第18話 綴りなはれ
ふう、これで一段落。後は乃絵留ちゃんに任せよう。
ほっとした綴がレジ台に戻ってすぐに、硯が現れた。うわ、さっきの話、おばあちゃんに聞こえたかな。ドキドキする綴に、硯は微笑みかけた。
「綴はん、日記をつけはったらどうどす? 綴はんもよう判ってはるなあ思て、感心して聞いとったんやけどな、文房具言うもんは只の事務用品やあらしまへん。人の心を絶ったり繋いだり、ときめかしたり彩ったりするもんや。滝岡はんも、そないなこと言うてはりましたやろ。綴はんがここで見たり聞いたり思うたことを、自分の手ぇで綴ってみなはれ」
綴は驚いた。
「自分で書くの? 手書きで?」
授業のノートは手で書くけど、SNSもスマホもみんな打っちゃうよ。他に手書きって…思いつかない。
「せやで。自分の手ぇで書くんや。字ぃを書く言うことには、気持ちも込められるし、それが表されるもんや。タイプやったら書いた時の気持ちが判らしまへんやろ? 誰が打っても同じ字ぃになって、もむないわ。手書きやったら後から読み返した時も、あーこの時は字ぃが震えとるさかい、ドキドキして書いててんなぁ、とか懐かしい気になりますやろ」
「うん。確かに」
おばあちゃんにかかるとパソコンもスマホもみんな『タイプ』になっちゃう。タイプが何だか判んないけど、きっとキーボードみたいなものなのだろう。
それにしてもおばあちゃん、文房具をただの道具として売ってるんじゃないんだ。その道具は人の気持ちをくっつけたり引き裂いたり、さっきみたいに真っ白にしたり、カラフルにしたりする。そんな為に文房具を売っている…。
「綴はんの名前にはな、そう言う気持ちを込めてますのや。嬉しい時にも悲しい時にも、怒ってる時にも笑てる時にも、自分の手ぇで綴りなはれ」
綴は涙がこみあげて来た。糸偏に又が四つ。なんでこんな漢字なんだって思ったこともあった。画数多いし読めない人も多いし、『これってスペルって意味~?』と揶揄われたりしたこともあった。もっと綺麗な字が良かったなと思ってた。だけどこの漢字は自由自在なんだ。喜びも悲しみも、怒りも笑いも、切なさも愛しさも、みーんな書き留められる。その時の気持ちを込めて。
タップじゃなくて、綴ってみよう。綴はその気になった。
「うん。綴ってみる」
すると硯は綴の目の前に、一冊のノートを差し出した。綴の大好きな淡いパープルのまだら模様の表紙。持ち運びに便利なA5サイズ。
え?
「日記帳や。鍵もかかるんやで」
確かにロックダイヤルまでついている。綴はノートを受け取って中を開いてみた。中のノートはクリーム色で目に優しい。日付とお天気欄があって、日記帳フォーマットだ。
「あ、ありがとう、おばあちゃん」
「綴はんにって思て取寄せといたんや。綴はんによう似合うてる。ほんならもう店は閉めてや」
言い残して硯は二階に上がって行く。綴は店の看板を仕舞い、扉に鍵を掛け、そしてレジ台に日記帳を拡げた。
よーし、早速さっき思ったことを書き残そう。百花苑のコンセプト、フィロソフィだ。綴はペン立てのヨコハマピアクリートのボールペンを握った。
§
おばあちゃんは文房具を売っている。でもそれは単なる事務用品じゃない。人の心と心を繋いだり断ち切ったり、繋ぎ直したり貼り直したり、染め上げたり彩ったりする道具だ。あたしは今まで文房具をそんな風に考えたことなかった。だけど、百花苑に来るお客様は、みんなそんな風に、ペンや消しゴムや絵具やハサミで心の養生をしている。そんな毎日を、あたしは綴る。気持ちを振り返り、噛み締め直し、言葉にしてこの手で綴ってゆく。おばあちゃん、ありがとう。おおきに♡
§
綴の綴る日々が始まった。




