第15話 貫禄
「それ、新商品?」
文房具卸商社 雁竹商会の社員・有田伊佐九は、カフェのカウンターで隣に座る、水切 楓の視線にドキッとした。大学の後輩で、大学祭でのサークル発表会を手伝ったことをきっかけに付き合い出してもう2年になる。3つ歳下とは言え、しっかり者の楓には時々頭が上がらないのだ。
「いや、ちゃうで。ちょっと貰いもの」
「見せて」
伊佐九は楓にペンを渡す。
「YOKOHAMAって書いてる。お土産?」
「まあな。納品先のお店の子にもろてん」
「なにそれ。女の子?」
「せやで。まだJKやけどな、カワイイ子や。標準語やから、それがまた可愛いねん。小鳥が囀ってるみたいや」
楓の眉間に小皺がよる。
「なんて? 高校生? 伊佐九、高校生に手ぇ出したん?」
「なんでやねん。手ぇなんか出してへんわ。たまたま納品に行った店でボールペンのインクが切れてな、それ見て気ぃ利かしてくれただけや」
「文房具屋の営業やのにインク切れたって、何かのネタ? せやし、普通はあげへんやろ。その時に貸すだけやろ。その店って文房具屋なんやろ? プライベートでもらうっておかしない?」
畳みかける楓に伊佐九は驚いた。こんなことで、なんでここ迄言われなあかんの?
「そうか? ほんなら返そか?」
「いや、ウチが返してくる。なんて言う店やの?」
「それは仕事上の機密事項やから、やっぱり俺が持って行くって」
楓の眉間の皺は深くなった。
「仕事ちゃうし、プライベートやし。高校生言うてもウチと歳、ちょっとしか変らへんねんで。判ってる?」
「そんな位は判ってるよ。大体そんな気ぃないし」
「伊佐九の顔がそうは見えへんから言うてんねやろ。鼻の下、めっちゃ伸びてるやん。何かやらしいこと考えてへん?」
有田伊佐九は歳下彼女に凄まれてタジタジになり、百花苑の名前を白状した。
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楓は怪気炎を上げながら百花苑にやってきた。後ろに有田伊佐九が従っている。しかし、残念ながら店番は硯だった。硯は楓の血相を一瞥し受け流した。
「なんぞおしたんか?」
楓は硯の静かな眼に気圧された。
「いえ、有田さんがボールペンをここでお借りした言うてて、返し忘れたみたいやから持ってきました」
後ろで伊佐九がウンウン頷く。
「有田はん? そんなん今度の納品の時でええのに。そもそもあんたさんは有田はんの母親どすか?」
「いや、え、えーと、一応彼女です」
「ほぉ、それはえらいご苦労はんな話どすな。わざわざ彼女さんがな。せやけどこれはウチの商品とちゃいますなぁ」
「あ、えっと、高校生の子に借りた、ゆうてました」
後ろで再び伊佐九がウンウン頷いている。
「ああ、綴か。YOKOHAMAって書いたるしな。おおきに、ウチが預かりますわ。せやけどあんた、要するに、綴の顔を見に来やはったんやろ?」
「え? いえ、そうゆう訳とはちゃいますけど…」
「そんなん、顔に書いたるで。心配でヤキモチ妬いてますねんって」
硯はニヤッと笑いボールペンを受け取ると、有田伊佐九は頭を掻き掻き、楓に引っ張られて退散した。
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その日の夕食時、硯は綴にボールペンを差し出した。
「これ、戻って来はったえ。有田はんの、かいらし彼女さんが持って来てな、槍みたいに突き出さはった」
「あ、これ、有田さんにあげたペンだけど、え? 返って来たって、どうなってんの、それ?」
「綴はんがおったら、刺されとったかも知れへん」
はい? まじ?
「それって、あたしがこのペンを有田さんにあげたからってこと?」
「まぁ、せやな」
「だって有田さん、ボールペンのインクが切れて困ってたから。そもそもこれはお土産用だし」
「せやねんけど、そう言うことちゃいますやろ。そのペンをウチが渡しとったら彼女さんも『ふうん』で終わってるわ。綴はんが渡したよってに、ほんで多分、有田はんがデレデレしとったさかい、彼女さんはカチンと来はったんやろな」
「ああ、そう言うこと… ってそうなの?」
「いつまでも子どもや思とったらあかんな。もうお嫁に行ける歳やもんな。ヤキモチも妬かれるわ。せやけど綴はんも、おいどが浮いとるからそないな騒ぎになりますねんで。しゃんとしよし。ほんで、今度有田はんに会うても、いけずしたらあかんえ。あの子も優しい子ぉやさかいに、今日はシュンとしたはったわ」
綴は驚いた。有田さんの彼女が乗り込んで来たって、あたしが大人のジェラシィの対象になるの? ちょっと大人になった気もするけど、やっぱ、魔界の香りがする。
次の店番の土曜日の夕方、綴は返ってきたヨコハマピアクリートのボールペンを、厄除けのようにレジのペン立てに立てた。
その様子を、いつの間にか入ってきたのか、11歳の男の子が見つめていた。




