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第10話 消しゴムにマフラー

 百花苑の定休日は水曜日。週末は趣味人が訪れる事が多く店を開けている。綴の当番は平日の学校から帰ってからと、土曜日はフルタイムで入ることになった。


 店番と言っても店の中で座っているだけなので、それ自体は大したことはないのだが、店の前の掃除や看板の出し入れなど決まったルーティンがある。そして、実際にモノが売れた時はPOSレジに入力しお金を受け取らねばならない。文房具店は結構品目が多く、POSメニューは階層になっていて、その品物がどのカテゴリに入っているかを把握していないとレジすら打てない。POSに記録された販売データは、奥の部屋に鎮座するパソコンに取り込まれ、更にパソコンはインターネットを通じて卸問屋につながる。POSで一日の締処理を行うと、販売された品目がその在庫数より減算され、その品目が必要在庫数を下回った場合は卸問屋に自動的に発注データが飛ぶと言う、なかなかのハイテクが創業120年の老舗しにせに実装されていた。従って、鉛筆が売れましたーと言っても、それが事務用なのか美術用なのか製図用なのかによってそれぞれ必要在庫数が決まっているので、間違った入力は欠品や過剰在庫につながる。


 硯はその仕組みを『こないにしといたら楽やさかい』と簡単にのたまうが、綴は一通りの説明では訳が判らなかった。決済方法は現金かクレジットのみである。単価が安い商品をクレジットで買われると手数料分大損するのだが、現金を持っていない外国人がいるため、硯は渋々決済端末を入れた。端末販売の営業マンは更にQRコード決済の導入も熱弁し勧めたのだが、何とかペイを連呼された硯が『ぺいぺいぺいぺい言いなさんな!』とキレたため実現しなかったようだ。『思い出し怒り』しながらその話を聞かされた綴は、おばあちゃんカワイイと密かに思った。


 初めて店番に立った綴は、クリアファイルに入った、いわゆるメニューマスター表を首っ引きに陳列された商品を眺めて回る。最初のお客様は、横長のリュックを背負った小学生らしき男の子だった。引き戸をがらっと開けるといきなり、


「すみません。シャーペンください」


 と大声を出した。制服のままの綴は慌てて出て行く。未来のダンディーを予感させる男の子は落ち着かない様子だ。


「えっと、どんなシャーペンがいいのかな。この辺にあるけど」


 綴は陳列台を指さす。


「0.9のヤツある?」

「0.9。結構太いのね」


 綴は並んだ中からダークブルーの一本を選んだ。値段も230円とお手頃だ。


「これでどう?」

「うん。中の芯は何入ってんの?」

「うーん、HBじゃないかな、普通は」

「ほんなら2Bのシャー芯も下さい」

「2B? そんなに濃いの使うの?」

「鉛筆も2Bって決まってんねん」


 言いながら男の子は500円玉を差し出した。うわ、これで買える範囲でってことか。慌ててクリアファイルを捲り、スマホを出して足し算する。わーギリギリだー。すると男の子が叫んだ。


「あ! 消しゴムも要るねん」

「えー、持ってないの?」

「塾やのに、筆箱忘れて来てん」


 ああ、そう言う事情なのね。でも消しゴム入れたら500円はオーバーしちゃう。ええい!仕方ない。綴はレジの下に置いてあった自分のスクールリュックを持って来て、中からお気に入りの『もふもふアザラシ』のペンケースを出す。


「うえ?」


 男の子がうめいた。


「可愛いでしょ? 枕にもなるんだよ」

「えー?」


 綴は背中のジッパーを開けてアニキャラの消しゴムを取り出した。ヒロインの女の子が大きく描かれている。


「これ、あげるから持ってって。消しゴム買っちゃうと500円じゃ足りないのよ。あたしは消しゴム幾らでもあるから気にしないで」

「は、はい」


 綴は何とかレジを打って、レシートと商品、そして消しゴムを渡す。ちらっと目が合う。男の子はほのかに赤くなった。


「すみません…」


 最初の大声とは裏腹のか細い声を出して、男の子はそそくさと出て行った。消しゴムのあの絵柄、塾で隣の子に冷やかされるかもな。綴はニマッとした。


+++


 その二日後、綴が学校から帰って来ると、店の前で硯が知らない女の人と話をしている。


「あ、帰ってきはったわ」


 硯が綴に向かって手を振る。


 ??


「ただいま。え?」


 女の人が綴に向かってお辞儀をした。


「こないだは息子がえらいお世話になりました」


 あ。もしかして二日前に来た男の子のお母さん? 硯が手に持ったものをちらっと見せた。


「お借りした消しゴムをお返しにってお見えになってん。一緒にこれも、って」


 そこには和菓子が入ったパッケージがあった。イチゴ大福が二つ入っている。母親が微笑んだ。


「あんまり大袈裟にしたら却って気ぃ遣わはるかな思て、ちっさいもんですみません。息子が『めっちゃ可愛いお姉さんやってん』って嬉しそうに言うもんやから、ワクワクして来てみたら、ほんまにそうどしたな」


 え? 綴は赤面する。


「綴はん、将来の楽しみ出来たな。男の子はすぐおっきなって、シュッとするさかいにな」


 それどういう意味よ。相手は子どもだよ。ってあたしもまだそうだけど…。


 返されたアニキャラ消しゴムには、細いピンクのリボンが、まるでマフラーのように巻かれていた。小さなイケメン京男子が一所懸命考えて巻いたんだ。


 綴もニヤつきが止まらなかった。


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