい突然来てみてん」
「へぇ。じゃあ取り敢えずお部屋に行こ!」
「ごめんな」
「ううん、友だちが来るって初めてだから緊張するけどね。あ、おばあちゃん、上がってもらうね」
「ほんなら、後で降りといで。お茶淹れとくよってに」
「はーい」
綴は桜子を先導して階段を上がり、自分の部屋に案内した。
「だけどさ、実は何かあるんでしょ? 怪しいもん」
「あー、ばれたか。ちょっとな、綴に断っとかなあかんことあるんで」
「オッケイ、全然聞くけど、先におばあちゃんにお茶とかもらって来るね」
綴は階段を降りながら思った。魔界の幕が開こうとしている。あたしも認めてもらいつつあるってことかな。ちょっとドキドキするな。




