第14話 ヨコハマボールペン
あーあ。あの二人、何が言いたかったんだろう。
綴は夕方の店番でも、月曜日の朝の件を引き摺ったままだ。倉良か優芽に聞いてみようかと思ったが、あの二人、確か吉井さんと針先さんだっけ、の言い方から躊躇われた。桜子の事情、何だろう。確かにマックでは桜子の表情は嬉しそうな感じじゃなかった。寧ろ『まずい!』みたいな感じだったな。でも嵐山ではあのカレシ?とは不自然に見えなかった。そもそも嵐山まで一緒に出掛けているんだからデートじゃん。あーあ、京美人の謎か。綴が唇を尖らせた時、
「まいどー、納品、遅なりましたー、すんまへん」
店先に車が止まり、引き戸が開けられた。大きな段ボールが入って来る。
「はい?」
箱を抱えて入って来たお兄さんに綴は戸惑った。ノウヒン? イメージは判るが仕事は判らない。
「あー、キミがお孫さん? お婆ちゃんから聞いてるで、ってお婆ちゃん言うたら怒られんねけどな、えっと納品あるって聞いてへんかった? 仕入れのシステムがトラブって前回の納品が遅れてんわ。いつもの場所に積んどくさかい、お婆ちゃん、あー、マダムに言うといて」
少し日焼けしたイケメン兄さんがまくしたてた。何のことやら判らないが、一応綴は頷く。マダムって…おばあちゃん、そう自称してるの? 綴には納品よりそっちの方が興味深い。それにしても京男子ってイケメンが多いのかな。この前の小学生と言い、このお兄さんと言い、なかなか精悍だ。ぼーっと眺めていると、お兄さんは段ボールを二つばかり、レジの横に積み上げた。
「えーと、納品書にメモ書いとくわな。後でマダムに見てもろてな、ちょっと欠品あったさかい」
言いながらお兄さんはレジ台で納品書にボールペンを走らせる。
「あれ? あら?」
急にお兄さんはクルクル丸をたくさん書き出した。
「あれー、インク、切れてもた。文房具屋がボールペンのインク切らしてどないすんねん。キュートなお嬢さんの前でボールペンも緊張しとんのかいな」
笑うお兄さん。何歳くらいだろう。小さくときめいた綴はレジ下をごそごそする。
「良かったら使って下さい」
綴は1本のボールペンを差し出す。
「うわ、おおきに。お洒落なペンやな。えー? 横浜? かっこええ」
「差し上げます。お土産用にまとめ買いして来たので」
「え? それはおおきに、嬉しいわぁ。あー、もしかしてキミは横浜から来たん?」
「そうです。ヨコハマピアクリートって雑貨屋さんのペンなんです。いいでしょ?」
「うん。お店のオリジナルブランドなんやろうな。やっぱりファッショナブルいうのか、関西とはちょっとちゃうなぁ。大事に使わせてもらうわ。ああ、そうそう、俺、有田言うねん。いつも納品に来るさかい、よろしゅうな。ほんでキミは?」
「西條 綴です。字や紙を綴るって漢字で綴です。ペンも京都の人に褒めてもらってあたしも嬉しいです」
「いやいや、俺、伏見やから京都ちゃうって言われんねけどな。せやけど綴ちゃんって、流石は硯さんのお孫さんやな、名前かて後継ぎっぽいやんか」
え? ちょっと待って。そんな話は聞いてない。
「ほな、有難う、おばあちゃ、ちゃう、マダムによろしゅう言うといて」
爽やかに笑って有田さんなるお兄さんは帰って行った。
軽そうだけど優しそうな人だったなあ。ボールペン、持って来て良かった。綴は段ボールを少し奥へと移動させる。いろんな文房具が詰め込まれた段ボール。ここは文房具屋だと改めて感じさせる。あれ? じゃあさっきのボールペン、売れば良かったのかな。でもお店じゃなくてあたしが買ったものだし、まあいいか。綴は中身を取り出し易くするために、箱を横に並べた。
しかし、たった1本のボールペンがひと騒ぎをもたらすだなんて、綴は思いもしなかった。




