第11話 鶯 のうなる
綴が男の子がリボンを巻いた消しゴムをクラスで見せたら、結構ウケた。優芽なんて『ちゃんとデート出来んのって5年後やなあ。綴、我慢できるか?』とか失礼な口を利く。何を我慢すんだよ、人を痴女みたいに言わないでくれ。
その週末の土曜日、綴は初めてのフルタイム店番だ。今度はもうちょっと歳上のイケメンが筆箱忘れて来て欲しいな。綴はありそうもないことを夢想する。そして案の定、最初にやって来たのは夢想と全然違う、高齢女性だった。
「いらっしゃいませ」
綴が声を上げると女性はギロッと綴を睨んだ。
「あんた、誰え?」
「あ、えっと店番です」
「硯はんは?」
「今日はお休みで、あたしが代わりにお店を見ています」
「ふうん」
高齢女性は品定めをするように綴を眺める。そして
「あのな、ウグイス、のうなってん」
はい? UGUISU no not ten ?
ウグイスは10じゃないことない? どゆこと?
「あの、ウグイスいないって言うか、元々置いてないです。文房具屋なので」
「なに言うてはんの。のうなったから買いに来たんやで。単品であるやろ、鶯茶緑。緑色の渋いお色や」
緑色? ああ、色鉛筆とか? 小鳥の鶯がどうにかなったのかと思った。戸惑う綴を見透かすように高齢女性は畳みかけた。
「あんた、何も知らんねんな。絵具や。顔彩ゆうてな、和紙に相性がええゆうんよ。理屈は知らんけどな、ほんでそないに売れるもんちゃうさかい、硯はんは奥の方に置いてくれたはってな、色をゆうたら出して来てくれはんねん。判らへんねやったら、さっさと硯はんに聞いてきよし!」
お婆さま、まさに修羅の如し。
「は、はいっ」
慌てて綴は2階への扉を開ける。すると丁度そこに硯が降りて来た。
「何ほたえてはんの」
言いながら店に顔を出す。
「ああ、滝岡はん、おいでやす。すんまへんな、この子、孫娘ですねん。店番手伝うてもろててな」
「えー。お孫さんかいな。そら知らんわな。顔彩のうなったよってにな、鶯茶緑ありますやろか」
「はいはい、ちょっと待っとくれやす」
硯はレジの背後の棚を開けてガサガサし、小箱を取り出した。和菓子のパッケージみたいな可愛い箱だ。表には確かに『鶯茶緑』と書かれている。硯は綴の顔を見ながら
「滝岡はんはな、絵手紙のお師匠さんやよってに絵具をよう買うてくれはる。セットのもんもあるけどな、全部の色が同じようには減らしませんやろ。せやからこないして単品で足していかはんねん」
絵手紙のお師匠さん! 綴は驚いた。画家じゃん。そんな人に初めて会った。
「お師匠やて、よう言わはるわ。趣味やさかいな、そないに言うほどやあらしまへん。文化教室で教えとるくらいや」
教えてるって、やっぱりお師匠じゃん! 綴の眼差しは尊敬の眼差しに代わった。
「お孫さん、何て言わはるん?」
「綴ですねん」
「ええお名前やな。ほんで硯はんの若い頃によう似てかいらしわ。綴はん、春から先はこの色がすぐ無くなりますねん。春の景色はこの色やさかい、気持ちもこの色に染まりますやろ。手紙を読む人の心にもこれが丁度ええ塩梅のお色やねん。ここに置いてくれてはるよってに、遠くの画材屋さんまで行かんですむさかい、助かりますわ」
ううむ。おばあちゃんに似て可愛いと言うのは褒め言葉なのかその逆なのか、絵手紙作家の言葉は素直に受け取れない綴だったが、色の話はよく判ったし、品揃えの妙も体得できた。どちらも流石はプロだ。
「綴はんもおきばりやす。心配せんでもここら辺におる本物の鶯は簡単にはのうなれへんよってにな。ほな、おおきに」
小さな絵具のパッケージを受け取った滝岡 美智は、来店時とは別人のようにはんなりと微笑むと、柔らかい午前の陽射しの中に溶け込んでいった。




